勇者召喚
R18作品が本編です。本編に出て来るアーティファクトにまつわる話になります。
巨大な魔法陣。
その中央に白髪の見事な顎髭を蓄えた年老いた男が立っている。年老いているとは言え、見窄らしい格好をしている訳では無い。寧ろ、高価な衣服を身に付けていた。
まず魔法武具。魔力を練り込んだ特殊な糸によって織られたローブを身に纏っている。皺の多いその年老いた指には薄っすらと光を放つルーン文字の刻まれた指輪が嵌められている。
年老いたその顔、歳を感じさせる皺の数。
しかし、その眼光だけは鋭かった。老人の瞳とは思えない力強さ。魔法陣を囲む様にかなり大きな魔石ダーククリスタルが幾多も置いてある。
老人の手に握られた魔法の杖。
どうやら、この杖も魔法武具の様だ。薄っすらと淡い魔力の光を放っている。それはつまり、この老人が只者では無いと言う事に他ならない。
老人の唱えた呪文によって、杖が光を帯びて輝き出すと、魔法陣を囲んでいるダーククリスタルも一斉に反応する。
巨大な聳え立つ塔の中。
頭上を見上げれば塔の天井の一部に何も無いのがわかる。完全なる円の形に穴が開いた様になっている。
その為、魔方陣の真上に美しい夜空が見えた。
煌めく星々と薄紅色に輝く月。そして、淡い翆色に輝くふたつの月が、重なろうとしているのがはっきりと見える。
魔力の光が魔法陣から溢れ輝いている。
塔の天井に開けられた穴から、2つの月がぴったり重なって見える。つまり、光り輝く魔法陣の正に上空で重なっているのだ。
老人が、ぼそりと呟いた。
「…刻は満ちた」
魔法陣から月に向かって黄金の光が溢れ、それは塔の天井に空いた部分から、上空の闇夜をまるで光輝く光線の様に照らした。
2つの月と魔法陣が黄金の魔力の光で繋がっているかの様…
老人の成そうとしている事。
それは、運命の歯車を止めると言う暴挙。
そして、空白になった運命のその隙間に行使するのだ。召喚と言う甘美なる魔導の真技を…
世の理と魔力の限界、そして人智を超えた先にある何か…
世界の希望と、絶望を逆転させる力無き人族に与えられた究極の選択。魔法陣によってのみ行う事が出来る超位の召喚魔法。
神から与えられたと言う文献に残る…伝説の真技。
その名を
『転移召喚魔術』
目も開けていられぬほどだった黄金の光の渦がその力を失って消えていく。魔法陣の周りを彩っていたダーククリスタルは全て罅が入り悉く割れていた。
瞬い光の後、辺りは真っ暗な闇に覆われる。
老人が眼を開けた。
目の前には何も無かった。ただ、魔法陣の光が急速に消えていく。その光景に老人は祭りの終わった後の物悲しいような感覚を重ねてしまう。
老人は項垂れ眼を閉じた。
「…そ、そんな。失敗か」
力無い老人の声…
不意に背後から声が聞こえる。
「なぁ、貴理人。ここ、何処だ?」
「翔真。俺が解らないと解っていて、敢えて聞く事に何か意味でもあるのか?」
「…その反応を聞く事で、お前が間違い無く本物だと言うことが確認出来た。つまり、俺は1人じゃ無い」
「成る程、その論法でいくと確かにお前は翔真だ。つまり、俺も1人では無い…認めるよ。その質問に大事な意味があったと」
「ふふっ、2人なら何とかなるだろ」
「…そうだといいな」
老人が、ゆっくりと振り向いた。
そして、背後に立っていた2人を見て眼を見開いた。感情が溢れ出す事を老人は止める術を持たなかった。涙ぐみ、そして、その場に倒れ込んで嗚咽する老人。
2人の少年がそれをびっくりした様に見詰めていた。
翔真と呼ばれた少年は状況を全く理解出来なかった。しかし、貴理人は既に自分なりの解釈を終えて最初の仮説を立て終わっている。鋭い視線で老人を見詰めていた。
そう、既に状況の分析を始めているのだ。
歳の頃は2人とも17歳か、18歳と言ったところである。引き締まった肉体に浴衣を着て、貴理人はたこ焼きを、そして翔真は焼きそばの入れ物を持っている。2人とも身長は175-180センチ程度。
貴理人の見た目は短く刈り込んだ髪の毛。サイドを刈り上げて、前髪と、頭の上部の髪だけが少し長めに残っている。高い鼻、薄い唇、そして切れ長の鋭い目付きが印象に残る。
翔真は、貴理人に比べると大分優しい雰囲気である。髪の毛も長めで丁度、眉毛が隠れるくらいの長さ、耳もほとんど隠れている。だが、貴理人にも負けない美男子である事は見れば解る。
「おじさん、大丈夫ですか?」
「自分が何処に居るのかも解らないのに大丈夫ですか?翔真、それは違うと思う」
知らないおじさんに親切心から声をかける翔真。そして、即座に説明のつかないこの状況が、目の前の老人に原因があると考えて様子を見ている貴理人。
「何を言ってるんだ、貴理人」
「大事な事だ。先にその人に聞く事があるだろう?」
「はぁ?」
「なら、俺が聞こう」
貴理人が、老人の前に立ちそして、質問を投げかけた。
「はじめまして。俺達を、此処に連れて来たのは貴方ですね?」
「…貴理人?」
2人は、さっきまで家の近所の花火大会に来ていた。河川敷の下まで2人で自転車で出掛けたのだ。
祭りに訪れた人々の喧騒。
人集りの中を2人で歩いた。
ソースの焼ける香ばしい匂い。湿気を帯びた暖かい空気。河川敷の夏の匂い…
2人は衝動的に焼きそばとたこ焼きを買っていた。それから、かき氷とジュースのどちらを買うべきかと言うくだらない議論をしていたのだ。
取り敢えずの答えを出して、夜店のかき氷店に並ぶ客の列に紛れ光り輝く花火を見上げていたはずだった。
お互いに目当ての女子と偶然を装って会える事を期待していた。何処にでもいる高校3年生。この祭りが終われば大学受験の事だけになる…
言うなれば、高校最後の夏の思い出作り。
突然、黄金の光が辺りを包み込んだ。花火ってこんなに明るくなるのかと馬鹿な事を考えた。異常に気付いた時にはもうどうしようも無かった。眼を開けて居られないほどの光の中で、訳が解らなくなった。
そして…
気が付けば、此処にいたのだ。
歓喜の喜びに打ち震え、嗚咽していた老魔導師が立ち上がった。彼の研究は間違いでは無かった。老人は深々と頭を下げ、その場に跪いた。
「ようこそ、お越しくださいました。我が勇者様」
「え?」
驚く翔真。そして、予想通りの答えに満足気な表情を見せる貴理人。
「やはり、貴方が俺達を此処に呼び寄せた…そう言う訳ですね?」
「如何にも。我が名はメンフィス。ザロラク・カイト・ウル・メンフィス。王家の魔導師長にございます」