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第3話:残酷な現実

「それじゃあ、私は逆方面の電車だから。またなんかあったら教えるわね」

「おう。俺もなんかあったら連絡するわ」


 ワルクを出て、駅の改札で連絡先を交換した後に樋口……ではなく伶奈と別れた。

 元々話しやすいやつだとは思っていたけど、今日でより一層親近感が湧いた気がする。

 伶奈の方も以前より心を開いてくれているみたいだし、何より恋の共犯者的な関係になれたのは大きい。

 八神さんの情報を得られるツテができたのはもちろん、陸斗よりも良い恋愛についての相談相手が出来た。

 それになんとなく同じ立場で同族のような感じがするし……

 あ、もしかすると、伶奈経由で八神さんとお近づきになれるかも……って、それはやや反則か。

 伶奈も自分の事で手いっぱいの筈だ。それに、伶奈からの紹介では、八神さんが俺の恋心に気がついてしまうリスクが増える。

 露骨な好意をぶつけるのは絶対に避けるべきだろうし、ゼロからの関係でスタートした方が俺という人間をより知ってもらえる。

 しかし、一学期が始まってから既に一月半程経過してしまっているのが痛いな。

 話しかけても、「今更なんで話してくるの? そんなの好きって言ってるようなもんじゃない」とか心の中で思われてしまうオチが見えている。

 ならやっぱり、伶奈と教室内で話したりして、自然に八神さんとも話すような流れに持って行った方が……


「間も無く、三番線に籠原行きの電車が参ります。危ないですので……」

 

 そんな事を永遠と考えていると、帰りの電車が到着する放送が駅内に響き渡った。

 だが時既に遅く、未だ改札を通っていなかった俺には、諦めるという選択肢しか残っていなかった。

 思考に耽り、行動を起こせずにいる現状をまた更に実感することとなったが、立ち止まっていても仕方がない。

 のろのろと改札を通り、定期を財布にしまってからホームへと続く階段へと足を進めた。


「ドアが閉まります。ご注意……」


 俺が乗る筈だった電車はもう出発してしまうらしい。

 案外走れば間に合ったかも知れない、と思うのと同時に、日常風景の中にとある違和感を感じた。


 妙に、階段を登ってくる人が少ない。


 現在時刻は夕暮れ時。既に半分以上太陽は顔を隠している、日没直前。

 そこそこの街にあり、乗り換え先も多いこの駅は、学校帰りの学生や、会社帰りの社会人で溢れかえる時間帯の筈だ。

 特に、さっき到着したのは上り線。ほぼ満員電車から降りてくる人数は軽く五十を超える。

 なら、今頃俺の降りている階段は、登り側降り側関係なく人で埋め尽くされてもおかしくない。


 そして、その違和感は更に加速していく。


「ねぇ、今の見た?」

「飛び降りよね? やだわぁ、今日疲れてるのに。これじゃ帰れないじゃない」

「あんなの初めて見たわよ。この後どれくらい電車止まるのかしら?」

「三十分くらいじゃない? でも……」

「きゃー!」


 ホームへと辿り着き、違和感の正体が非日常である事を悟った。

 ブツブツと小言を繰り返す人。

 恐怖で叫び声を上げる人。

 残酷な光景に、気分を害する人。

 そしてどの人も、三番線で不自然に停止している電車をマジマジと眺めていた。


「人身事故……か?」


 野次馬が多すぎて、現場となっている電車の先頭車両は見ることができなかった。

 ただ、周囲のざわめきから察するに、誰かが飛び降りた事くらいは察せる。

 俺の高校の人の姿もチラホラと見受けられ、先程聞こえた一際大きな悲鳴の主が今日の昼に潤先輩を青ベンチに誘った後輩ちゃんらしい事も分かった。

 でもそれは、この状況で涙を流しているのが、彼女だけだったから分かった事。

 推測に過ぎないが、しゃがみこんでいる後輩ちゃんを心配そうに介抱している潤先輩が見えるので多分あっているだろう。

 やはり気になるのは、誰が落ちたのか。

 野次馬魂とかではなく、ウチの高校の生徒かどうかだけ知りたい。

 犠牲になったのがもし八神さんだったらと思うと……


「なんで命を無駄にするんだろうね」

「……?」

 

 後方から唐突に聞こえた声に、思わず体が震えた。

 俺以外誰もいなかった階段から降りてきた黒髪の美少女。

 気づいていない内に、後続の人が来るくらいの時間が経過していたらしい。

 しかし、今のはどう考えても俺に話しかけてた……って、や、や、や……


「や、八神、さん?」

「なんか急にごめんね。ビックリさせちゃったかな?」

「い、いえいえいえ。大丈夫だ……です」

「敬語じゃなくていいよ……内海君。学校の男子は和君以外皆んな敬語で話してくるの。だからたまに避けられてるのかなーって……って、いきなり何言ってるんだろ、私。えへへ」


 可愛い笑顔。えへへ、ってなんだえへへって。

 急に全く関係ない話になった事にも気にならないほどに、俺の頭は八神さんでいっぱいになった。

 目の前で誰かが亡くなった現実の側で喜んでいるのは、不謹慎な気がしてならない。

 だけど今は……


「俺の名前。知ってたんでs……知ってたんだ?」

「当たり前だよ。クラスメイトなんだし、それに入学式の時にお話ししたから覚えてるよ」


 凄く。物凄く。とてつもなく嬉しい事実だった。

 俺が八神さんを好きになった時の事を覚えていてくれた。

 いや、俺の気持ちは知らないだろうけど、俺の名前とあの時の事を覚えていてくれたことが嬉しくてたまらない。 

 それなのに、歓喜の涙も、言葉も、ボディランゲージも出てこないのは、ホームの重たい雰囲気のせいだろうか。

 これが他の場での出会いだったのなら、もっと違った関係を築けたかも知れないのに……

 そんな不謹慎極まりない事を考えていると、八神さんの表情に霧がかかったような気がした。

 それは話を断ち斬ってしまった俺に対しての不満などではなく、遠目に見える野次馬に向けての冷たい視線。

 普段は大きなアメジストの様に美しいその瞳は笑ってはおらず、まるで亡くなった誰かを軽蔑しているかのように思えた。

 

「八神……さん? 大丈夫?」

「あ、うん。ごめんね。ちょっと……さ」


 作り笑いの後に、再び「えへへ」と後付けしたが、そこには先程のような可愛さは微塵も存在していなかった。

 いや、外見は可愛い。ただ、中身がなかった。

 八神さんが話しかけてきた時に発した言葉が随分と心に残る。

 少なからず今見せている表情に関係していることは確かだろう。

 そして自分の中に、八神さんをこの場に留めてはいけないという謎の思いが膨れ上がってきた。

 

「人身事故の影響により、上り電車はしばらく運転を見合わせています……」


 と駅内アナウンスが流れ、俺の中の思いは一種の決意へと成り上がった。


「八神さん、電車動かないみたいだし、ちょっと移動しない?」

「え、う、うん。そうだね」


 俺が帰宅するだけならば、正直ここから一駅分歩くだけで済む。

 もしくはバスという手もあるが、なるべく定期以外の交通費は使いたくない。

 しかし八神さんが一緒となると……

 ん? そういえばなんで八神さんは電車で帰ろうとしてるんだ?

 というより、俺と同じ帰宅部の八神さんがなんでこんな時間まで……


「そういえば八神さんは車で送迎じゃなかったっけ? いつも校門前に黒い車停まってるしさ」

「今日は……今日は電車にチャレンジしようかと思って。それに車ばかりだと運動不足になっちゃうから」

「……? そう、なんだ。でも電車以外だったらどうやって帰れる?」

「バス……かな? 乗り方とか分からないけど、多分平気! 流石にお迎え要らないって言って、また頼むのも悪いと思うしさ」

「でもこういう状況なら来てもらった方が……」

「ううん! 大丈夫だよ。色々ダメでも歩けばいいし!」


 そのまま改札を出て、すっかり陽の落ちた夜の街へと出た。

 上り電車が止まった影響はかなり大きいらしく、駅前にはかなりの人だかりができている。 

 恐らく慣れていないであろう八神さんは少し不安な表情を浮かべ、キョロキョロと誰かを探すかのように辺りを見渡している。

 

「八神さんの家ってどっちの方面?」

「私の家は海の方だから……ちょっと、遠い、かな?」


 え、かなり遠くね、と思わず突っ込んでしまいそうになったが、それ以前に思うことが一つあった。


「って、それならなんでJHのホームにいたの? 海の方なら他の電車だよ」

「……え。そうなの? 私てっきり電車に乗れば勝手に着くものかと……」

「ま、まぁ慣れてないだろうしさ。でもちゃんと帰れるからよかったじゃん」


 そう言いながら、八神さんの乗る筈だった電車のホームへと向かった。

 色々と恥ずかしいのか、先程の暗い表情などなかったかのように、顔を紅潮させて照れている。

 二人っきり。まさに至福の時だ。是非とも、今の喜びを誰かに伝えたい。後で陸斗に連絡してみようかな。

 

「ここだけど、あれだったら家まで送っていこうか?」

「ううん、大丈夫。そこまでお世話になる訳にはいかないよ。ありがとね、内海君」

「そ、そう? じゃあ気をつけてね」

「うん。また明日学校でね」


 痴漢やその他諸々について不安要素がありすぎた。

 だが、断られてしまった以上グイグイ行く訳にはいかない。

 流石に家の位置くらいは分かるだろうし、それに海の方までなら恐らく一駅だろう。

 だからここは諦め……じゃなくて、心配しすぎずに撤退するのが得策……だ……よ……な………………………


「ぇ?」


 改札の先。普段乗らない電車のホームに入っていく八神さんの後ろ姿を見送っていると、何故か涙が溢れそうになった。

 そして頭の中身が何もない阿呆のような声が出たかと思えば、足元が震え始める。

 地震などではない。電車が通過して激しく地面が揺れている訳でもない。

 それは単に、ガクガク、と今にも地面に尻餅をつきたくなるような、逃げを望む自分の弱さの現れだった。

 

「随分待ったよ。一体どこ行ってたの?」

「違う電車のホームに行ってたみたいで……ごめんね」


 二人の言葉は、俺の耳には入ってこなかった。

 物理的にも、精神的にも。

 

「間も無く……」


 電車が出発するアナウンスが微かに聞こえると同時に姿を消す二人。 

 八神さんが俺の誘いを断ったワケを、リアルに目の当たりにしてしまった。


「これはもう……八十パーじゃなくないか……」


 自分の独り言が、誰か他人の声に聞こえる程に俺の気は動転していた。

 目の前で繰り広げられた現実。部活帰りの和臣が、八神さんを駅で待っていたという事実。

 そして、八神さんもまた、和臣を待っていた。いや、探していた。

 電車が止まったあの時も、そこにいると思っていた待ち人はいなかった。

 自分と同じ状況にあると思い、外に出てもいない。

 だがそれは勘違い以外の何でもなく、正しい場所でアイツは待っていた。


 だからこその電車帰宅。

 そして、八神さんがこの時間まで帰宅していなかった理由。

 繋げたくないパズルのピースが、綺麗に嵌まってしまった。

 

 

二ヶ月近く更新していなかったにも関わらず、ブクマを外さずに居てくれた方々、本当にありがとうございます。

他の連載と同時進行で、なるべく高頻度での投稿を目指していますので、暖かい目で応援していただけると嬉しいです。

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