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第2話:80%の真実

「あ、えーと。俺に何か用でしょうか?」


 憂鬱な昼休みを乗り越え、和臣とも普通に接する事に成功し、とりあえず一安心して帰宅しようとしていた所を思わぬ刺客に捕まった。

 和臣よりも明るい茶髪に、八神さんと比べれば濃いめの化粧。

 付けまつ毛による補正がかかっているであろう大きな目に、かなり整った顔立ち。

 スタイルも良く、第二ボタンまで開いている白シャツから覗ける豊満な胸にどうしても目が言ってしまう、コギャルの下位互換と例えるのが正しい少女。

 八神さんの親友の一人で、俺のクラスメイトでもある樋口伶奈が、珍しく下駄箱で声をかけてきた。


「い、今、和臣どこにいるか知らない?」

「部活、だと思うけど……どしたの、そんなに息切らして?」


 膝に手をつき、前かがみになりながら息を整えている樋口。

 和臣目当てで俺と陸斗に接触してくる女子は結構いて、樋口もその一人だ。

 だが他の女子とは違い、完全に和臣目当てで接触してきている訳でもない。

 見た目で色々と誤解される事も多いみたいだが、樋口は案外優しい。

 と言うより、気さくな女子の友人と言う感じだ。

 以前に隣の席になった時に少し仲良くなり、今でもこんな感じでたまに話しかけてくる。

 焦りながら、それも下校直前に話しかけてくるのはやはり珍しいが……


「急用よ急用。それに祐樹にも関係ない話じゃないし」

「俺に? 何で?」


 すると樋口は顔を耳に近づけてきて、小声で告げた。


「桜の事よ。優香に色々聞いたんだけど……」

「詳しく聞こうか」


 勿論即答だった。

 あまりに気になりすぎる情報を持っている樋口。

 そして俺が今日あった昼休みの事を仄めかすと、樋口も興味を示し、俺たち帰宅部組は密談の為に場所を移す事にした。

 

 目的地は駅近くのファストフード店、通称ワルクだ。

 俺たちと同じ帰宅部であろう高校生で賑わっているが、男女ペアでの入店は少ないようだ。

 その分、そこそこ可愛い樋口とツーショットの俺は少し悪目立ちしている。

 妬みの視線というか、何というか。

 実の際は互いの好きな人の話をしに来ているなんて、誰も思っていないだろう。


「それで、どんな話なんだ?」

「相変わらず率直よね、アンタ。まぁいいわ。優香、は知ってるわよね? 私と桜といつも一緒にいるメガネの子」

「まぁ、同じクラスだし。坂下はいろんな意味で目立ってるし」


 優しい美女の八神桜。コギャル風の樋口伶奈。

 そんな二人に挟まれながらも、かなりシャイで大人し目な坂下優香は色んな意味で一番目立っている。

 三者三様を生み出す為に意図的に配置されたとしか思えなくもない。

 そのくらい、坂下がいる事に疑問視する連中も少なくはない。

 少し前まで俺もその一部だった。


「でね、優香が言ってたんだけど、桜が和臣と一緒にいる所見たんだって。校外でよ、校外で。なんかお洒落な喫茶店に二人っきりでいたんだってs……あぁ、なんか言葉にすると胃が痛くなってくるわ」

「……ぁぇー」


 変えられぬ現実に光を失い、意味の分からない吐息が溢れた。

 胃が痛いだけで済んでいる樋口が羨ましい。

 女子の方がメンタルが強いんだろう、などとなるべく関係のないトピックに思考を持っていく事に尽力し、精神へのダメージを軽減している自分が情けない。

 

「s、s、そ、それで、アンタの、話ってなに?」


 だが、樋口もそこまで上手く精神状態をコントロール出来ていないようだった。

 

「聞くのか? 本当に聞きたいのか? 俺はやめといた方が……いや、やめたいぜ」

「……一応。さ。だって私、ずっと和臣の事好きだったし。中学の時から」

「もしかして、和臣と一緒の高校入ろうと頑張ってた、とか?」

「そう……というより、和臣は元々あんまり勉強出来なかったのよ。中学までは。だからこんな中の上くらいの公立校に入学したの。私はもっと上狙えたんだけど、やっぱり、さ」


 コギャルの乙女チックすぎる一面を見て、自分の八神さんに対する気持ちがちっぽけな物のように感じられた。

 実際、俺が八神さんに惚れたのは、一年の時のとある一つの事が要因だ。

 ほんの数分の関わりで、八神さんの優しさを目の当たりにした。 

 金持ちで、美人で、何でも手に入りそうなのに、普通の女子以上の優しい心を持っている。

 そんな単純な理由で、俺は恋に落ちてしまった。


「ってなんか話逸れてるんだけど。私の事はいいから、早く昼休みに何があったか聞かせなさいよ」

「あ、あぁ。そうだったな。実は……」


 樋口に、昼休みの地獄の雰囲気を事細かく説明した。

 だがそんな長ったらしい説明をしなくとも、たった一言で済んでしまう簡単な話だと語りながらに気が付いた。


 和臣が、桜の事を好きなのかも知れない。


 確信はなかった。なのに樋口の話が、俺の嫌な予感を事実へと捻じ曲げようとしている。

 まだ本人たちから聞いたわけでもなく、坂下の目撃情報しかヒントはない。

 それだけが最後の希望であり、俺の精神状態が首の皮一枚で繋ぎとめられている理由。

 そして、この絶望感を共有する仲間がいることも大きいだろう。

 

「へ、へぇ〜。そ、それは中々。でも、和臣はまだ何も言ってないのよね?」

「まだ、ね。今度言うって言ってたけど……でも八十パーくらいで当たり、だよな」

「だ、大丈夫よ。二十パーセントも残ってればまだまだ。まだまだ大丈夫……なんだから」

 

 樋口の目元には、薄らと涙が浮かび上がっていた。

 俺の考える二十パーセントより、樋口の二十パーセントの方が危ういのだろう。

 まだ希望があるから、とどこかで楽観視している自分がいるのは理解している。

 希望に縋りたくて、あまり直接的に現実を見ようとしていない事も。

 

「俺たち、これからどうするべきなのかな?」

「……私は今まで通り。和臣にアプローチし続ける。相手にされてないのは分かってるけど、それでも、さ。アンタの事は知らないけどね」

「ぅ、まぁ自分のことだしな。俺も色々頑張らないといけない、か……」


 そしてついに話は途切れ、周囲の楽しげなお喋りがいつも以上に耳に入ってくる沈黙が訪れた。

 俺は黙々とポテトを貪り、樋口は空になった飲み物をひたすら啜り続けながら、ただ時間を無駄にしていた。

 きっと、樋口のダメージは俺のとは比にならない。

 俺の二倍以上の期間、一人の人を思い続けて、学校にいる誰よりも真摯な好意を和臣に向けている。

 それがポッと出のお嬢様に奪われるのは最悪の気分だろう。

 自分より見た目が良く、何もかもが負けていると思える究極の存在。

 俺が和臣に抱いている劣等感に似たものが、樋口の中には存在している。

 それでも、こんなにも近似した状況の中、樋口は前進し続ける事を宣言した。

 俺がまだ踏み出せていないステップを既にこなしているのに、それ以上の努力を続ける事を。


 自信があるわけでもなく、約束された未来があるわけでもない。

 ただ、諦めたくないと思う、その一心で……


「よし。帰るか」

「何よいきなり。まだジュース飲み終わって……何でもないわ。ってかアンタに仕切られるのはなんか癪に触るわね」

「たまにはいいじゃねーか。樋口も元気なさそうだし、ダメージ的にもまだちょっとは俺の方がマシみたいだしさ」

「……そう。あと、伶奈で良いわよ。樋口って呼ばれるのあんまり好きじゃないし」

「ん? そうか。じゃあ伶奈、帰ろうぜ」


 空元気とはまさにこの事。でも現状必要であるのも確かだ。

 それに、単身赴任で家を離れている父親が、数ヶ月前に帰ってきたときにこう言っていた。

 

「弱音は一日一回まで」


 もう既に一回以上口にしているかも知れないが、つまり父さんの言いたいのは、なるべく弱音を吐くなと言う事だろう。

 当たり前のことだが案外気づかない。

 今だって、父さんの言葉を思い出さなければ弱音を吐き続けていたかも知れない。

 楽観視だって、最悪のシナリオを頭の中に描き続けるよりは百倍マシだ。

 そう考えながら、さっきから黙りっぱなしで後ろを付いて来ている伶奈に視線を向けた。

 だが、そこにいたのは、何故だかゴミを見る目で俺を見ているコギャルだった。


「え、何いきなり。キモイよ。桜の前ではやめなね」


 どうやら無意識に口にしていた父親のモットーを侮辱されたらしい。 

 確かに、今思うと気色悪い独り言だったように思える。と言うか、シンプルにキモイ。

 心の声と実際の声。やはり区別はつけるものだな。


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