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第1話:恋と友情

ラブコメ展開はあまりないです。

 ふとした拍子に意識を奪われてしまう。

 一瞬だけ、目を開けながら気絶するかのような感覚のそれは、退屈により生まれる睡魔などではない。

 原因不明の病とでも言ったところだろう。

 どんな凄腕の医師でも治療することは難しく、拗らせれば拗らせる程に紐解くのが困難になっていく。

 現実を見つめていれば尚。その病が癒される事が無いと知っていても、無差別に病は進行していく。


 それは恐らく、十六年間以上生きている人間ならば、誰でも一度は経験した事があるだろう心の病。

 特定の人物に好意を寄せる事で、欲求を満たそうとしている自然の摂理。

 一方通行の想いだとしても誰をも夢中にさせるそれに、高二の俺はまんまと虜にされていた。

 

 ふとした時にあの少女に視線を向けてしまう。

 廊下ですれ違うだけで、何故だか幸せな気分になれる。

 あの子が近くで体育の授業を受けている時、いつもより大きな声を出して張り切ってしまう。

 そして、同じクラスになれただけで、最高の一年になると過信してしまう。


 何度か話した事があるだけで、俺の名前さえあの子は知らないかもしれない。

 内海祐樹です。と、ただ一言自己紹介すればいいだけなのに、その勇気が出ないのは不思議だ。

 母がつけてくれた祐樹という名前は、勇気という意味も含まれているというのに。

 完全に名前負けしていると自分でも思う。

 ただ、俺はあの子の名前をしっかり覚えている。

 

 八神桜。

 艶のある長い黒髪に、大きな黒目が和風美女を彷彿させ、色白で華奢な体つきもその美しさをより一層引き立てている。

 誰にでも平等に、優しく接するその姿に惚れる男子は少なくは無い。

 勿論、既に何人もの男子たちが告白し、無残に玉砕している。

 断る理由については様々な噂は聞いた事があるが、そのどれにも一貫性が無い。

 八神さんの家はかなりのお金持ちらしいから、式たりなどがあるのかも知れない。 

 公立高校にいるような一般家庭出身の男子とは付き合えないとか、きっとそんな感じの理由だろう。

 そして俺もその例外では無い筈だ。

 つまり、八神さんは高嶺の花。どれだけ頑張っても摘み採れない、断崖絶壁に自生する一輪の花という事だ。

 

 今の俺にできる事と言えば、窓際の席から静かに見つめる事だけ。

 側から見れば気持ちの悪いストーカーかも知れないが、つかの間の幸福を噛みしめるくらいは神様も許してくれるだろう……って、無宗教の俺がいうのもなんか変だな。

 まぁ、兎にも角にも、アイツらが呼びに来るまでの時間くらいは……


「おーい、祐樹。昼飯いこー」

 

 終わりが訪れるのはいつも唐突だ。

 背後から声をかけてきたのは、去年から同じクラスの三島和臣。

 地毛が茶髪で、高身長の優しいイケメン。このクラスで、いや、学年で一番モテる男だ。

 高校生の間では流行りのマッシュという髪型を抜きにしても、和臣のイケメン度数はカンストしている。

 才色兼備。普通は女性に対して使う言葉だが、勉強も運動も音楽や芸術の才能もある美男を表現するにはぴったりだろう。

 俺たち凡人への唯一の救いといえば、和臣は普通の家庭の生まれだという事。

 金持ちのステータスまで兼ね備えていれば、もう完全無欠と言っても過言ではなくなってしまう。


「おーいってば。何ぼーっとしてんの、祐樹? 聞こえてる?」

「悪い悪い。ちょっと眠かっただけ。陸斗は先行ってんの?」

「さっきトイレに行くって行ってから、後から来るんじゃないかな。それで、今日は屋上にする? それとも学食のテーブル?」

「なんか新婚の嫁みたいな言い方だな。まぁ、陸斗は屋上だと思ってるだろうし、屋上にしようぜ」

「いなかったら学食行けば会えるしね。でも、祐樹は屋上ではカップルがいちゃついてるからいやなんじゃなかったっけ?」

「そりゃな。でも鉄箱の傍ならイチャイチャも目につかないから平気だよ。まぁ、とにかく行こうぜ」


 屋上のドアの目の前には一つだけ青色のベンチが佇んでいる。

 そしてそこは、この高校では誰でも知っているカップルの出没スポットだ。

 以前にリア充への妬みを発散するために、青ベンチに座った四人組の男子がいたらしいが、その後に来たカップルの圧に負けて敗走したという噂を聞いた事がある。

 それ程までに、青ベンチが神聖視されているという事なんだろうと、俺は思う。

 生徒の間では、好きな人を屋上の青ベンチに誘う事が遠回しの告白になっている程だ。

 好意がないのなら誘いを断り、まんざらでもない程度なら受け入れる。

 直接告白するよりも振られた後のダメージが少ないので利用する人も少なくはない。


 そして今日も、青ベンチにはカップルが座って……いなかった。

 代わりに座っていたのは一人の男子。 

 野球部の猿と呼ばれている、坊主頭のお調子者。

 俺たちが待ち合わせしていた田中陸斗だった。


「よぉ〜。遅かったな、二人とも」

「り、陸斗。まさかとは思うけど……」

「おうよ! ここに座ってるってことはつまりそう言う事だぜ」

「マジかよっ!」


 驚いた俺に反し、和臣は苦笑いを浮かべていた。

 つまり和臣の中では、陸斗ならありえるって事なのか?

 スペック的には明らかに俺の方が上だと思っていたのに、和臣だけではなく陸斗にまで……


「そろそろ退かないとカップルさんに怒られるよ、陸斗? それに祐樹も、陸斗が望むような反応してると味しめてまたやりかねないから。猿だし」

「っぐ。相変わらず優しいのか毒舌なのかわかんねーな、和臣は。まぁ祐樹が驚いただけで満足だよ。さっさと飯食おうぜ。飯」


 陸斗の思う壺だったのは、かなり気に触る。

 まぁ、毎度毎度あいつの悪戯に引っかかる俺も俺なわけだが……


「あ、やっとベンチ空いた〜! 潤先輩、来てくれてありがとうございました!」

「い、いや。誘ってくれて嬉しいよ、美咲ちゃん。取り敢えず座ろうか?」

「は〜い!」


 俺たちが鉄箱と読んでいる貯水タンクの脇に腰掛けた直後、また青ベンチの力によって新たなカップルが誕生した。

 恐らくは一年と三年の先輩後輩だろう。

 俺は一途に思っている人がいるからそこまで羨ましいとは……思わない。

 だけど陸斗は、


「あ〜あ。あのベンチに爆弾でも仕掛けときゃよかったな〜」

 

 と新カップルに聞こえそうな独り言を呟いた。

 

「やめときなって、陸斗。そんなことばっか言ってるからモテないのかも知れないだろ?」

「モテ男のお前にだけは言われたくねーよ。ったく。でも一番ムカつくのがあの後輩ちゃんが野球部のマネだって事なんだよ。しかも俺らの中でかなり人気のさ」

「じゃああの先輩も野球部なのか?」

「あの男は知らん。髪型から察するにバスケ部だろ」


 どう言う基準だ。と思わず突っ込みそうになったが、その前に和臣が答えをくれた。


「よく分かったね、陸斗。潤先輩はバスケ部だよ。俺の先輩。気弱で頼りないとこもあるけど、バスケ上手いしいい先輩だよ」

「リア充のフォローは俺が許さん……が、その美味そうなベーコン巻きをくれれば許してやろう」

「はいはい。欲しいなら普通に言えばいいのに」


 今の光景を女子たちが見ていたなら、また和臣ファンが一人増えていただろう。

 陸斗のベンチ爆発には少し賛同したい気持ちもあったが、和臣の言う事もまた確かだ。

 他人に気を取られて自分が行動しなければ何も始まらない。

 湧きまくるカップルを妬むだけで終わるのは絶対に嫌だ。

 そう何も行動していない自分自身を心の中で戒めてから、三歳の妹が作ってくれたおにぎりを噛み締めた。


「そういえばさ、祐樹は好きな人とかいるの?」


 ブフっ、と米粒が勢い余って口から飛び出してしまった。

 陸斗が質問してくるならまだしも、和臣がこんな事聞いてくるとなると、驚く以外のリアクション方法が思い当たらない。

 そしてイケメンの純朴な問いに答えたのは、陸斗だった。


「今更何言ってんだ和臣? そんなの見てればわかんだろ」

「そっか。じゃあやっぱり桜なんだ」


 和臣から更に問い詰められる形になり、どうにかしてこの状況を脱する方法を模索し始めた。

 が、そんな都合の良い打開策はない。

 当然俺が八神さんを好きだろ、と言わんばかりの二人の言葉のせいで流れ始めた冷や汗は止まらず、固まってしまった表情筋が既に二人に答えを与えている。

 ここで否定するのが正しいのか。それとも、素直に言ってしまった方が楽なのか。

 高嶺の花を摘もうとしているのが俺だと言う事実に、二人はどんな反応を……

 って、さっき他人には気にしてられないって決意したばかりじゃないか。

 

「ま、まぁな。笑うなら笑ってくれ」

「流石に笑いはしないよ。陸斗だって俺だって、薄々は気づいてて今まで笑った事ないだろ?」

「確かにそうかもな……なんかごめん」

「お前はもっと勇気出せって。名前も祐樹なんだしさ。てか、俺は一回もお前と八神が話してんの見た事ねーけど、そんなんで大丈夫なのか?」


 陸斗のごもっともな指摘に、思わず苦笑いが溢れた。

 何かを行動した方が良い。早く行動で示した方が良い。

 そんな事は理解しているつもりなのに、陸斗の言う通り俺は何もしちゃいない。

 憧れが崩れ落ちるのが怖くて、玉砕するのが恐ろしくて、夢が叶わないのに畏怖していて。

 そんな覚悟では、断崖絶壁を登りきることはできないのに。


「……いや、大丈夫じゃ、ないよな。八神さん、きっと俺の名前も知らないし」

「っぷ。そりゃヤバイな。でもお前はそこそこ顔良いんだから、もうちょっと自信持てって。寝癖を直せばきっと八神ちゃんだって気には止めてくれるかも知んねーぞ?」


 陸斗のたまに出る優しさに、思わず頬が緩んだ。

 ただ、俺の髪は寝癖のように見える癖っ毛なので、直すつもりはない。

 天パ程ひどければストレートパーマも一考するが、良い感じにうねっていると自負できる程度なので、気にしなくて良いだろう。

 ちなみに、陸斗はそれを分かって言っている。憎まれ口を叩くのは陸斗らしさの現れだ。

 

「てかさ、和臣はなんでいきなりそんな事聞いたんだ? もしお前が八神ちゃんの事好きだったとしても、祐樹なんてライバルにもならないだろうし、聞く意味なくね?」

「っぐ」 

 

 最悪のケースと過酷な現実を同時に突きつけられ、心がかなりの衝撃に襲われた。

 そんな俺の心に空いた穴を埋めてくれるのは、嬉しい現実か。それとも最悪の事実か。

 次に来るであろう、和臣の返事に対してなんの準備もできないまま、その重い雰囲気は無慈悲に訪れた。

 

「……んー。なんとなく。かな?」


 何か意味がありそうな少しの間。

 和臣は空を見上げ、俺たちから故意に視線を逸らしたように感じられた。

 そんなイケメンの表情は、少し暗く、何か申し訳なさそうな。

 一番望まぬ可能性を体現しているのか。はたまたただの気まぐれで見せた憂に満ちた仮面なのか。

 でも俺には、最悪の可能性が可視化されたように思えた。


「……そっか。そうだよな。お前と八神ちゃんが仲いい場面なんて見た事ねーし。ちょっと安心できたな、祐樹!」

「はは……ははは……そう、だね」


 陸斗も、俺と同じように感じたらしい。

 無理やりいつもの調子に戻そうとして、空回りして苦笑いを浮かべている。

 以前にも似た光景を目にしているので、陸斗の嘘は一目瞭然だった。

 俺の事。和臣の事。それか陸斗自身に災いが降りかかった時に、俺たちのペースメーカとして懸命に場の空気を取り戻そうとする。

 そして陸斗の特技は……状況の推察だ。

 

「い、いやー! 俺もう腹一杯になっちまったよ。それにそろそろ授業だし、教室戻ろうぜ、二人とも!」

「……そうだね。潤先輩たちにも悪いし」


 二人は殆ど弁当に手をつけていなかった。

 それに授業開始までは、まだ十五分ほどある。

 何より、和臣は絶対に他人を理由に何かをしようとはしない。

 助けるならまだしも、自分の先輩を理由にして場をようとするなんて、あり得る事じゃない。

 つまり、そこまでしてこの場をリセットしたがっていると言う事。

 遠回しに真実を告げているのと同じだとは、きっと二人とも気が付いているだろう。

 ただ、場の空気に耐えられそうになかっただけ。

 それでも、俺は事実を確認して置かなければならないと言う謎の衝動にかられてしまった。


「か、和臣。ちょっといいk……」

「安心して。祐樹の思っているような事じゃないからさ。ただちょっと、色々あってね。今度話すよ」


 そう言って、和臣は一足先に教室へと戻って行った。

 再度微妙な空気に飲まれ、黙り込んでしまった俺と陸斗。 

 イケメンに謎めいた部分があったらどうにも気になってしまう、と言う女子のような思考では比にならない程に、今は和臣の事で頭が埋め尽くされている。

 不安。不満。いや、絶望と言うのが正しいかも知れない。

 和臣が仄めかした事実は、今の俺にとっては……と言うよりどう考えても八神桜への好意を示している。


 和臣だったら、高嶺の花にも届くかも知れない。

 そう噂していた男子たちの言葉が、脳内を駆け巡っている。

 今の俺では望みを叶える事も。和臣に敵う事も万が一にもない。

 この状況をどう打破すればいいのか。

 最強のイケメンを破って、恋愛を成就させる方法が載っているマニュアルがあるなら誰か教えて欲しい。

 

「ん、まぁ大丈夫だって。アイツは嘘を言うたちじゃねーし。今は和臣の言葉を信じてみようぜ、祐樹」

「そう、だな……」

「そんな気を落とすなって。なんかあったら俺が手伝ってやっからよ。それに和臣も友達すくねーしさ。お前とギクシャクするのも嫌だろうから、ちゃんと接してやれよ」


 それはちょっと難しいかも知れない。とは言いたくても言えない。

 和臣だって、「今度話す」と俺を信頼してくれている発言をした。

 もしそれが八神さんを好きだって事でも、アイツが恋のライバルになったとしても、友情を壊すのは陸斗の言う通り意味のない事だ。

 階段を降りながら、背中をポンと一押しして俺を殺そうとしてくる陸斗の優しさが何よりの証拠。 

 二年間も行動を共にした親友二人を失うのは辛い。

 過酷な未来が待っていても、それを受け入れてやっていかなきゃいけない。

 誰かが傷ついて、関係が崩れそうになっても。

 最後までやってみないと。出来る事を見つけていかないと、どうなるかなんて何も分からないから。


「まぁ、一応頑張ってみるか」

 

 

 

 

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