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悪役令嬢化阻止計画

私は悪役令嬢化を阻止したい!

作者: 井上魚煮




 なんかこの立ち位置っていわゆる『悪役令嬢』みたいじゃない? “今”流行りの。うん? “今”っていつ?


 その瞬間嘘のような自分の存在を理解し、あまりにも有り得ない状況が面白すぎて、私はその場から脱走した。

 まあ直ぐ捕まったけど。





 いや〜、なんでこうなったかな〜。


 豪華な『お姫様ベッド』の上でキャミソールのような薄着にキュロットのようなパンツ姿で胡座をかきつつ、ポリポリと頭をかく。

 傍に控える侍女が、オロオロと私に服を着させようと手に持っているドレスを持ち上げたり下ろしたりを繰り返しているが、今まで散々『わたくし』がいびっていたからか強く出られないようだ。持っているのがドレスではなくシンバルだったら、猿のおもちゃみたいなのにな〜と思ってしまったが、まあそれはどうでもいい。


 どうやら私は異世界転生をしたようだ。


 いや、う〜ん、したのか? 転生というより転移の方が近い気がする。この身体の中にするっと入った感じ。転移? 憑依? 異世界憑依か。なかなかレアなのでは?

 『私』が憑依する前の『わたくし』の記憶や情報もわかるが、あくまでもそれは私がやったというよりも、『この身体の持ち主がやっていた』ことだと認識している。

 それにどうやら、『わたくし』は存在しているみたいなのだ。

 何を言っているのかわからないって? だから、憑依だって言っただろ。


 居るのだ。『私』の中に『わたくし』が。


 今は私が完全に表に出てきているが、私の身体の中には『わたくし』が眠っている。要は二重人格みたいなものだ。

 『わたくし』はどうやら『私』を自覚していないらしい。だが、『私』は『わたくし』を理解しているし、この状況もわかる。ということは、やはりこの身体の正式な主は『わたくし』ということになる。やばいゲシュタルト崩壊しそう。

 どうして私は『わたくし』に憑依しているのかはわからない。むしろ、本当に憑依したのだろうか? 二重人格の人格って完璧に作られているから、これすらもやっぱり『わたくし』の一部なのだろうか? う〜ん、まあいいか。私が作られた人格かそうでないかは重要じゃないだろう。


 二重人格なら“それ”に成りえる『目的』がある。


(私の存在意義は──わたくしの『悪役令嬢化』の阻止)


 漠然と、しかししっかりと“それ”が──『私が私と成りえた理由』がわかる。

 わかったはいいが、どう阻止すべきだろうか?

 なんとなく『私』が表に出られる時間があまり無いことがわかる。大半は『わたくし』が表に出て『わたくし』として活動するだろう。今私がこうして出てこれているのも、『わたくし』が気絶してしまったからである。私が私でいられるのも、この一晩だけと見てもいいだろう。

 その後しばらくは出て来れず──私の存在を認識していないだろう『わたくし』にアドバイスできるわけでもなく──わたくしが悪役令嬢になるのを阻止しなければいけない。


(う〜ん、とりあえずは、っと)


「! おっお嬢様!? どこに行かれるのですか!?」

「何処でも良いでしょう、貴女に指図される覚えはないわ。わたくしの邪魔をする権利が貴女にあって?」


 ひょいと無駄に豪華なベッドから降り、部屋の出入口へと歩を進めると慌てた侍女が声をかけてきた。随分高圧的な返しだが、『わたくし』は“こう”なのだから仕方ない。


「しっ、失礼いたしました……! し、しかし……! お召し物を……!」

「……それでいいわ。さっさとしてちょうだい」

「はいっ!」


 慌てる侍女は、持っていたドレスの着付けにかかる。

 そうだった、私としては普通の薄着感覚だったんだけど、ここでは下着になるんだっけ。

 膝上を紐で縛られ、ふんわりとバルーン状になっているキュロットパンツは、紐を解いてしまえば普通の緩いズボンである。しかしここではこれがパンツなのだ。

 上のキャミソールにも同じことが言え、まだ膨らみが目立たないとは言ってもブラジャーもないこの世界ではこのキャミソールがブラジャーみたいなものだ。

 ということは、私は今まで下着で胡座をかいていたということ。

 ……確かに侍女は慌てるし、『わたくし』としては有り得ない光景だっただろうね。でもごめんね、今は『私』だから。このくらいの薄着、私にとっては普通だったから。


 そうして比較的緩いドレス(生地はしっかりしているが、パーティードレスのような動きにくくゴテゴテしたものではなく、どちらかというとワンピースのようなものだ)を着させてもらい、早々に侍女に暇を出した。

 私が奇行に走った──逃亡を図ったアレだ──から監視の役目を与えられていたのだろう侍女はそれはもう渋ったが、我儘なわたくしに勝てる筈がなく。すごすごと部屋を後にした。ちょっとホッとしていたのは見間違いじゃないだろう。


 さてさて。時間はない。折角こうして私が生まれた──憑依した──のだから、精々『わたくし』の役に立とうではないか。


「お父様、お話があります」

「どうした、私のかわいいエミリ。もう大丈夫なのか?」


 そして私は『わたくし』の父親の書斎へと向かい、『わたくし』に見えるように姿勢を正し言った。


「大切なお話があるのです。お母様とお父様、そしてわたくしの三人で話したいのですけれど、お時間ございますか」


 私のただならぬ雰囲気に父はハッとして、傍に控えていた執事に母を呼んでくるように指示を出す。父は気付いたのだろう。今から私が『今日の奇行について』話すことを。


「詳しくは揃ってからお話しますが、先にお父様に──いえ、“エミーリアの父親”に言わなければいけないことをお話します」

「……エミリ? どうしたんだ?」


 訝しげな顔をする父に、私はそっと深呼吸する。


「わたくしは──“私”は、エミーリアを幸せにする為にここに居ます」


 そして私は、嘘と本当を混じえながら、『エミーリアの悪役令嬢化の回避方法』を説明した。






「いやもうなんっっっでだよ!!!」


 昼間、自室に一人。

 こうして出てくるのは久々だ──と言えたらどんなに良かったか。実は久々ではない。割と頻繁に出てきている。


 私が初めて自我を持ち、その場を逃げ出したあの日。

 逆に言えば、エミーリアが衝撃を受け気絶してしまったあの日。

 あの日、どうして気絶してしまったのかというと──殿下と初顔合わせだったからだ。

 幼いエミーリアは、殿下のあまりのカッコ良さに気絶してしまったのだ。エミーリアちゃん可愛過ぎない? カッコいい人見て、しかも自分がそのカッコいい人の花嫁候補だと知って、嬉しさのあまり気絶するって滅茶苦茶可愛くない? いや、ある意味私なんだけど、私は私だから。

 それでまあ、知っての通り私は逃げ出したんだけども。


 あの後、エミーリアの父親と母親に説明した。簡単に纏めると、


・殿下と婚約してはならない

・人に優しく、素直な子になるよう調教しろ

・学園に入らせるな

・入園が拒否出来ないなら、なるべく殿下とその周りと関わらないように言い聞かせろ

・才能はなるべく隠し、慎ましやかに過ごさせろ


この5点だ。あ、滅茶苦茶命令っぽいけど、ちゃんと柔らかく言ったからね? お願いしたからね?


 でもその『お願い』というのが悪かったのか──エミーリアは殿下と婚約してしまった。


 いやなんっっっでだよ!!!


 勿論、婚約が決定する時も私はエミーリアの中でずっと見ていた。

 殿下が大好きなエミーリアは婚約したかったようで(まあ当たり前かもだけど)、初顔合わせの翌日に父親に呼び出されたエミーリアはそれはもうワクワクしていた。婚約する話だろうと思っていたエミーリアは婚約しないと父親に言われ──泣き出した。


 いやもうギャン泣きだ。


 8才の美幼女がギャン泣きしているのを想像してほしい。

 もう……こう……心折れるだろ? 申し訳なくなるだろ?

 殿下が大好きなのはわかってたんだ。だってカッコよくて気絶しちゃうんだよ? 父親も母親も、そんなに好きならと快く婚約させようとしてたんだよ? 陛下も喜んでたんだよ?

 でも私が『殿下と婚約するとエミーリアが不幸になる』って言ったから──どうやら会ってもいない人物の名前や未来を言ったせいで予言と思われたらしい──それが駄目になっちゃって。

 もうほんと心苦しかった。中で見てる私がこれなんだもん、目の前で我が子が泣いてる状況に直面してる両親の心なんて計り知れない。

 視界は当たり前だがエミーリアとリンクしているので、ぼやけてほとんど何も見えなかったが、父親も母親も涙目になっているようだった。


 そうだよね! 可愛い我が子の希望を叶えてあげたいのにあげられないのって辛いよね! しかも本当は叶うものだったもんね!! めっちゃごめん!!!


 しかし我慢してくれ……エミーリアの為だ……と、痛む心を抱きながら一人うんうんと頷いていると。


「……そんなに殿下が好きなのか?」


 という、父親の硬い声が降ってきた。


 ……おい?


「……っ! ず、っしゅ、……す、き……っです、わっ……!」

「……そうか」

「……旦那様……?」

「それなら、婚約を打診してみよう」


 おい!?


「っほん、と、でしゅか……っ!?」

「旦那様……!」

「ただし、どんなに厳しい妃教育に耐え、真面目にやり、結果を出し、傲慢にならず、誰にでも優しくできるなら、だ」


 おい!!?


「それが出来るのなら、婚約を打診しよう」

「……! しま、しゅ……! します……っ! 必ず、約束します……っ!!」


 おいクソ親父てめえええええ!!!!!!




 ……こほん。

 という訳で、エミーリアは殿下と婚約しました。

 いや、まあ父親の気持ちもわからなくもないから、いいとしよう。よくないけど。だって可哀想だもんね。すっごく好きだもんね、殿下のこと。わかるよ、私だもん。


 殿下と婚約するにあたりエミーリアはちゃんと約束を守るようで、今まで我儘三昧だったエミーリアは大人しくなりました。侍女にお礼言うようになったんだよ、もう感動ものだよね。因みにお礼を言われた侍女はその後泣き出しました。エミーリアは理由もわからず慌ててたけど。

 殿下と婚約する時の騒動は屋敷全体に広まっているらしく、侍女や執事からは温かい目で見守られました。うんうん、一生懸命お勉強を頑張る幼女って可愛いよね。


 そんなこんなで婚約したエミーリアと殿下ですが、婚約者らしく月に4度は会いに行ったり会いに来られたりと、仲睦まじくしていると思う。

 どうして『と思う』なんて語尾がつくのか?

 それはまあ、エミーリアがほぼほぼ毎回気絶してしまうからだ。殿下が好きすぎて、カッコよすぎて、下手すりゃ出会い頭、良くてもお別れ終了間際に気絶する。


──どんだけ儚いのエミーリアちゃん……。


 流石お嬢様、トキメキで気絶してしまうとは可愛いにも程がある。程があるがしかし、皆さん覚えていらっしゃいますね?


 そう、エミーリアが気絶すれば、私が出てくるのだ。


 二回目の逢瀬の時。まあ所謂婚約者決定後初めての逢瀬。

 エミーリアは殿下と会う前に気絶した。

 多分緊張で。


 いやもうどうしようってレベルじゃないからね? こんなんチベットスナギツネみたいな顔になっちゃうわ。見た目エミーリアで可愛いのに表情がチベットスナギツネで本当に申し訳なく思うけど。でも待って? これから殿下と逢瀬? いや私も気絶したい。エミーリアが知らない間に第三人格作ってそいつに投げ出したい。


 私はエミーリアが大切だ。だからエミーリアが殿下が大好きで、本気で婚約者になりたいと思っているのもわかっている。

 でも、殿下の婚約者でいると幸せになれないのも事実だ。

 勿論未来は未確定だし、幸せになれるかもしれないが──ストーリーの強制力でいろいろとねじ曲がってしまうかもしれないことを考えると、やはり殿下と婚約しているのは避けた方がいい。

 エミーリアも頑張っているし、応援したくもあるのだが──やはり、殿下の婚約者という立場は避けたい。

 ということで。


(エミーリアが婚約を望んでいても、向こうから望まれないように仕向ければいいんだ!)


 そういう結論に達してしまうのも致し方がないだろう。まあ簡単に言うとうじうじ考えるのが面倒になったのだ。約束を違えたのは父親の方で、私は最初から婚約は望んでいなかった。


 うん。よし。おっけー。


 そうして私は殿下に嫌われるべく、二回目の逢瀬へと出向いた──……。






 のに。





「いやもうなんっっっでだよ!!!」


 頭を掻きむしりつつ、もう一度叫ぶ。

 殿下との逢瀬はこれで……何度目だったかな、忘れたけど、婚約者となってから丁度今日で一年だ。

 未だ私──エミーリアは、殿下の婚約者である。


「何なのあいつ!? ドマゾか!? ドマゾなのか!? マゾヒスティックなのか!!?」


 まだ学園入園まで時間はあるものの、既に一年が経過してしまった。

 あれから私は、エミーリアが気絶する度に表に出て──その度に殿下に不敬なことを言いまくった。ギリギリ罪にならない境界を見極めつつ、暴言は吐くわ扇で叩くわいろいろしまくった。

 余裕で嫌われるだろうと思ったのだ。エミーリアには悪いけど、この婚約は解消してもらわないといけない。なのに、殿下はにこにことエミーリアに──“私”に近付く。


 殿下は途中から明らかに、エミーリアの中に“エミーリア”と“私”が居ることに気付いているようだった。

 どういう言動が“エミーリア”なのかを。どうすれば“私”が出てくるかを。

 それに気付いた殿下は意図的に私を出すようになり、月4度と定められていた筈の逢瀬も、時間を作っては会いにくるようになり。


 一見『ラブラブの婚約者たち』になってしまったのだ。


「くそ……絶対楽しんでる……私で遊んでるアイツ……クソ生意気なガキめ……」


 殿下とエミーリアは現在9才。まだまだお子様である。

 身体はエミーリアだが、私は精神的には高校生だ。確かに殿下は可愛らしいが、クソ生意気なガキとしか思えない。私の推しはエミーリアちゃんだ。

 エミーリアの前では王子様のようにキラキラしている殿下は、私の前ではクソ生意気なガキだった。いやほんとクソガキだ。

 不敬と言われようが、私は殿下に対して「おまえ」と呼んでいる。向こうも「あんた」と呼んでくるんだ、お互い様だろう。


「よう、あんたまだ出てきてんのか」

「……おまえまだ帰ってなかったのかよ……帰れよ……」


 バンと扉が開く音がしたと思ったら、殿下が居た。もう殿下なんて言ってやるのもやめだ。クソガキで充分だ。


「許可なく入るなよな、非常識すぎるんだよおまえは」

「あんたの部屋じゃないだろ?」

「エミーリアの部屋なんだから私の部屋でもあんの」

「でもあんたはエミーリアじゃないじゃん」

「うるっせーよクソガキ」

「口悪いよなー、あんた」

「おまえに言われなくないね」


 生まれ育った地元が悪かったのか、私は元々口が悪い。本当は方言も強くて下手すれば伝わらないことも多かったんだけど、ここの方言は知らないので話せない。

 クソガキに一々反応する方が悪いのはわかっているのだが、腹が立つのだ。我慢しているともっとイライラしてしまう。


 ベッドの上に何個も並んでいるふわふわの枕を引っ掴んで、クソガキに投げる。難なくそれを受け止めて、クソガキはにやりと笑った。


「記念すべき婚約一年だから、今日は泊まっていいってよ」

「はあ!? 誰がそんな許可出したの!?」

「エミーリアの父上」

「父親ぁ〜〜〜〜!!!」


 いくら10才にも満たない子供とはいえ、婚約している男女が一緒の屋敷に泊まるってどうなの!? 馬鹿なの!? 死ぬの!!?

 いや私の感覚的には別に小学生だしお泊まりとか全然いいよ? ギリギリまでゲームやってお菓子食って親に怒られつつ寝落ちって感じじゃん? でもここは違うじゃん? そういう価値観じゃないじゃん? 駄目だ『じゃん』がゲシュタルト崩壊しそう。

 なんだろう……王族の特権か? 仲がいいと思われてても、子供だとしても、駄目だろ。


「因みにおまえ何処の部屋に泊まるの?」

「え? 遊びに来るのか?」

「んなわけあるか。近付かないようにするんだよ」

「この部屋だけど」

「父親ぁ〜〜〜〜!!!」


 なんっっでだよ!!? 結婚前の! 男女が! 同じ部屋で! 寝泊まり!!


「大丈夫大丈夫、俺まだ精通してないから」

「そういうこと言うのやめろ!?」

「ほんとあんたうるせーよな」

「おまえが居なきゃ私だって大人しいわ!!」


 むしろエミーリアが気絶せず、日々健やかに過ごせるのならば私が出てくることはないのだ。

 勝手に一人がけソファに座り、頬杖をついてにやにやと此方を見るクソガキに心底腹が立つ。エミーリアや他の人の前では『王子様』の顔を崩さないのに、私の前では常にクソガキだ。いや、本当の本当に最初の時は“私”に戸惑っていたようだけど。……今思えばそれもわざとのような気がする。


「おまえなんでまだ婚約解消しないわけ? いや確かにエミーリアは可愛いよね、わかる」

「何言ってんだあんた」

「政治的観点から? まあそれも頷けるけど、でもエミーリアじゃなくてもバランスの取れる家あるでしょ、サウクリード家とか」

「ああ……あそこか。よく知ってるな」


 だらりと三人がけのソファに横たわると、部屋の壁際に控えていた侍女がお茶とお菓子を用意し始める。頼んでもいないのに、有難いことだ。


「ありがとうルシア」

「とんでもありません」


 “わたくし”の我儘言わないキャンペーンにより、侍女との確執も無くなってきている。普段から関わることの多い人とはほぼ無くなったと言っていいだろう。

 私はわたくしのように柔らかく微笑んで礼を言い、そっとコップに口をつける。

 うん、美味しい。


「……」

「? 何よ」

「いや、別に」


 何故かクソガキがこっちを見ていた。なんだ、私が礼を言うのがそんなにおかしいか? おまえ以外にはちゃんと優しいんだぞ私は。というか、一応逢瀬する時は侍女がこうして傍に控えていて、クソガキのクソガキさは侍女には知られているはずなのだが、不思議と噂にも話題にも上がらない。まあ私のことも話題に上がっていないようなので助かるが。

 静かに侍女が出ていき、部屋には私とクソガキだけになる。未婚の男女が密室で……ってもういいか。普通なら扉は半開きにしておくものなんだけどな。


「さて……サウクリード家だったか」

「うん。確か2歳下に女の子居たでしょ。将来のこと考えると、年齢的にも丁度いいんじゃない?」

「ガキは嫌いなんだよ」

「うっわクソガキが何か言ってる……」


 はん、と小馬鹿に笑うクソガキに、ひくりと頬が引き攣るのを感じた。


「おまえの好みに合うんじゃないの」

「俺の好み?」

「ちっちゃくて可愛らしくて守ってあげたくなる感じの子なんでしょ? 私は見たことないけど、おまえなら婚約者候補の顔合わせとかで見たことあるでしょ」

「……ああ、うん。確かにそんな感じの奴だったな」

「いくらガキでも、自分が20歳になれば相手は18歳よ? 大きくなったら2歳差なんて些細なものよ。貴族の中には20歳差で結婚なんてザラにいるんだからね? おまえは王族だからって恵まれてんのよ。全く腹が立つわ」

「ホントあんた不敬だよなぁ」

「おまえのことなんか敬ってないから間違ってないわ」


 ふんと鼻で笑って、クッキーを口の中に放る。


「うわ、普通の女ならそれ三口くらいに小分けにして食うぞ」

「んぐ……は? そんなめんどくさいことするわけないでしょ」

「しかも口の中に物入ったまま喋るし」

「ちゃんと口元隠してんだからいいじゃない。というか、食べてる時に話しかける方が無粋でしょ」

「普通は急に話しかけられても大丈夫なように少しずつ食うんだよ」

「なんでおまえと話す為にこっちが我慢しなきゃなんないのかわからないわね」


 三口に分けると言っていたが、一口でも余裕で食べ切れるサイズなのだ。これをわざわざクソガキと話す為に少しずつ食えと? 笑わせるな。

 私の言い分に納得したのか、確かにそうだなと言ったクソガキはひょいとクッキーを口の中に放り込んだ。


「というか、なんであんたが俺の好みに口出ししてくんだよ」

「えぇ? そういう子好きでしょ?」


 だって将来学園で運命的な出会いを果たすあの子は、守ってあげたくなるような可憐で優しい女の子なんだから。

 そう言ってやりたいけれど、このクソガキはそんな自分の将来のことなんか知らない。父親も、結局は婚約に許可を出したので陛下にも私が言っていた未来については報告していないらしい。それでいいのか? ちゃんと陛下に忠誠誓ってる? 大丈夫?

 私がそう断言すると、クソガキはクッキーを摘んでいた手の粉をナプキンで拭き、立ち上がって──私が寝転がるソファへと座った。

 私は肘掛にもたれかかった体制で寝転がっているが、それでも余裕があるソファは安易にクソガキが座るのを許した。因みに、こうやって座るのは初めてではない。


「別に好きじゃない」

「将来好きになるわよ」

「……」


 納得がいかないのか、クソガキは無言で私を睨みつけた。それに私は、静かに視線を返す。


 わたくしの悪役令嬢化を阻止する一番の方法は、主要メンバーに近付かないことだ。例えこの婚約が破棄されてもエミーリアの身分を思えば、別の好条件な婚約が連なることだろう。それも阻止しなければ、悪役令嬢化を回避できたとは言いづらい。

 確かにこの一年で、だいぶエミーリアの性格は矯正されてきた。しかし、恋は人を狂わせるのだ。表面は優しくしていても、バレないようにえげつないことをするかもしれない。腹黒もビックリの所業を、可愛いエミーリアちゃんがやるとは思いづらいが──やはり、未来はどうなるかわからない。


「……あんた、歳はいくつだ」

「は? 馬鹿なの? 今年で9歳になるわ」

「違う。エミーリアじゃなくてあんただ」

「はあ?」


 頭がついにイカれたのかと思えば、意味不明な質問だった。

 こうして時々、こいつは私に質問してくる。それに私は適当に返すのだが、エミーリアは素直に返事をしてしまう為意味がない。エミーリアの好きな物や嫌いな物は完全に把握されている。その上で贈り物をしてくるので、エミーリアのクソガキに対しての好感度は爆上げだ。


「何その質問」

「いいから。あんたは何歳なんだよ」

「だから今年9歳よ」

「その身体のことじゃなくてあんたに聞いてんだ」


 ……驚いた。こんなにハッキリ、『私のこと』を聞いてきたのは初めてじゃないだろうか。

 というか、やっぱり私がエミーリアじゃないって気付いてるんだね。二重人格にでも思われてるのかな。いやでもこの世界には確かそういう医学はなかった気が……もしかして悪魔とでも思われてる? エミーリアに取り憑いて婚約解消を求めてくる悪魔? あ〜、そう考えると逆に解消しないかもな……。

 ぼーっとしていたら、クソガキが何やら真剣な目で私を見ているのに気付いた。こんなに真剣な表情は初めてではないだろうか。


「何歳だっけ……」

「歳も覚えてないババアか」

「違うわよ! ええと……16だったかな……今年で17になるかな?」


 私がエミーリアに入った──創られた、かもしれない──のは、今日から一年と少し前だ。

 その時私は16歳だったはずなので、歳が止まっていると考えなければ今年で17になる。このクソガキと初顔合わせが『私』の誕生だから──うわ、あの日がある意味『私』の誕生日? 勘弁してくれ。


「……8歳差は大きいと思うか?」

「20も離れた男に嫁ぐ子もいるんだから、そんなこと言ったらその子が泣くわよ」

「……女が20離れた歳下の男に嫁ぐことはあるのか?」

「天地がひっくり返っても有り得ないわね。まあ女の遺産目当てだとか、資金繰りのためにあるかもしれないけど、基本的に婚姻は家と家との繋がりの為でしょ? 子供を成して家を継がせるのが目的なんだから、基本的に女が男より歳上なのは有り得ないわ。周りよく見てごらんなさい。女性が歳下か、よくて同じ歳でしょ」

「……」


 顎に手を当て考え込んでいるクソガキは、周囲にいる既婚者たちを思い出しているのだろう。

 政治的な婚姻が基本なこの貴族社会で、恋愛結婚は極稀である。実家を継ぐ必要のない三男とか、実家に余裕のある次女などはお互いの利点が合えば恋愛結婚も可能だが、実現する数は少ない。

 例え私がこのクソガキとの婚約を解消できたとしても、先程考えた通り『殿下の周囲の誰か』との婚約話が浮上するだろう。


 正直、エミーリアには恋愛結婚をしてほしい。


 現実的に数が少ないとはいえ、出来ないことはないのだ。もちろん、エミーリアは王家との婚約がすんなり決まるほど身分が高いので、なかなか難しいかもしれないが──。


(確か、エミーリアが10歳の時に弟が産まれるのよね)


 だから家の存続は問題ない。養子をとるかと相談していたエミーリアの両親に進言したら、物凄く喜ばれた。

 なるべくエミーリアには幸せになってもらいたい。それが『私』の存在意義なのだから、そう願うのも当たり前だろう。

 今のエミーリアの幸せはきっと、『殿下と結婚すること』だろうが──……ごめん! それだけは! それだけは阻止させてエミーリアちゃん! あなたの未来の幸せのためなの!

 きっと大人になればわかるはずなのだ。だからエミーリアには別の幸せを願ってもらって──そうすれば、今度は全力でその幸せを後押しするから。


「8歳下の男についてあんたはどう思う」

「ええ? 私? 私に聞いてるわけ? エミーリアじゃなくて?」

「あんただよ」


 驚きだ、まさかまだ質問してくるなんて。どんな風の吹き回しだ?


「まあ8歳下なら……えーと? 小学3年生か。子供にしか感じないねぇ。私が20なら12歳でしょ?小学6年生じゃん。犯罪臭半端ない」

「何言ってんのかわからないんだが」

「つまりは『恋愛対象としては対象外』ってことよ」

「……」


 どうして私のことを聞いてきたのかは不明だが、私はある意味存在しない存在なのだ。……うん? なんか変だけど、まあ意味はわかるでしょ?

 エミーリアが気絶した時にだけ現れる人格の『私』は、存在しない人間だ。私がいくら主張したとしても、この身体と主要人格はエミーリアだし、エミーリアの悪役令嬢化が阻止されれば私は消えるだろう。そんな確信がある。

 憑依したのか、人格形成されたのか不明だが──エミーリアが真に幸せを掴んだら、この二重人格も治るだろう。

 まあそんなこと、このクソガキは知らないと思うけど。


「……大人になれば、8歳差なんて気にならないよな」

「えっ、うーん、相手が20、私が28……いやキツいでしょ。無理無理」

「さっき20歳差でも大人になれば気にならないって言ってただろ」

「いやぁ見た目だけはね。結局は本人次第なんじゃない? で、私は“気になる”」

「……」


 それを聞いて何かを考え込んでいたクソガキは、ばっと顔を上げて身を乗り出したと思うと──




ちゅっ




「─────は?」


 私にキスした。




 いや、え、は? 何やってんの? 馬鹿なの? いくらクソガキでもおまえ王子様だろ? 何やってんの? 死ぬの?

 私は目を見開いてすぐ傍にある無駄に綺麗なクソガキの顔を凝視した。若干クソガキの頬が赤くなっているのは見間違いではないだろう。


「今日はやっぱ帰る」

「え、あ、そう」

「またな」

「もう二度と来なくていいよ。ていうか来んなアホ」

「ほんと不敬だなあんた」


 ひらりと手を振り、唐突にやって来たクソガキは唐突に帰っていった。

 そして静寂。

 私は呆然と、クソガキが出ていった扉を見つめて──ああ今日も婚約解消してもらえなかった──零れた言葉は、本当に私が喋ったのかと思うほど弱々しかった。






「…………いやなんでだよ……」






 私の、私による『わたくしの悪役令嬢化の阻止』計画はまだまだ続く。



閲覧ありがとうございました!

息抜きに書いた話でした。短編ですが需要があれば長編に書き直そうかなとも思ってます。楽しかった!


(追記)ひええい誤字報告ありがとうございました!はずかし

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― 新着の感想 ―
[一言] おねショタありがとうございます!王子がんばれ!そして「わたし」をどんどんツンデレにして欲しいです。この二人魂の融合とかはありえないんですか? ハピエンじゃないのは悲しいです
[良い点] キャラクターが個性豊かで魅力的 [気になる点] エミーリアが可哀そうだなと思ってしまいました 結局ヒロインが出てくるのと変わらず、自分の体に現れた前世の「私」に、殿下も侍女も身体すらも取ら…
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