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高子と和枝、部室にて 其の2

突然、妙にタイミング良く現れた怜先生に、高子と和枝の二人は、すっかり機先を制されました。それを確認して、怜先生は二人に話しかけるのです。


「それで、高子君、先生に何か言いたいことがあるんじゃあないのかなあ」

「そ、そりゃあ、昨日の歓迎会での、先生の米村君への態度は、どうかとも思いましたし、この高子さんも、米村君にはフェアでいたいんだ。でも、肝心の米村君が、今日もこの部室で『権助提灯』やってるのだから、わたくしがいうことなんて、何もないですよ」

「ほう、英子君が、この部室で、『権助提灯』をねえ。それは何よりだ。和枝君も、それを聞いていたのかな」

「うん。英子君は、今日も僕のために、『権助提灯』をやってくれたよ」

「それは上々。ちなみに、和枝君は、先生に何か言いたくはないかい」


怜先生にそう問われて、和枝は考え込みます。


「先生に僕がですか? 何かあったような気もするけど、思い出せないや」

「そうかい。ま、何か先生に言いたくなったら、遠慮なく言っちゃっていいからね。それはそうと、二人とも、何か言い争っていたみたいだね」


怜先生が、また蒸し返したので、再び高子と和枝の間に、険悪なものが漂い始めます。しかし、そこにまた怜先生が割り込むのです。


「まあまあ、お二人さん。喧嘩をするなとは言わないけれど、ここは落語研究会だよ。決着は、落語でつけるのがいいんじゃあないかな」

「落語で決着をですか? この高子さんが、和枝君と?」

「落語で決着をだと? 僕が高子君と?」


高子と和枝は、そう口を揃えていうのです。それを見て、怜先生はにやにや嬉しそうに、具体的な勝負の仕方を提案するのです。


「そうだよ。時に、高子君。先程、君は英子君に対してフェアでいたいと言ったね。それは、和枝君に対しても同様かい」

「当然だ。この高子さん、八百長なぞ好まない。いつ、誰とでもガチンコだ。そして勝つのがこの高子さんだ」

「ほほう、勝つのが高子君かい。だけど、さっきの口論で高子君が主張していたことは、和枝君の落語の方が高子君のそれより、優れているってことだろう? だったら、高子君が、落語で和枝君に勝っちゃうのはまずくないかい」

「な、なんだと、先生。ちょっと待ってくれ、どういうことだ、考えさせてもらう」

「だめ。先生もこれで結構忙しい身分だからね。で、フェアということだったら、お互いに入念な準備をして、それぞれがベストだと思うものを見せ合うというのはどうだい。そうだね、審判役は、先生と、遊君、そして英子君でいいかな。ちょうど、落語研究会で三人用意できる」

「ま、まあ、この高子さんはそれで構わない」

「高子君はああ言っているが、和枝くんはどうだい?」

「僕も異論はない」


高子と和枝が、同意するのを見てとると、怜先生は高子にこう尋ねるのです。


「それじゃあ、高子君。和枝君がやるベストな落語とはどのようなものだろう? 審判役の我々三人は、和枝君がどんな落語をしたら、最も満足できるかな」


怜先生は、言うだけ言うと、あとは高子と和枝の成り行きを、ただ見守って、楽しんでいるのです。


「和枝君がどんな落語をするのがベストか、かあ。正直、この前の“群・環・体”みたいなのはちょっとなあ。あ、ご、ごめん、和枝君」

「いや、高子君が謝ることはない。忌憚きたんのない意見を聞かせてほしい。僕も、聞き手のことを考慮しなくてはならないと考え始めていたところだ」

「そ、そうかい。あ、でも、ガロアの生涯な話は良かったな。和枝君って、そういう、うんちくめいた事も話せるんだなって、感心しちゃったよ。そうだ、落語って、基本江戸時代じゃない。江戸時代の数学関の、面白そうなうんちくって何かないかな、落語に使えそうなやつ。って、そんな都合よくはいかないか」

「あるよ」

「だよねえ。えっ、あるの、和枝君!」

「うん。落語に使えるかどうかはともかく、“和算”っていうのがある。和風洋風の、“和”の算数で、“和算”だ」

「へえ、そんなものがあったんだ」

「あったんだ、高子君。ほら、江戸時代は、鎖国していただろう。だから、日本独自の算術理論が発達していたんだ。当時のヨーロッパと比較しても、なんら遜色そんしょくのないものだったらしい。それに、その時の庶民 の間にも結構広まっていたんだ。神社に、和算の問題とその解答を絵馬に書いて、奉納する、なんてこともあったらしい。今で言う、幾何学の問題なんかが多くて、この図の大円と小円の比はいくつだ、みたいにやってたんだよ」

「それはそれは、八百万の神様の国らしいと言うか、敬虔けいけんなインテリジェンスと言うか、面白いことをしていたんだねえ」

「だけど、それが、落語に使えるだろうか。神社が出てくる落語なんて、あったっけ」

「ううん、この高子さんも、そんなに古典落語に精通しているわけじゃあないからなあ」

「あるよ」


二度目の“あるよ”を言ったのは怜先生でした。


「『初天神』と言うのがある」

「あるの、先生! その話、この高子さんに教えてくれ」

「そうだ、ぜひ僕にも教えて欲しい」

「いいよ。お祭りをやっている神社に、子供が親にねだって連れて行ってもらう話だ。その祭りが、和算の祭りだったら、和枝君に、ぴったりだねえ。 あ、でも、和枝君だったら、自分で親を無理やり連れて行っちゃうかな。後で、自分でも調べてみるといい」

「ふむ、先生。実に参考になった。僕も、僕なりにやってみるよ」


和枝はそう宣言するのでした。

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