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遊と英子、教室にて

高子に屋上に連れ去られ、高子だけでなく、怜先生とまで長々と話をした遊。そして、和枝に落語研究会部室に連れ去られ、そのうえ、落語まで披露することになった英子。二人は、置きっ放しにされた荷物を取りに教室に戻ったところ、ばったり出くわします。教室には誰もおらず、二人っきりです。


「あっ、英ちゃん。和枝さんに引っ張られていったみたいだけど、大丈夫だった?」

「まあ、なんとかね。遊ちゃんの方も、高子が引っ張っていったけど、どうだった? 変なことされなかった?」

「高子さんなら、平気でしたよ。あーあ、なんだか、どっと疲れちゃった」

「遊ちゃんも? 実は、わたしもなの。それにしても、いろいろ考えさせられちゃったわ」

「へえ、どんなことを? 教えてよ、英ちゃん」

「それはね、遊ちゃん。芸、と言うより表現全般と言った方がいいかな。やった本人が表現しようとしたこととは、別の受け取り方をされることもあるんだなあって。ああ、昨日遊ちゃんの歓迎会でやった『権助提灯』ね、わたし本人はともかくね、和枝さんは、すっごく好意的に評価してくれたの。別にこのことで、和枝さんとの仲がこじれたりはしていないからね。遊ちゃんも、昨日あれだけ、わたしを慰めてくれたし」

「あっ、和枝さんも、英ちゃんの落語、良く思ってくれてるんだ。英ちゃんも、和枝さんのことが、嫌になってるわけでもないんだね、良かった」

「うん。と言うよりも、もっと仲良くなっちゃった感じかな。和枝さんも、わたしのことをどう思っているか、しっかり話してくれて良かったよ。正直なところ、以前は和枝さんのことを、良くわからない子だと思っていたからなあ。どこか、ぽやあっとしてて、あまり自分の内面的なことは話さないくせに、数学やら、プログラムのこととなると、せきを切ったように喋り出すんだ。和枝さんがあんな風にわたしの落語を評していたなんてねえ。高子は、相変わらず、わたしを憎らしく思っているみたいだけど」

「た、高子さんは、そのお……」

「高子のことはどうだっていいや。でも、和枝さんのこともそうだけど、他にも、思いを巡らせちゃってね」

「それ、聞かせてくれるんでしょ、英ちゃん」

「そりゃあ、昨日あれだけ、遊ちゃんに迫られちゃったんだから、もう隠し事なんてできないよ。で、わたしの落語が、少数には絶大な支持を得られるとしたら、それは芸としてどうなんだろうと思っちゃってさ」

「あ、あたしは、英ちゃんの落語、大好きだよ」

「ありがとう、遊ちゃん。和枝さんもそう言ってくれた。でもね、芸となると、お金の話も出てくるじゃない。ギャラとか、そういうの」

「まあ、出てきちゃうね。世知辛いけど」

「それで、仮に、わたしの落語が、十人に、一人当たり千円払わせられるだけのものだとしてね、ちょっとおこがましい気もするけど」

「そんなことないよ、英ちゃん。あたしは、英ちゃんの落語だったら、千円くらい喜んで払うよ。お小遣いだって貯めてるし、高校生だからアルバイトだってできるよ」

「うん、ありがとう、遊ちゃん。でも、稽古の時とか、リハーサルの時まで気にしなくていいよ。本番の時だって、遊ちゃんにはいろいろ手伝ってもらうし。それに、重要なのはそこじゃあないんだ」

「わかった、英ちゃん。じゃあ、続けて」

「で、わたしが十人の前で落語をしている横で、高子は百人集めて喋っているだろうってこと。一人当たり百円払わせてね、高子だったら、それよりもっと高い金額で評価されてしかるべきだけど、百円としちゃってね、それでも、高子の方が、お金を稼げる芸をするってことになるんじゃないかって、思っちゃうのよ。気に食わないけどね」

「へ、へえ。でも、どうして、二人とも、壱万円稼ぐという点については、同じじゃない」

「いや、遊ちゃん。同じじゃないよ。やっぱり、何人集められるかというのは、芸に関して重要だよ。ほら、“興行”ってあるじゃない。インダストリアルの“工業”じゃなくて、ええと、イベントプロモーションの方の」

「ああ、“おこす”のほうね。それがどうしたの」

「イベントだったらさ、なんと言っても、集客力じゃない。お客さんが、高子にお金を直接払うことがないこともあり得るでしょ。興行主がとにかく人数を集めたい。周りの飲食やら何やらで、お客にお金を落として欲しいということもあるわけだし。極端な話、人を来させてくれればいい、何よりもまず人数だ、ってこともあるじゃない。収益度外視で、人がいっぱい来ること自体が目的なことも。がらがらだと、見栄えが悪いからみたいな感じで」

「そういうこともありますねえ。客寄せパンダってことですか」

「そうよ、客寄せパンダ、最高じゃない。大勢の客を呼べる、それができるということが、どれだけ才能に恵まれているか。英子? 十人しか集められないのか、全然駄目じゃん。高子? わっ、百人の集客力。よっし、この子に、ギャラ払って来てもらおう、ってなるじゃない」

「なるほどお、資本主義経済システムにおいては、高子さんが落語家として、英ちゃんより優れている、こう言いたいんですか?」

「その通りよ、遊ちゃん。って、遊ちゃん、なんで、にやにやしているのよ、このわたしが、高子への怨嗟えんさの声をぶちまけているというのに。あれっ、前にもこんなことなかったっけ」

「気のせいじゃあないですか、英ちゃん。じゃあほら、一緒に落語の稽古して、芸を磨こうよ、英ちゃん。一人当たり千円が駄目なんだったら、一人当たり壱万円の落語ができるようななったらいいじゃない」

「い、壱万円! いくらなんでも、それは高望みのしすぎじゃない、遊ちゃん。人間国宝の独演会でもそこまでは……」

「気にしない、気にしない、大きく行こうよ、英ちゃん」


遊と英子の、教室での会話は終わりを迎えるのでした。

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