第七話 目的の一致
およそ1時間程度だろうか、ファミレスで食事と長話をしていた僕と清隆は一先ずファミレスを出て、歩きながら行き先について話すことに相成り、レジに向かっていた。
「お会計はご一緒でよろしいですかー?」
「はいはい」
名前も知らない少女との食事でオーダーを取りに来た、アルバイトと思しき男性店員にレシートを渡し、会計をしてもらう。
清隆はブラックコーヒーを苦虫を噛み潰したような顔で飲んでいただけだったが(嫌なら飲まなければいいのに)、遅れた罪悪感が多少なりともあるのか、僕が食べた分の代金も支払うと言ってくれたので、大人しくそれに甘えることにした。
「サンキューな」
「まー気にすんなや」
互いに軽く拳を突き合わせて、これで完全にチャラだと互いに認める。
「で、おめーのいもーとさんのプレゼントだが、俺を呼んだっつーことは何かそこら辺の女でも引っ掛けて聞けってことなん?」
「さすがに違う。つか道端で見ず知らずの女性にそんなこと聞いてたら不審者に思われる」
仮に聞くとしても、そのためだけに呼び出すくらいなら自分からやる。
そんなことは多分清隆にも分かっているはずだから、これは僕が喋りやすいように話題を振ってくれているんだろう。
まあ素かもしれないけど。
僕と清隆は店を出てとりあえず駅前に向かってゆっくり歩いていく。
時刻は午後5時くらい、日が傾き、ビルの影が路上へと伸びている。
日が沈みかけているのもあってか、昼間の蒸し暑さはそこにはなく、比較的過ごしやすい気温になっていた。
「妹のプレゼントの件、実は清隆のお姉さんに聞こうと思っててね」
「へぇ、姉貴にかよ。おめーのいもーとさんは男なのか?」
「妹って男もいるのかー。初めて知ったなー」
そんな訳ないだろうと突っ込む気力すら無かった。
だが今の反応で清隆の姉が、僕の想像通りであることがわかった。
それなら多分僕の求めている答えが返ってくることだろう。
少しして、清隆はおもむろに立ち止まるとスマートフォンを取り出しどこぞへと電話を掛ける。
「あー、どうも。清隆です。タクシーの手配して欲しいんスけど。うん、そう。できれば口が固い人の方がいいっス」
通話を切ると、清隆は無言で今来た道を逆走していく。
僕も同じように逆方向へ向かい、清隆の隣を歩く。
暫く無言で歩いていると、この辺りではあまり見ない、白と黒の縞模様が特徴的なタクシーが近くの道路脇に止まる。
後部ドアが自動的に開き、先程清隆が呼んだタクシーであると察した。
「んじゃー、とりあえず移動しながら話でもー」
□□□
タクシーに乗ると某球団の歌が流れていたり、マスコットのキーホルダーがぶら下げてあったりで少し圧倒された。
しかし、車内は冷房が効いており、シートに体を預けると深く沈み込み、体を優しく後ろから包みこんでくれるようで心地が良かった。
清隆はというと普段から乗り慣れているのもあるのか、特に気に留めた様子もなく運転手と何か小声で話している。
話し終わると、清隆は腕と足を組み、僕に話しかけてくる。
「俺の姉貴、実際に会ったことあったっけ?」
「いや、ないね。君の親父さんから話を聞いただけ」
「そっかー」
軽く頭を掻くと、清隆は少し困ったと言わんばかりに額にしわを寄せ、顎に手を当てている。
30秒くらい思案した後、決心が付いたのか話し始めた。
「実は昨日なー、その姉が暴力沙汰を起こしててー、今謹慎中なんよねー。まーそれで元々姉貴んとこには向かうつもりやったから、ちょーどよくはあったわけで」
「へぇ……」
ヤクザの娘なんだ、暴力沙汰の一つや二つ、あったとして何も不思議ではない。だが……
「でも、お前のお姉さんは確かお嬢様学校に通ってなかったか?暴力沙汰なんて起こしたら即退学だったりしないのか」
「そうならない理由が、まーあってなー……あ、いや別に脅してるとかやないで?」
「ちょっとだけ思った」
話を聞く限り、よっぽど破天荒な人なのだろうと感じる。
清隆も充分飛び抜けたやつだとは思うけれど、姉はそれ以上なのだろう。
僕はまだ見ぬ親友の姉の姿を想像しながら思索にふけっていたが、依然として顎に手を当てて固い表情のまま、うーん、うーんと唸っていた。
再び決心が付いたのか顎から手を離して腕を組む。
「……今から言うことは他言無用で頼む」
「あ、ああ。言うなと言われれば言わないから安心してくれ」
顔をこちらに近づけて小さく手招きをする清隆。僕はそれを見て体を少し傾けて耳を彼に近付ける。
「姉貴が通う、聖カトリーヌ女学院高校には――俺ら、待田組の宿敵である――」
「鶴ケ谷組組長の娘が在籍している。そして、そいつが昨晩何者かによって拉致された」
「……なるほど。それで?」
僕は固唾を呑んで、清隆の次の言葉を待つ。
「……その容疑が俺ら待田組にかかっている。さらに言うと、その誘拐に、姉が関与している可能性がある」
言い終わった清隆は、珍しく額に汗を浮かべていて、僕の耳から顔を離してシートに深く沈み込んだ。