第四話 深夜少女逃走劇2
目から零れ出た涙が止まらない。
それもそのはず。
私がいる部室棟裏では性欲を抑えきれず息を荒げているおじさんに犯されようとしているのだから。
こんなところで、しかも40代くらいのおじさんに初めてを奪われるなんて……。
「き、君!大丈夫かい?泣いてるけど」
「近寄らないでください!その下衆な目で私を見ないでください!その、脱走しようとしたことは謝ります、だけど私その、初めては好きな人とって……だから、その」
「………………」
「何で、黙るんですか……」
「あーいや、別に君に危害加えようという気はないから、とりあえず学年と名前、教えてもらえる?」
「あ!そうやって学年と名前聞いて後で脅すんですねっ!?あなたさいっっていですね!恥を知って下さい!」
「いやそうじゃなくて」
「何が違うって言うんですか!さっき息を荒げながら近づいて来て興奮してたじゃないですか!!」
「いやそれはここで物音がして走ってきたからそうなってるだけで」
「変質者はみんなそう言うんですよ!!」
「君、変質者に会ったことでもあるのかい?」
「ありませんけど、何か!?」
「…………」
警備員はやれやれと額に手を当てながらため息をつく。
「はぁ……どうすれば信じてもらえるのかね。さすがにね、脱走企てたからと言って女生徒襲うような輩に成り下がったつもりはないんだけど、そう見えちゃうのかなぁ……」
「……えっ?……そ、その」
あれ、ひょっとして私の勘違い……?
目の前で肩を落としてブツブツ言いながら落ち込んでいる警備員のおじさんを見ていると本当にその気が無かったのではないかと思えてしまう。
今にも泣きそうな勢いで、いつの間にか立場が逆転していた。
泣きそうなのは私のほうだったのに……。
「(もしかして私、恥ずかしいことを一杯口走ってしまっていたのでは)」
途端に恥ずかしくなって涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆い隠した。
それを見た警備員が気を利かせてくれたのか、優しく私に語りかけてくる。
「ああ……うん、今君が言ったことは全部忘れるから、気にしないで。とりあえず学校側に報告だけはしないといけないから学年と名前ね。多少怒られるだろうけど脱走を企てたんじゃなく寝ぼけて校内歩いてたってことにしておくから」
「もしかして警備員さん……」
「凄くいい人?」
「ありがとう!!」
勢い余って警備員さんが私の手を掴んでくるが反射的に避けてしまった。
「あ、ごめんなさい」
「うん……いいよ分かってるから」
少し申し訳ないと思いながらも、知らないおじさん(40代)と手をつなぐのは少し、いやかなり抵抗があった。
脱走は失敗したけれど、学校側に脱走がバレる心配はなさそうだと安心して胸を撫で下ろしていたが、その時あることに気が付いてしまった。
「あれ、そういえば他の警備員さんはどこに?」
私が脱走しようとした時には複数人の警備員さんの声が聞こえていた。
それに、先程意気投合(?)した警備員さんも私を見つけた際に大声で脱走だと叫んでいた。
ここで口論しているうちに集まっていても何もおかしくない――というか、今ここに集まっていないことの方がおかしい。
「言われてみれば……」
警備員さんが言い淀んだ次の瞬間、警備員さんの背後に人影が、上空から舞い降り――
「グアッ!」
短い悲鳴と同時に警備員さんが倒れていた。
「警備員さ―――ん!」
警備員さんが倒れたその先には木刀を右手に持ち、肩にかけている身長170cmくらいの長身の女生徒――今回の脱走で助言をくれた先輩が立っていた。
髪は茶髪で短く、胸は……多分平均より大きい。
羨ましい。
服装は普段校内で見かける制服姿ではなく、袴を着ており優雅さを感じさせた。
手をプルプルとさせて怒っている私に気付いたのか先輩は少し申し訳なさそうな表情をする。
「えっと、私は何か間違ったことをしたか?」
「……いえ」
間違ったことはしていない、本来の目的は脱走すること、先輩はそれの手助けをしてくれた。
感謝こそすれ、怒るのは間違っている。
ただ……。
「先輩、いつから聞いてましたか」
『近寄らないでください!その下衆な目で私を見ないでください!その、脱走しようとしたことは謝ります、だけど私その、初めては好きな人とって……だから、その』
「最初から聞いてたなら何で助けてくれなかったんですかっ!!」
そう大声を上げると先輩は腹を抱えて笑いながら、のたうち回っていた。
「だって、、さっ、ははっ、あんな、面白い、勘違いしてんのに、あははっ、最後まで見たいと、思う、やん?笑いこらえんのほんま大変やったわ」
「……助けてもらわない方が良かったかも」
恥ずかしがって俯いてるいる私を見て申し訳なく思ったのか、先輩は笑うのを辞め、私の肩を抱える。
「ま、無事でよかったわ。実際表におった奴らの中には本当に危ないのもおったからな。脱走の手助けをした手前、何かあったらどないしよか思うてたところやった」
真面目な先輩を見て、自分が助けられたことに変わりはないことに気付き、小さく頷く。
「危ないところをありがとうございました。先輩、3年生なのにこんな無茶なことさせてしまってごめんなさい」
「ま、元々問題はしょっちゅう起こしてっから気にすんなや」
バン、と背中を軽く叩かれて元気付けられた私はすぐさま立ち上がり、ハシゴに手をかける。
「それでは、失礼します」
「おう、頑張ってこい。私はもうここから出るような元気は残っとらんからついて行けんけど、何かあったら連絡くらい寄越しや」
「ありがとうございます」
手のひらサイズの厚紙を手渡される。
それを一瞥もせずポケットに仕舞い、ハシゴを駆け上がっていく。
――先輩は私の名前すら知らないだろう、知っていれば多分助けてくれない。
――私は先輩の名前を知っている、だから助けを請いたくなかった。
先輩は私――いや私達にとって敵同然なのだから。