第三話 深夜少女逃走劇1
――某日深夜0時
聖カトリーヌ女学院高等学校敷地内はいつもと変わらぬ静寂に包まれている。
県内随一と言ってもいい進学校であり、品行方正なお嬢様が多く通っている同女子校は深夜の警備も万全で、蟻の這い出る隙もないほど。
そんな中、私は誰もいない校内の渡り廊下内側で身を屈めて息を殺している。
今日ばかりは普段コンプレックスに感じている体格の小ささに感謝しなければ。
ただ、私自身も今回の計画が無謀であることは分かり切っていた。
けれど、それ以上に今の現状は窮屈で耐え難いものであった。
「(こんなところで過ごしていればいずれ頭がおかしくなってしまう)」
心の中で呟く。
厳格に規律が設けられており、外出は許可がなければできないこの女子校で脱走を考える女生徒は稀にいるが成功した例は殆どないらしい。
しかし偶然にも1年前に脱走した3年生の先輩の噂を聞きつけ、本人から当時の話を詳しく聞くことに何とか成功した。
先輩の実体験自体は常軌を逸していて参考にはならなかったけど、当初考えていた方法を提案してくれたのでそれに従うことにした。
正直、あの先輩に話を聞くのには大層勇気が必要だった。
何と言っても女学院内で先輩は人一倍人気で、親衛隊なるものが存在しているほどであった。
有り体に言うと、お姉さまキャラ。
ただ、それだけではなく私は先輩が苦手だった。
何とか先輩が一人の隙を狙って話しかけると少しため息を吐いて、君も告白かい?と苦笑いしていた先輩だったけど、脱走の話を聞くと目を輝かせてその当時のことを語りはじめた先輩は少し可愛かった。
あのちょっとやんちゃな男子を見ているような微笑ましさが人気の秘訣なのかな、と少しだけお姉さまと呼ぶ人たちの気持ちがわかった気がする。
私は呼ばないけれど。
「(今はそんな事を考えている場合ではありませんね)」
逃走時に緊張していてついついいつも通りロングのままでここまで来てしまったけど、流石にくくっておいたほうが良さそうだと思い、胸ポケットからヘアゴムを取り出して髪型をポニーテールに変更する。
「(よしっ)」
一呼吸置いて、気持ちを切り替えるために両の手でほっぺたを軽く叩く。
今いる渡り廊下は南にある本校舎と北にある特別教室棟をつなぐための廊下で、西側にグラウンド、東側に学生寮がある。
東側の学生寮から抜け出して監視の目をかいくぐりながら渡り廊下の外側から死角になっているところで身を隠している。
このまま特別棟の壁沿いに一旦北へ抜けて、グラウンドの北にある部室棟の裏へと向かう。
部室棟の裏には前もって部室棟横に併設されている用具室からハシゴを持ち出して置いてあるのでそれを使って外壁を超え脱出する、という作戦だ。
警備員もわざわざ部室棟の裏まで見たりはしないし、ここは警備が最も厳重な南側にある正門からも遠いためハシゴを使う音が聞こえ辛い。
運び出す時にも少し重いと感じていたけれど、なるべく音を出さないようにゆっくりと持ち上げて立て掛けるのは少し大変だ。
「よいしょっ」
何とか外壁にハシゴを立て掛けることに成功してほっとしていたが、次の瞬間――
ガラガラガラ、ガシャン!
「(さすがに今のはまずい!)」
充分に取っ手が引っかけられていなかったのかハシゴが大きな音を立てて倒れる。
「(こうなったら一か八か――)」
音を気にせずにハシゴを勢いよく掴んでまた外壁に立て掛けようとする。
試しにハシゴの一段目を足で強めに踏んでみる。
今度は上手く引っかかったようで外れそうにない。
安全を確認し終わったところで辺りがざわついていることに気付く。
今の音はなんだ!?
性欲に耐えられなかった侵入者か?
脱走か!?脱走者にはお仕置きせねばなりませんなぁ!
そん時は俺も混ぜてくれよ!
「(何か不穏なこと言ってる人がいて怖いのですけれど)」
一部、女学院に務めてはならない警備員がいた気がするけど、少なくとも複数人の警備員がこちらに集まってきているのは分かった。
今ハシゴを登れば気付かれてしまうけれどここで隠れていてもどうせ見つかってしまう。
私はなりふり構わず全力でハシゴを登っていく。最後の段を登ろうとしたその時――
「いたぞー!脱走だ!」
「わわっ」
その一声に驚いてハシゴを握っていた手を離してしまう。
握っていた手を離したことでバランスを崩してそのまま地面に落下、尻餅をついてしまった。
「(もう少しの所だったのに!)」
私を見つけた警備員は右手にライトを持ちながら私に向ける。
「見つけたぞ……はぁ……はぁ……」
それは走ってきて息が荒くなっているだけで興奮しているわけではないのですよね!?私大丈夫ですよね!?
「優しく……するから……大丈夫だよ」
大丈夫じゃないやつだこれ!!
私、これからどうなっちゃうの――!?