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第一話 くだらない領土問題

 元々は1話完結の短編集にするつもりでしたが、続きの内容を思いついてしまったので続きものとなっております。

 拙作ですがよろしくお願いします。

 レコンキスタと呼ばれる、中世のイベリア半島で起こった運動がある。

 しばしば国土回復運動と訳され、広く世界史の教科書でも扱われる出来事だ。

 約800年かけて、イスラム教徒に占領された領土をキリスト教徒が奪還するという、極めて根気のいる戦いだったに違いない。

 せいぜい80年やそこらしか生きられない人間が語るには大きすぎる出来事だろう。

 しかしながら、そんな歴史的な出来事と僕の眼前で行われているやりとりは少しばかり似ている。

 自分の寿命の10倍もの歳月に渡り繰り返された戦争と比べるには何とも失礼で、烏滸がましい――が、直面してみた時の感想が、これが現代版の縮小レコンキスタか、であったのだから仕方ない。

 事の発端は10分程度前のことである――


「あっぢぃ……」


 うだる熱気に思わず誰にぶつけるでもない悪態をつくくらいには体が悲鳴を上げていた。

 季節は真夏、強火で加熱をされ続けた鉄板の如く、アスファルトの地面から舞い上がってくる熱気に頭がどうにかなってしまいそうだった。

 今朝雨が降ったことも影響してか、空気が湿気ており、余計に気持ち悪さを感じていた。

 駅前にある、冬にはクリスマスツリーに様変わりする針葉樹に寄り添うように木陰へと入る。

 親友との待ち合わせまでここで待つべきか一瞬悩んだが、やはり近くのファミレスにでも入って涼んでいたほうが幾分かマシであろう。

 その親友は、遅れるとの連絡もせずに平気な顔をして数時間後に顔を出すという、時計が普及しておらず時間にルーズであった江戸時代の日本人の如き適当さを持っており、それに振り回されることもしばしばある。


「はぁ……」


 僕は小さくため息を吐き、ファミレスで時間潰している、といった旨の連絡を入れてその場を後にした。


□□□


 カラン……カラン……


「いらっしゃいませ~何名様でしょうか~?」

「一人です」

「ご自由な席へどうぞ~」


 一人でファミレスに入る、というのはさして珍しくなく一般的な高校生としてはその頻度が多いくらいに思っているが、その度に当てつけのように来店人数を聞いてくるのは一体なんなのだろうか。

 お一人様で悪かったなと心の片隅で思いながら天井を一瞥(いちべつ)した後、席につく。

 一応後から人が来ることを考慮してテーブル席を選んだ。

 昼食時でも無いし一人でテーブル席に座ろうとも他の客の迷惑になることは無いだろう。

 ちなみに、今自分が座っているこの席は天井に設置してあるクーラーの冷気が直接当たる位置にある素晴らしい場所でもある。

 あまり長時間いると肌寒く感じるだろうが。

 一人で来た上に店内で一番涼しいであろう席に陣取るなど、混雑時であればなんと迷惑な客だろうか。などとぼんやり考えながら、椅子の上に鞄類を置いて財布と貴重品の類いのみズボンのポケットに仕舞い席を立つ。

 席を立って向かうは化粧室。

 化粧をするわけでは勿論ないが、あまりにも暑い中歩いたのもあって全身汗だくだったので顔くらいは軽く水で洗っておこうなどと思い立ったのだ。

 前置きが長くなってしまったが、冒頭で話した現代版縮小レコンキスタ事件はこの後起きる。

 化粧室から出てきて、少しばかりスッキリした気持ちで席に戻ろうとしたところ、制服で身を包んだ女子中学生らしき少女が席に座っていた。


「すぅ……すぅ……」


 その上机に突っ伏して寝ていたのだ。


□□□


 少女は僕の座っていた反対側の席に腰を下ろして眠っていた。僕が一時的に占領していた領土への無断侵入をいとも簡単に少女はやってのけたのだ。

 少女の髪は黒髪ロングでさらっとしていて、床にもつきそうな勢いであった。身長は――せいぜい150cmくらいだろうか?

 平均的な男子高校生の自分から見るとやはり小柄に映る。

 体格もそれに沿う形でスラッとしていた。

 女子中学生としては珍しくブレザーを着ていて、きっと学力の高い私立中学にでも通っているのだろうと感じた。

 上品な雰囲気が漂う少女。

 やはり声を掛けるのに多少抵抗を感じてしまう。

 そのまま起こすのも忍びないので、ひとまず何事も無かったかのように少女の座っている席の反対側に座ることにした。

 反対側と言っても真正面ではなく斜めの位置だ。流石に初対面の相手の真正面に座るのは気が引けた。

 おそらく5分くらい待ったが起きる気配が無いので、起こした方が良いと判断し声を掛けることにした。

 注文もせずに席で涼んでいるだけではいくら混雑していないとは言え迷惑極まりないだろう。


「おーい、君ー」


 小声でそう問いかけてみる。少女は一瞬ピクッと指を動かしてゆっくりと顔を上げる。

 整った顔たちで育ちの良さが伺える。

 澄み渡った黒い瞳、殻を向いたゆで卵のようにツルツルの白い肌、どれ一つ取ってみても完璧な――いや胸は慎ましやかではあるか。

 まだ頭がちゃんと覚醒していないのか少女は左右に首を振り、次に僕を見据え小さくつぶやいた。


「……誰?」


 首を傾げる姿は全世界ロリコンを味方につける何とも可愛らしい仕草だった。


「コホン」

「いやそれは僕のセリフなんだけど」


 ことのあらましを説明する必要があるようだった。


□□□


「……なるほど」


 説明の途中、少女は時折相槌を打ちながら真面目に聞いてくれているようだったが、話が終わると少女はすぐさま口を開く。


「でもその話を聞く限りだと私はこの席を離れる必要ないですよね。少なくともあなたのご友人が来られるまでは」

「それは確かにそうだけど……」


 少女は一切席から離れる様子ではなかった。

 僕個人としても可憐な女子中学生と食事をともにするという貴重な体験ができるのだ、決して悪いものではない。

 だが、女子の話題に明るい訳ではない僕が少女と同じ席で食事をしたところで、空気が重くなるだけなのは明白だった。

 それはあちらにとっても同じことだろう。年上の、それもどこの馬の骨とも知れぬ相手と食事とあっては少女も気が気ではないはずだ。

 だからきっと少女は、僕が折れて別の席に行くのを狙っているはずなのだ。

 少なくとも僕はそう考えた。


「そもそもこの席にこだわる理由があるのかい?店内はご覧の通りガラガラ。この席で食わずとも別の席で食えば問題ないと思うけど」

「それはあなたにも言えることではなくて?」

「僕は先にこの席に座っていたんだ。ここで食べるのが妥当なの」

「でもそれは私が別の席で食べることを強要できるわけではないですよね、私はこの席で食べたいのです、理由はおそらくあなたと同じでしょう。それともこのテーブルの座っていない席の所有権まで主張されるおつもりですか?」

「ぐ――」


 中々しぶとい。僕を横目で睨めつけて、仏頂面を浮かべている。

 どうやら譲る気はさらさらないらしい。

 そんなにクーラーの恩恵を浴びたいのかこのロリっ子は。

 確かに僕は少女に席を離れることを強要はできない。

 席を譲るというのは礼儀の一つではあるのだと思うが、礼儀について講釈を垂れたところでこの少女は自分の意見を通そうとするだろう。

 僕は渋々重い腰を上げることにした。


「はぁ……まるでレコンキスタだな」


 そう小さく呟きながら席を立とうとしたら、それを聞いた少女は僕の発した単語に興味を示したのか目を見開いて聞いてきた。


「なんですか、それ」


 思いがけない反応に少し戸惑いを感じながらそのまま席に就く。


「ああ、レコンキスタっていうのは――そうだな」

「元は同じ神を信仰していたのにひょんなことから対立してしまった者たちの戦争があって、その戦争で奪われた領土を取り返すために始まった運動のことだよ」

「あー、どこかで聞いた気がする。……でも私とあなた、別に同じ神を信仰してるわけじゃないでしょう?」

「ある意味クーラーの冷気を信仰した者同士の争いって意味でね、ちょっと似てないかなって思ったんだ」

「似てないですよ、それ。ふふっ」


 少女はクスッと屈託のない笑顔を浮かべた。

 その笑顔を見て、さっきまでは熱を込めて対立していた諍いが途端に馬鹿らしくなり、席を離れる気もなくなってしまった。

 やれやれと肩をすくめながら上げた腰を下ろす。


「面白い人ですね」


 少女の先程までの張り詰めた表情はそこにはなく、柔らかくくだけた様子で、何というか純粋な少女らしさを垣間見た気がした。


「そうかな」


 少し気恥ずかしさを感じながら少女から視線を逸らし、天井を見つめる。


「あ、とりあえず、注文、頼もうか」

「そうですね」


 話題を変えるためにとりあえず注文を頼んでおくことにした。

 少しおどおどした手つきでコールボタンを押すと、男性店員が呆れた様子でゆっくりとやってくる。

 来店から10分近くも何も注文せずいたのだ、多少嫌な顔をされるのは当然かもしれない。


「ご注文は?」

「僕は冷やし中華で」

「私は麻婆豆腐で」


 こんな暑い季節に麻婆豆腐、理解に苦しむ。

 店員が去ったあと、どうしても気になって少女に問いかける。


「なぜこんな季節に麻婆豆腐なんだ」

「クーラー効いてるところで食べる麻婆豆腐、コレ夏にやるとなんだか悪いことしてる感じがして堪らなく好きなんですよ、分かりませんか?」

「流石に分からないかな。僕はやっぱり夏場はちゃんと夏場に合った食いもんを食いたいや」

「そのほうがきっと普通なんでしょうね。ふふっ」


 信ずるものは同じ、でも信ずるものの解釈が少し違う――でもそんな少女と食べる食事は堪らなく美味しく、また楽しいひとときを過ごすことができた。

 他愛のない話をしながら食事を摂り始め、20分くらい経った頃だろうか。

 僕より先に食べ終えた少女は代金だけを机の上に置き、それではお先に失礼しますと軽く会釈をして店を後にしていった。

 少女とはこれきりなのだろうか。

 この喫茶店での些細(ささい)(いさか)いもそのうち風化して、忘れてしまうのだろうか。

 だが、この諍いで得られた対立していても分かり合える、という精神だけは大事にしていきたい。


 そうそう、余談であるが本来の目的であった、親友との待ち合わせだが、平気な顔をして3時間遅刻をやらかしやがったのでそいつにはこう言い放ってやった。


「なんで待ち合わせの時間に3時間も遅れんだよ、ほんっと理解できない」


 前言撤回、やはり分かり合えないこともあるにはあるのだ。

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