3.王都のデート?
馬車を使えば王都まで一日かかる道程を骸骨のドラゴンは一時で済ませ、僕達は王都近くの平原に降り立った。
そこにはアリアがあらかじめ手配していた馬車が控えており、僕達は木箱と一緒に骸骨のドラゴンから馬車へと乗り換えた。
それから半時馬車に揺られて王都の門をくぐる。
王都に来るのは随分久しぶりだ。
馬車の小窓から外を眺めてみると、大通りの賑わいは相変わらずだった。ここにはジャンル不問、大小様々な店がひしめき合い、大陸の全てが集まると言われている。
今日も買い物客や取引に訪れた商人達でごった返しており、その場にいるだけでもワクワクしてくる場所だ。
「子供のような顔をしてますよ?」
アリアは僕の横顔を見ながらからかってくる。
「実際に楽しいんだから仕方ない」
僕は毅然とそう答えた。
馬車は貴族街の方へと進んで行く。
貴族街に近い地域は、自ずと立ち並ぶ店の顧客は貴族層が中心になる。つまり、庶民とは縁遠い高級な店が並んでいるのである。
僕が縁遠いと思った直後。馬車は静かに停止した。
「ここが目的の場所?」
僕の問いにアリアは首を横に振る。
「いいえ、約束の時間まで余裕があるので個人的な買い物をします。さあ、カイトくんも行きますよ」
そう言いながらそわそわとした様子で馬車を降りたアリアの方が、よっぽど子供らしくて可愛かった。
まず二人で入ったのは紳士服の店。
「なぜに紳士服? 男装趣味でもあるのか?」
「なに言ってるんですか。まずはカイトくんの服を買うんですよ」
「ああ、そういうこと」
たしかに出かける際にそんなことを話していた。
戦場暮らしだったので服装に気を遣うなんてことは無かった――いや、以前にいた世界でもオシャレには縁遠い人間だった。
折角だしこの機会にオシャレをして見るのもいいかもしれない。
僕は試しに良さそうな上着を手にとって――その瞬間にちらりと値札が見え――思わず僕は声を潜めてアリアに耳打ちをした。
「……ちょっとアリア」
我ながら凄く切迫した声が出た。魔族の兵士に囲まれたときもここまで緊張しなかった。
アリアは僕のただならぬ様子に理解が及ばぬようで、不思議そうな顔をする。
「どうしました?」
「店を変えよう」
「好きなブランドがあるんですか?」
「そういうレベルの問題じゃない。僕の手持ちじゃ、とてもじゃないけどここの服は買えないんだ」
非常に情けない告白だが背に腹は代えられない。そもそも貴族向けの店に庶民が入ることが間違いなのだ。
するとアリアは、
「なんだ、そんなことですか」
と屈託無く微笑み、
「業務上必要な物ですから全部私が払うに決まってるじゃないですか」
「マ、マジですか……」
「マジですよ」
僕はアリアの男気に惚れてしまいそうになった。
結局その言葉に従ってスーツを一セット購入し、その場で着替えた。コーディネートはもちろん店員に任せた。
「お客様、とってもお似合いでございます」
「そ、そうですか? いや~照れるな~」
女性店員に褒められて気を良くしていると、アリアは横から僕に耳打ちをし、
「……カイトくん、お世辞ですよ」
不思議な魔法で現実に引き戻してくれた。余計なお世話である。
ちなみにお会計の方は諸々合わせて金貨一二枚……一般的な庶民の三ヶ月の収入が飛んで逃げたことになる。
◇◇◇
僕の服装が整ったことで、次はアリアの買い物に付き合うことになった。
まずはやはり衣服。
レディースの店に入るなり、アリアは早足で目に付いた品々へ突撃し、
「これとこれとこれ。あと、これとこれも着てみたいです」
「はい、かしこまりました」
女性店員は驚くことも嫌な顔をすることなく、そそくさと次々と商品を手に、アリアと一緒に試着室へと消えていった。
なるほど、こういった店では店員が試着の手伝いをするのが当たり前なのか。僕も店員になりたいなと一瞬だけ思った。
試着室の前で待っていると、程なくして扉が開く。
現れたのは黒のドレスを着たアリア。
これだけを言ってしまえば、まるで着替えてないように感じるかもしれないが、今まで着ていた物とはデザインがだいぶ違う。しかし、一言で言ってしまえば黒のドレスである。
「どうですかカイトくん?」
「うん、とっても似合ってる」
僕は嘘ではなく本当の感想を述べる。このドレスがアリアに似合ってることは疑いようもない。
「ありがとうございます」
アリアはにっこりとするとすぐに扉は閉じられ、次の試着が始まる。
再び扉が開き、現れたアリアの服装は、またまた違うデザインの黒のドレスだった。
「どうですかカイトくん?」
「似合ってる。綺麗だよ」
「ありがとうございます」
パタンと扉が閉まる。
しばらくして扉は開き、アリアが着ていたのは、やはり黒のドレス。
「どうですかカイトくん?」
「……これも可愛くて似合ってるよ」
「ありがとうございます。ですが、奥歯に物が挟まった言い方ですね?」
目聡いアリアはすぐに僕の異変に気がついたようだ。
それならば言わせて貰う。
「どれも似合ってて甲乙付け難かった。でも……黒ばっかりじゃねぇ?」
僕の指摘にアリアは自分の服装を見下ろす。
「たしかに黒ばっかりでしたね」
「だろ?」
「しかし、好みを選んでるんで多少は偏るものです」
「まぁ、それもそうだが。ちなみに黒以外の服も持ってるのか?」
「……」
僕の質問にアリアは腕を組んで難しい顔をした。左斜め上を見上げてしばらく考え込み、
「下着含めて全部黒ですね」
さらっと嬉しい情報を教えてくれた。
僕は興奮を隠しながら、
「たまには違う色の服も着てみないのか?」
「具体的には?」
「黒髪だから赤も似合うんじゃないか?」
「赤ですか。そうですねぇ――」
アリアは店内を見回し、目に映った赤色を差した。
選んだのは赤三割、黒七割の配色のドレス。
「やはり黒が多めか」
僕の指摘に、アリアは若干むっとした表情をする。
「でしたらカイトくんが選んでみてくださいよ」
「分かった」
僕は店内を回って良さそうな物を見つけて戻ってくる。
持ってきたのは白を基調として赤を絡めた明るいドレス。
それを見たアリアは目を細めて仰け反った。
「うわぁ、すっごく眩しいです。失明しちゃいます」
「んな訳あるか」
全身真っ黒に慣れすぎて色彩感覚が狂っているようだ。
「黒も似合うが、それ以外だって当然似合うんだ。せっかく美人なんだから、色々と着ないともったいないだろ?」
僕の説得が通じたのかアリアは、白と赤のドレスを受け取り、改めてじっと見定めた。
「……まぁ、そう言うなら買って帰りましょうか」
こうしてアリアは黒のドレス六着と、自分で選んだ黒赤のドレス、そして僕の選んだ白と赤のドレス――計八着を購入したのだった。
なにそれ、あり得ない。