1.押しかけ亭主
「ア~リ~ア~」
沼地にひっそりと佇む古城。
その閉ざされた城門前で、僕は城主の名前を叫び続けた。
すると、城門が一〇センチほど開き、その隙間からアリアの従者であるミシェルが顔を覗かせた。
「これはカイト様。三日ぶりですね、なにか忘れ物でしょうか? あ、そう言えばカイト様の剣をお返ししていませんでしたね。少しお待ち下さい」
「あんな安物の剣のことはどうでもいい。それよりもアリアだ。アリアに話があるっ」
僕は食い入るように迫り、扉の向こうのミシェルが若干身を引いた。
「我が主人は忙しい身ですので、約束がございませんとすぐには」
「出かけてるのか?」
「……いいえ。ご在宅ではありますが」
「だったら入る」
僕は扉の隙間に手を入れると力任せに無理矢理ねじ開けた。
「ちょっ、困りますって」
慌てるミシェル。彼女は裏から扉を閉めようと押し込むが、勇者である僕の力に敵う筈がない。
「敵襲~敵襲~」
城内に侵入した僕に対し、ミシェルはそんなことを叫びながら奥へと走り去ってしまう。
「敵じゃねぇよ」
しかし、僕の声は届かず、ミシェルと入れ違うように骸骨の兵士達が剣や槍を手に続々とやってくる。その軍団の最後にはアリアの姿もあった。
「騒がしいですね。これはなんですか?」
「おー、アリア。僕だよ僕」
アリアの姿を見た僕は、彼女に向かって大きく手を振った。
「はいはい。勇者のカイトくんですか……おかしいですねぇ、この城は隠蔽の為に幻術魔法をかけてあるのに」
「僕はダンジョンで隠し部屋を見つけるのが得意なんだよ。大抵の幻術魔法は見破れる」
「……で、なにかご用ですか?」
アリアは唇を尖らせ、面白くなさそうな顔で訊いてくる。
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、僕は意気揚々と言った。
「住む場所がないんだ。しばらく置いてくれ」
「嫌ですよ」
アリアは即答だった。
「なんでだよ!?」
「なんでって、常識的に考えて迷惑だと思わないんですか?」
「たしかにっ」
僕は納得した。
立場が逆だったら拒否するに決まっている。
「早々にお引き取りください」
「だがしかし、こっちも王国軍から飛び出して行く当てがないんだ」
「あらまあ」
「僕をけしかけた責任をとってくれ」
アリアが僕を誘拐してあんなことを言わなければ、今も僕は王国軍に在籍していただろう。いいかどうかは別として。
「なに、ただとは言わない」
アリアが口を開き、たぶん否定の言葉を発しかけたのを制して僕は言葉を続けた。服のポケットから手のひらサイズの魔石を取り出す。
「それは……」
アリアはこの魔石がなんであるのかすぐに気がついたようだ。
「そうだ。これはエイピック級の魔石」
「どこでそれを?」
アリアの目が細まる。
僕は誇らしげな笑みを浮かべながら、
「グルーインベルク砦の地下倉庫からとってきた」
「王国軍はもう攻略されたんですか」
「いや違う。僕がひとりで深夜に忍び込んできたんだ」
僕はこれまで前線での戦い以外にも斥候から敵地の偵察活動まで任されていたというか、やらされていた。故に、潜入スキルは数多くの実践経験で鍛えられている。
ぶっちゃけ軍を率いての大立ち回りより、こっちの方が性に合っているのだ。
「さすが勇者って訳ですか。噂は誇張じゃないようですね」
「どんな風に噂されてるか知らんが、この魔石がすべてを物語っている。さあ、この魔石と引き替えにしばらく僕をここに置いてくれ。賓客扱いで」
僕の要求を受け、しばしアリアは顎に手を当て考え込んだ。
そして、肩を竦めつつ、
「こんな辺鄙な場所でいいなら、しばらくいてもいいんじゃないんですか?」
嬉しさのあまり僕はガッツポーズをとる。
「おっしゃっ。上手いこと美少女の家に転がり込むことができた。絶好の異世界生活やり直しスタートだな!」
「ちょっと待って下さい。なんか不穏なこと言いませんでしたか?」
アリアはじと目になった。
「いや、こっちの話だ。なんでもない」
◇◇◇
その日の夕食にて。
先日のようにアリアと向かい合ってのディナーである。
そして先日とは違い、ブラック労働から解放され、心が晴れ晴れとした僕は、
「どいつもこいつもふざけやがって。人が文句の一つも言わず献身的に働いてりゃ、いいように付け入りって」
あまりにも気持ちが解放的になりすぎて、あろうことか目の前の美少女に対してこれまでの愚痴を吐き散らかすのだった。きっとお酒が入っているせいだ。そうに違いない。
アリアは、戸惑い半分、迷惑半分の顔で嫌々と僕の話を聞いてくれている。
「ところで先日会ったときに比べて人格が崩れていますけど大丈夫ですか?」
「これが本来の僕だ」
「あ、そうですか。それはそれは……」
なぜか哀れむような目だった。
「それよりも聞いてくれっ」
「はいはい」
「アルデア姫いるでしょ?」
「えっと……ああ、あの美しいと評判のグレア王の三番目の孫娘ですね」
「歳もちょうどいいし、あの子が僕のヒロインになるもんだと思ってた」
「姫様が自分と結ばれるとでも思ってたんですか? 頭がお花畑ですね。でもアルデア姫は――」
「うん。先月に国務大臣の息子との婚約が発表された……意味が分からん」
「意味は分かるでしょう」
「意味は分かるが納得が行かないんだよっ」
僕はワイングラスを乱暴にテーブルに置く。
「どうして僕はモテないんだ!?」
「性格に難があるからでしょう」
アリアは端的に告げた。相手を気遣うつもりのない容赦ない一言である。
「でも、今まではいい人ぶっていたのに!」
「いい人ぶっていたんですかぁ……」
「戦果を沢山立てて、おまけに物腰柔らかくてとってもいい人! これがどうしてモテない? 普通ならハーレムが出来ていてもおかしくない筈だ!」
普通のゲームやマンガだったら、ヒロイン達に囲まれてウハウハである。
「ソウデスネー」
もはやアリアの返事は適当だった。
しかし、それでも別にいい。愚痴を聞いてくれる人がいるだけでも今は幸せだった。
「あああもうふざけやがって。ミシェル、ワインのお代わりだっ」
「はーい、ただいま」
テーブルの脇に控えていたミシェルに、空になったワイングラスを差し出す。ミシェルは慣れた手つきでボトルからグラスに赤い液体を注いでくれた。
「ありがとう、ミシェル。キミは可愛いな~」
「ありがとうございますカイト様」
「だがしかし、僕はロリコンじゃないので守備範囲外だ」
「大変ありがとうございます」
そこは残念そうにして欲しかった。
しかし、まあ、いい。
僕の視線はミシェルから再びアリアに戻る。
「アリア」
「はいはい」
「僕の見立てが正しければ、僕の真のヒロインはキミに違いないと確信している」
「はぁ?」
アリアの眉間にしわが寄った。
「露骨に嫌な顔をしないでくれ。傷つくじゃないか」
「いや、まあ、いきなりそんなことを言われたら仕方ないかと」
「違う。そこはときめくところでしょ!?」
「いえ、カイトくんにときめく要素なんて微塵もありませんし」
辛辣な言葉に僕は頭を抱える。世界が僕に全然優しくない。
「なぜだ!? なぜ僕はモテない!」