9.暗黒騎士の事情
僕と暗黒騎士は樹木の枝を飛び移りながら、剣と剣を斬り交わしていく。
僕は稲妻を纏い、暗黒騎士は黒いオーラを纏い、両者は音に迫る速度で一歩も譲らない戦いを繰り広げる。
エンチャント・ライトニングは、僕のとっておき中のとっておきだ。本来、ライトニングという魔法は、自分ではなく相手に向かって撃つ攻撃魔法である。それを敢えて自分の体内に程よく通すことで、知覚や肉体の瞬発力を向上させることに成功したのだ。
しかし、それを使っても尚、この暗黒騎士との勝負になると、互角に持ち込むことが精一杯である。
「おい、暗黒騎士っ」
戦いの最中、僕はなんとか相手に呼びかける。ここでお互いに力尽きるまで戦うつもりはないので、この戦いを早くどうにかしたい。
「なにかな勇者!?」
「お前はなんだってこんなところに来たんだ? まさか人間相手じゃ物足りなくなって、ドラゴンと戦って自殺するつもりなのか?」
「面白い発想だね! しかし、我はそこまで刹那的ではない!」
「そりゃ、びっくりだ」
どう考えてもこいつは、刹那的に生きているようにしか見えない。
「我が求める物――それは力!」
「知ってるよ」
「と、言いたいところなんだけど……」
珍しく暗黒騎士が言葉に詰まった様子を見せる。
「なにを躊躇ってるんだ? 早く言えよ」
「……勇者。これを聞いて我にがっかりしないか?」
「お前は何を言ってるんだ? 聞いてみなきゃ分からんだろ」
「たしかに……」
そう言ったあとも、妙に女々しい暗黒騎士は、しばらく逡巡し、やがて心を決めたように言葉を続けた。
「……実は」
「うん」
「我は魔軍をクビになったのだ!」
やけくそ気味に暗黒騎士は叫んだ。
「はぁ? ちょっと待てよ、じゃあなんで僕達戦ってるんだよ? 戦い止め! 一旦手を止めるぞ!」
「い、嫌っ。我は勇者と戦いたいのだ!」
「戦ってどうするって言うんだよ?」
「我は純粋に勇者との戦いを楽しみたいっ。そして勝利を納め、最強の戦士となるのだ!」
「僕の負けでいいから、勝手に最強になってろ」
「くっ……この冷たい対応……やはり、魔軍をクビになるような奴なんて勇者は相手にしてくれないんだ。勇者は我に愛想を尽かした……うぅぅぅ……」
「泣くなよ」
僕は、暗黒騎士が振るう剣の鈍りを感じて、試しに後ろへ引いてみた。
すると、暗黒騎士は僕を追おうとせず、その場に膝をついてしまう。肉体的なダメージは受けていない筈なので、精神的なショックが大きいのだろう。
「我がこうなったのは、そもそも勇者のせいなんだから!」
暗黒騎士は足下を拳で殴りながら、そんなことを涙声で喚き出す。
「勇者が王国軍から抜けたせいで、我がいなくても最悪なんとかなると言うことになり、普段から言うこと聞かない我を扱いかねていた将軍が我をクビにしたのだっ。こんなのあんまりじゃないか!」
「割と自業自得だろ」
どうやら僕が王国軍を辞めたことは、魔軍にも知れ渡ったようである。
「魔軍をクビになった我は職を失った……つまり、収入がなくなったのだっ。勇者は、戦い以外の我の楽しみを知ってるか!?」
「しらねぇーよ」
「それは、戦いと食べること! これが我の娯楽。我は体が悲鳴を上げるまで戦い続けて、その後にお腹がはち切れんばかりに食べまくるっ。それが我の生きてる理由なのだ!」
大変健康に悪そうな生活をしてらっしゃる。どんなに強くても長生きできないタイプだ。
「でもっ、収入を失った我は、魔軍をクビになってからかれこれ一ヶ月、満足に腹十杯食事をしていない……」
「他の仕事探せよ」
僕の常識的な言葉に、暗黒騎士は力なく首を横に振った。
「勇者はなにも分かってない。我の名は魔族中に知れ渡ってる……酒場のウエイトレスでさえも雇っては貰えないのだ」
「どんだけ悪評が轟いてるんだよ」
この暗黒騎士は人間から恐れられ、そして、何故か魔族からも恐れられているようだ。
暗黒騎士は剣を手放し、代わりに自らの頭を抱えた。
「もうこんなお腹が満たされない生活は嫌だっ。だから、我は一攫千金を目指してこの地までやってきたのだ! 膨大な魔力を含むエルダードラゴンの骸からは、エイピック級の魔石がゴロゴロと生成できると聞いた。我はそれを持ち帰って、知り合いに魔石を生成して貰って莫大な富を得るっ。一生喰うに困らない生活を送るのだ!」
半ばヒステリックに、自らの望みを叫んだ暗黒騎士。その望みは普通に俗っぽかった。
悪魔か邪神かと思っていた暗黒騎士も、蓋を開けてみれば一人の人だったようである。
――さて、彼女の事情は分かった。
しかし、目的がやはりエルダードラゴンだと分かった以上は、放ってはおけない……いや、放っておいてドラゴンに始末して貰った方が僕は助かる……のだが、いくら最強生物ドラゴンと言えども、この暗黒騎士と戦えば四、五匹は道連れにされることだろう。それはエルザの望むところではない。
それにこのまま放置して返っても、こっちの後味が悪すぎる。だとすれば、どうやって暗黒騎士を説得するのか、だ。
僕はお金持ちに相談してみることにした。
「暗黒騎士、ちょっと待ってろ」
僕は座り込む暗黒騎士にそう告げると、アリア達の下まで急いで戻った。
三人に事情を告げて対策を検討する。
「あたしとカイトとアリアの三人だったら倒せるんじゃないの?」
僕と暗黒騎士が互角というのなら、そこに二人が加われば勝ることができる。リズはそう言いたいのだろう。
しかし、
「例え三人でも、あいつを倒すとなれば無事ではすまい。アリアとリズを危険な目には遭わせられないよ」
僕がそう言うと、リズは愛嬌のある笑みを浮かべて、
「あら、カイトって優しいのね」
「お人好しなだけですよ」
なぜかアリアは横からそう訂正した。
まあ、核心を突かれているからなにも言い返せないけど。
「だったらどうする訳?」
リズの問いに、僕はアリアを方を向き、
「アリア、今いくら持ってる?」
と尋ねると、アリアはもぞもぞとローブの内側から袋を取り出した。
「今回の遠征にはお金は必要ないので金貨一〇枚ほどしか持ってきてませんよ。カイトくんもしかして、お金を渡して退いて貰うつもりなんですか?」
「できるならそれが一番てっとり早いかなって」
戦わずにお金で解決できるならそれに越したことはない。
「しかし、金貨一〇枚程度ではエルダードラゴンから得られる莫大な富に比べたら、砂粒も同じです。リズは手持ちなんて無いですよね?」
「あたしを貧乏人みたいに言うなっ」
「じゃあ、手持ちがあるんですか?」
「銅貨三枚なら貸してあげるわよ」
リズは胸を張り誇らしげに言った。
「……論外ですね」
アリアは嘆息した。
すると、三人のやり取りを今まで黙って見ていたエルザは、不意にアリアが持つ袋を見遣り、
「それがあれば解決できるのですか?」
と、聞いてきた。
それに対してアリアは、
「ええ。この袋ではなく中身の金貨のことですけど」
「はい。それならば、形は違いますが同じ性質を持つ鉱石が、地殻より押し出されています。それならば持ち去られても、わたし達にとって問題はありません」
金は魔力を持たないただの鉱石である。人には価値があっても自然界では石ころと同じ物のようだ。
これならば金額的に暗黒騎士を満足させる額になるかもしれない。