4.夕食会
部屋の扉を叩くノックの音で僕は眠りから覚醒した。
返事をするとミシェルが現れ、僕を夕食へと案内した。
ミシェルについて部屋を出て、巨大なシャンデリアが吊された舞踏会でも開かせそうな大部屋へと案内される。そのだだっ広い部屋の真ん中には、二人がけのディナーテーブルがぽつんと置かれていた。贅沢な空間の使い方である。
そんな風通しの良すぎる席の片側には、アリアが物怖じせず堂々とした態度で座っていた。
「どうぞ、お座りください」
ミシェルが椅子を引き、僕はそれに従ってアリアの正面に座る。
するとアリアは開口一番に、
「ごきげんよう。勇者のカイトくん」
嫌みが炸裂である。
「……またそれか」
「あら、自称って部分が抜けていることに気づきませんか?」
「たしかに」
言われて初めて気がつく。
ということは、
「ラーゼンに使者を送りました。そして、あなたが本物の勇者であることの確証を得ました」
「なるほど」
「ラーゼンはあなたが拉致られたことを知って慌てふためいているみたいですよ。カイトくんはとても良い交渉材料になりそうです。ありがとうございます」
丁寧に礼を言われても素直に喜べない。
「で、ラーゼンさんはなんて?」
「一刻も早く勇者を返して欲しいと」
アリアはさもおかしそうに微笑みながら言った。
「ラーゼンさん……」
僕は感激する。
やはり、ラーゼンは僕の心配をしてくれていたようだ。彼とは僕が異世界に来たばかりの頃からの付き合いである。普段は素っ気ない人ではあるが、積み重ねてきた年月はお互いの間に大切ななにかを育んだことだろう。
「……僕にも帰る場所があるんだ」
僕がそう漏らした言葉が聞こえたのか、不意にアリアは訝しむように眉を寄せた。
「あんな場所に帰りたいんですか?」
理解に苦しむ、という言い方である。
これには温厚な僕も憤慨せざる得ない。
「当たり前じゃないか。あそこは僕の居場所なんだぞ」
「勇者と称えられるほどの力を持ちながらあんな小物の下で働き続けるなんて理解できません」
アリアはずけずけと言い放った。
「ラーゼンさんが斡旋してくれたから僕は王国軍に加わり、戦果を立て、今では勇者とまで呼ばれるまでになった。一体なんの不満があるって言うんだ?」
「不満はないんですか?」
「ないよ」
「では、これまでなにかいいことありましたか?」
切り口を変えてくるアリア。
「いいこと……」
僕は少し考え込み、
「……だからさ、右も左も分からなかった僕に仕事をくれて……とってもやりがいのある仕事だ。この仕事を頑張ると皆は僕のことを勇者だと称えてくれる。こんなに嬉しいことが他にあるって言うのか?」
僕の問いかけにアリアは肩を竦め、
「やりがいと名誉ばかりで、実益が伴ってませんね」
「キミはなんて現金な奴だ」
「ええ、まぁ、そうですね。私はとっても現金ですよ」
そう述べると、アリアはテーブルの上の呼び鈴を鳴らした。
すると、奥の扉が開きミシェルと同じエプロンドレスに身を包んだ物達が続々と現れる。彼女達の手には皿に乗った様々な料理の数々。それらは僕とアリアの前に次々と並べられていく。
「さあ、好きなだけ召し上がってください」
アリアは笑顔で僕のことを見る。
「……」
だが、僕はすぐには手が伸びなかった。
「毒でも警戒しているんですか?」
「……」
図星だった。
いくら丁重な扱いを受けていようが、人を誘拐するような人間である。警戒しないとなにをされるか分かったものではない。
躊躇う僕を見かねたアリアは、
「でしたらカイトくんはまずはどれが食べたいですか?」
「……」
食卓に並ぶ一見するだけで分かる高級で美味しそうな料理の数々の中から、僕は無言で一番気になっていた肉のハーブ焼きっぽい物を指さした。
アリアはそれをフォークで刺し、ぱくりと食べる。にっこりと笑った。
「ほら、なんともない」
そう言えば朝から何も食べていなかった。
我慢出来なくなった僕は、フォークを手に取るとアリアと同じように料理を口に運ぶ。
「……美味いっ」
「でしょ?」
「こんな美味しい食事初めてだ」
前にいた世界は誰でも少額のお金さえあれば美味しい料理にありつけた。しかし、こっちの世界は、食のレベルはお世辞にも高いとは言えない。庶民は硬い肉のスープと硬いパンを食べて生活している。
僕は冒険をしながら戦場で過ごしてきたので干した芋や肉を囓るだけの食生活が多かった。美味いマズいにこだわっていては生きていられない環境だ。
僕は我を忘れて、久々のご馳走を貪るように食した。
「どうして勇者とも呼ばれるほどの功績を上げながら、このぐらいの料理さえも口に出来なかったのですかね?」
不意にアリアはそんなことを口にした。
「……」
僕の食事の手が止まる。
アリアの言いたいことは理解できた。
さっきの話の続きだ。
「私はとっても現金なんですよ。功績には見合った対価を。もちろんやりがいや名誉とかいうぼんやりしたものではなく、しっかりと金品で支払いを要求するべきです」
「キミは僕にそんなことを説いてなんの意味があるんだ?」
「ただの暇つぶし、あるいはお節介。またはラーゼンへの嫌がらせです」
「なんだそれ?」
「自分を騙した奴の出世の為に搾取されている人を見つけたらどうしますか? あんな奴からは離れた方がいいって助言したくなるでしょ?」
と、アリアは悪戯っぽくウインクした。
「……つまり僕は搾取されているのか?」
「傍から見れば」
薄々気づきながらも目を背け来た事実。これを突きつけられた僕は、しかし、反射的に言い訳をしてしまう。
「でも、僕は戦うこと以外に才能がない。他に行く場所がないんだ」
「狭い世界しか知らないからそう自分で思い込んでいるだけですよ。それに英雄の末路って相場が決まってますし」
「え、なに?」
「分からないんですか?」
アリアは親指で自分の首元に線を引いた。つまり、斬首である。
「魔王を倒し戦争が終結したら勇者は用済みです。むしろ、貴族の血も流れていないあなたが民衆の支持を集めるようなことになったら厄介ですから、早めに始末しておくことでしょうね」
僕は血の気が引いた。
そして、やはり口から出てくるのは否定の言葉で、恐怖を紛らわすように冗談を笑い飛ばすように、
「まっさか~、さすがにそれはあり得ないだろ。べつに僕は権力を求めてないし、戦争後は静かに暮らすだけだし、王族の政治の邪魔をするつもりはないよ。だから、殺されるなんてありえないし」
「だといいですね」
まくし立てる僕に対し、アリアはそう短く応えたのだった。