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Re:ライフ ‐勇者の働き方改革‐  作者: クラマ・ククル
第三章 エルダードラゴン最後の日
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5.樹海の目


 僕達は道無き道を進んで行く。

 樹海は当然ながら人の為の道など存在しない。それ故に真っ直ぐ歩けることなど稀で、だいたいが上下左右立体的な動きを余儀なくされ、思うように前には進めない。

 この調子では、目的のカルデラ中央までどれだけ掛かるのか見当も付かないし、そもそも進んでいる方向が合っているのかさえ自信はなかった。

 できれば上から自分達の位置を確認したいのだが、かといって中央に近づきつつある今。樹木の上を空が見えるまで登れば、上空を飛び回るドラゴンらに発見される可能性もある。無数のドラゴンに襲われでもしたら大惨事だ。

 僕は大自然の立ちはだかる困難に、早くも辟易としていた。

 けれど、ネクロマンサーの二人はと言うと、


「なにか異質な音がしますね」


「あっ、今、下の方でなにか動いたわよっ」


「ムム? あれはトカゲの頭でしょうか?」


「めっちゃデカイわね。舌がにゅるにゅるってしてるカワイイー」


「トカゲ違いますね、蛇ですね。おおっ、体も見えましたよ。とんでもない太さと長さです」


「手足が付いてなくてもカワイイー」


 アリアとリズはわいわいと楽しそうにはしゃいでいらっしゃる。


「……なんであいつらあんなに元気なんだ?」


 歳もほぼ同じだというのに、この活力の差は何だというのか。そして、大蛇を前にしているというのに、この落ち着きようである。まるで店の縫いぐるみを前にした子供のような反応だった。


「あたし、アレ欲しいっ」


 リズはそう言うと、乗っていた枝の上から飛び降りて、大蛇へと向かって行く。


「おいおい大丈夫なのか?」


 僕はアリアの隣に移動して、一緒に下の様子を覗いた。


「ええ、あれぐらいの相手なら苦も無く仕留められるでしょう。でなければ一人でこんなところには来ません」


「それもそうか」


 しかし、そうは言っても、女の子ひとりが全長一〇メートルを超えるだろう大蛇に向かって行く姿を見るのは気が気でない。僕は腰に下げた剣に手をかけ助太刀しようとすると、アリアに止められる。


「カイトくんは無駄な力を使わなくていいですって」


「でも、なんか心配でさ」


「大丈夫ですから、ほら見て下さい」


「……」


 僕はアリアに言われたとおり、この場に思い留まる。

 一方のリズは黒い霧を全身に纏わせ、一直線に大蛇へと突っ込む。あの黒い霧は、アリアがアンデッドを呼び出すときに見られる物と同じだ。きっとネクロマンサーが使う魔法の一瞬なのだろう。


「とりゃぁ!」


 リズは拳を握り締めて大蛇に正拳突きを繰り出す。魔法使いなのに、まさかの肉弾戦である。

 そして、リズはあっけなく大蛇にぱくっと丸呑みにされた。飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことだ。


「食われたぞ!?」


「食べられちゃいましたねぇ」


「早く助けないと!」


「だから大丈夫ですって」


 アリアの制止も聞き入れず、僕も枝から飛び降りようとしたとき。

 大蛇の体内から無数の尖った骨が外へと突き出てくる。大蛇はまるで巨大なハリネズミを飲み込んだかのように、内側から串刺しになった。この様子では、なにが起こったのか知る暇もなく一瞬で絶命したことだろう。


「……なんだこれ?」


 驚く僕にアリアは涼しい顔で説明する。


「あれがリズの手口です。これがまた、あんな無茶苦茶に穴を開けまくった癖に、骨には一切傷をつけてないんですよ」


 ネクロマンサーって怖いなと思った。戦い方の常識が世間とはかけ離れている。

 大蛇から突き出た骨が引っ込むと、それと入れ違うように大蛇の口からリズがもぞもぞと這い出ていた。体液を浴びてさぞかし大変なことになっているのかと思いきや、黒い霧がガードをしてそんな様子はなかった。


「まぁ、品のある戦い方ではありませんけどね」


 そのちょっと滑稽なリズの姿を目にして、アリアがそう付け加えた。

 リズは大手を振ってこちらに呼びかける。


「使役の儀式をするから、今日はここでキャンプにしない?」


「はいはい。分かりました、そうしましょう」


 アリアは離れたリズに伝わるように、何度か大きく頷いた。

 僕はアリアとは反対に上を向く。頭上を覆う枝葉から微かに溢れる光を見るに、日は傾きつつあるが、休むにはまだ早い時間だった。


「こんな悠長なことしてていいのか?」


「ええ。気配から察するに、エルダードラゴンはまだここに来ていません。ですので余裕はあるかと」


「それならいいんだけど、と言うことは実際どれくらい待てばいいんだ?」


「ネクロマンサー通信によれば、満月の夜に眠りにつくということなので――満月は明日の夜ですね」


「なるほど、明日の夜までに辿り着けたらいいのか」


「十二分に余裕ですよ」


 アリアがそう言うのなら問題ないだろう。明日に向けて十分な休息をとれるならそれに越したことはない。


「しかし……」


 僕は目を明後日の方向に向けた。


「……アリア、気づいてるよな?」


 僕の問いかけに、アリアは辺りをきょろきょろしながら、


「ええ、そうですね」


 と返事をした。

 実は樹海に入ってこの方、遠巻きに誰かの視線を感じるのだ。僕達は樹海の外から来た人間なので、完全にイレギュラーな存在である。だから、部外者を監視していると見る線が濃いが、一体「誰が」あるいは「何が」監視者なのかということが問題だ。


「この場所に人が住んでるってことはあるのかな?」


「どうでしょうねぇ。あんな巨大な大蛇が彷徨いてるんですから、原住民がいるって環境じゃなさそうですよ?」


「だったらあの視線は人間ではない、か」


「でも、こちらとの間合いの取り方から高い知性を感じます」


「人間ではない知的生命体……」


 今のところ殺気も感じられず、向こうから近づいてくる気配もない。

 でもだからとは言って、このままの状態で一晩を過ごすのは気味が悪い。


「できれば姿だけでも確認しておきたいな」


「そうですね。ぐっすり眠る為には必要なことです。でしたら、こちらから仕掛けてみましょうか」


 と、えらく簡単な調子で告げるアリア。


「なにか策があるのか?」


「ええ――ちょうどいい感じに囮がいますし」


 アリアは仕留めた大蛇の処理を一生懸命しているリズを見て、にこりと微笑んだ。この笑顔が碌なことを考えていないときの顔であることは容易に想像がついた。



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