4.最後の地
姉弟子入魂の土下座が、あまりにも悲しすぎて同情したのか、アリアは渋々とリズを連れて行くことを了承した。
僕達は再び空へと戻る。
狭くなった骸のドラゴンの肋骨の内側。右から順番に、アリア、僕、リズといった並びで収まっている。
アリアとリズが仲が悪いお陰で、僕は図らずも両手に花を抱えることになった。
ドラゴンに乗り込んだリズは、先ほどまでの殊勝な態度はどこ吹く風。けろっとした顔で寛いでいる。
「しっかし、あんたって本当に生きてるのね」
左隣のリズは、先ほどから僕の体をペタペタと触ってくる。その反対隣のアリアは、その手をぺちっと叩いて追い払った。
「あんまりカイトくんに触らないで下さい」
「いいじゃない別に。アリアの恋人って訳でもないんでしょ?」
「しかし、カイトくんの雇い主は私です。つまり、カイトくんは私の所有物って言っても過言ではありません」
「過言だろ……」
アリアの言い草に僕は突っ込む。
どこぞのブラック職場のような横暴ぶりだ。
そんなアリアを余所に、リズはくりっとした瞳で僕をじっと興味深そうに見据える。
「ねぇねぇカイト」
リズは出会った直後から気安く話しかけてきた。だから僕も肩肘を張らずに接することができる。
「なに?」
「普段のアリアってどんな感じ?」
「どんな感じって、こんな感じだけど……いや、普段はもうちょっと大人かな?」
「ふ~ん、大人なのね」
リズが訳知り顔で大きく相づちを打った。
アリアは居心地が悪そうに眉を顰める。
「ちょっとリズ。カイトくんに変な質問しないで下さい」
「へんな質問じゃないわよ。お師匠様がいつも心配してるから、アリアの様子をお伝えしておこうと思ってね」
リズはウインクをした。
アリアは眉は更に中央により、ばつが悪そうにする。
「……たまには顔を出してるじゃないですか」
「それでも心配なのよ。あんたは技術だけ習得したら早々に飛び出していったからね。まだネクロマンサーとしてのあり方を、教えてなかったってお師匠様は常々呟いているわ」
「哲学は自分で作るものなので結構です」
「ホント相変わらず可愛くない妹ね」
「妹が可愛いなんて幻想ですよ」
「そんな捻くれたこと言ってないでもっと家に顔を出しなさい、親不孝者」
「未だに親離れできないスネかじりにだけは言われたくないですね。ってうか、過保護の師匠が、よくリズにひとり旅を許可しましたね。もしかして黙って出てきたんですか?」
「違うわよ。社会勉強だからって許して貰えた訳。まぁ、あたしが優秀だからかな?」
「骸の使役さえも私より一年も遅れた癖に、よく言えますねぇ」
「うっさいわね」
僕を飛び越した姉妹を会話はテンポ良く進んでいく。いくら仲が悪くても、短くない時間を一緒に過ごしただろう二人は、どこか呼吸が似ているような気がした。そして、僕としては、アリアの知られざる一面を目の当たりにできたので、ちょっとした儲けものだった。
賑やか空の旅は続き、やがて山岳を抜けて荒野を少し進んだ先に、突如大地の盛り上がりが出現した。その盛り上がりは、限り弧を描いて左右に見渡す限り伸びている。
「これは巨大なカルデラなのか?」
僕の呟きにアリアは同意する。
「ええ、そのようですね。遙か昔の巨大火山の名残……それが最後の地の正体だったのでしょう」
「ここからでも分かるわ。魔力が溢れているわね。これは高純度の魔石が沢山採取できるかも」
リズの言うとおり、魔力に敏感ではない僕でも魔力の暖かみを感じ取ることができた。
魔力とは自然エネルギーの一種である。
つまり、魔力で溢れているということは、それだけ自然の生命力がみなぎっているということ。それを証明するように、カルデラの内側は樹木が生い茂り、樹海が一面に広がっていた。
そして、遙か向こうに見えるカルデラの中央付近の上空。そこには無数のドラゴンが飛び交っている。きっと、あの場所が僕達の目的地だ。
「さすがに空からでは近づけませんね。ここからは陸路で樹海を抜けることになりそうです」
アリアは骸のドラゴンを操って、高度を下げた。僕達は低空でホバリングするドラゴンから、大樹の太い枝木の上に降りる。
改めて地上からカルデラの中を見ると、そこは自然で溢れていた。濃い緑色の風景なのはもちろんのこと。見たことない草花や、どこからともなく聞こえてくる奇妙な鳥の鳴き声、色鮮やかな虫の姿など、ここは独自の生態系で成り立っている。
骸のドラゴンを黒い霧に戻して回収したアリアは、早速目的に向かって進もうとする。
所々樹木が隙間無く生い茂っているので、枝木を渡り歩くことで樹木の上を進むことができた。
リズもアリアの後に続き、荷物を背負った僕もその後ろに付く。
「あら、リズも付いてくるんですかぁ?」
アリアはちらっと後ろを振り返る。ちょっと嫌そうな言い方だった。
しかし、リズはそんなアリアの態度にめげることもなく、
「当たり前じゃない。なに迷惑そうな顔してんのよ?」
「エルダードラゴンは私のものですよ?」
「分かってるって。エルダードラゴンは譲ってあげる。けど、ここにはきっとドラゴン以外にもレアな骸が落ちてるわよ~。こんな経験そうそうできるものじゃないわ」
リズはそうやって嬉しそうに言うと、きょろきょろしながらも、足取りはしっかりとアリアを追う。魔法使いながら、アリアと同じく身のこなしは軽やかである。
まあ、僕としてはリズをここで待たせるよりも、一緒に行動した方が安心だ。ただしアリアとの言い争いは、この後も絶えないだろうが。




