6.名探偵アンジェの事件簿4
今のアリアの姿は、黒のネグリジェに上着を羽織っているのみ。先ほどまで就寝中だったようだ。
結果、叩き起こされたような形になったようで、不機嫌が顔に張り付いている。
「アンジェ」
「はいっ」
アリアに呼ばれて顔を上げるアンジェ。
アリアのひと睨みで、アンジェはもう震え上がって動けなくなっていた。
「まずはあなたの口から、これはどういうことか、説明してください」
「わ、分かったのですっ」
アンジュは、床に正座をし、ははぁ~と平服をしながら説明をする。
「この部屋は掃除中に偶然見つけたものです。勝手ながらアンジュのアトリエとして使わせて頂いてるのです」
「まぁ、それはいいでしょう」
「ありがとうございます」
「で、このアトリエでなにをしているんでしょうか?」
アリアはそう言いながら部屋の作業机へと向かい、その上にあった洋紙を手に取る。拘束された僕からもちらりと見えたそれは、やはり男女が絡み合うドスケベな絵だった。
しかし、アンジェはそこは臆さなかった。顔を上げてアリアの顔をまじまじと見据え、大真面目に告げる。
「芸術の探求なのです!」
「さしずめエロティシズムと言ったところでしょうか」
「その通りです。さすがアリア様なのです」
「まぁ、それもいいでしょう」
「ありがとうございます」
いいのかよ。
前々から思っていたけど、アリアの教育ってかなり緩いんだよな。
「しかし、他人を巻き込むのは頂けません。特にこのような物をフィルみたいな幼い子に与えるなど言語道断です」
「うっ……」
アリアの正論に、ここはアンジェも言葉を詰まらせる。本人も悪いという気持ちはあったようだ。
「どうしてそんなことをしたんですか?」
アリアの諭すような問いかけに、アンジェは両手をぎゅっと握った。
「……事の発端は、スランプなのです。アンジェは様々なエロを表現しているつもりでペンを走らせていました。しかし、ある日ふと気がついてしまったのです。これまでの作品を並べて見比べると、似たような物ばかり作り続けていたことを知りました。アンジェは、自分の性癖だけで作品を作っていてはワンパターン化してしまうことを思い知りました。そこで、新しい風を求めて、欲望を持て余している人を探していったのです。最初はその人を観察して、その人の欲望を想像して作品を作るだけに留めていたのです。しかし、次第に自分の作った作品を人に見せたくなりました。他人の反応が欲しくなったのです。だから、アンジェは作品を公開しました。すると、アンジェの作品を見た人達は、そろって恍惚へと誘われたのです。大絶賛でした。そして、それはアンジェも同じでした。欲する子羊達に分け与え、子羊達の心を掴む。この快感にアンジェは酔いしれたのです……アリア様、ちゃんと聞いてますか?」
「……あ、はい。聞いてますよ」
話の途中でうつらうつらしていたアリアは、はっとした様な表情で怪しい返事をした。
「つまり、そういう訳なのです」
「よく分かりました」
「本当なのですか?」
「本当です。とりあえず、どんな内容の作品を誰に渡しているのかのリストをください。まだ早いかどうかはこちらで判断します」
「えっ……芸術に対して検閲はいかがなものかと思うのですが……」
アリアの要求に、アンジェはそれとなく抵抗を試みる。
しかし、にっこりとしたアリアに、
「今日中にお願いしますね?」
と言われると、
「……はい、分かったのです」
抵抗は無駄だと察したアンジェは、しょぼんとしながらアリアの指示を了承したのだった。
それを確認したアリアはあくびをかみ殺しながら、
「でしたら話の続きは夜が明けてからにしましょう」
「はい」
「私は寝ますから、あなたも早く自分の部屋に戻って寝なさい」
「分かったのです」
アリアは踵を返して部屋を去る。
アンジェは部屋の光を消して、アリアの後を追って部屋を出て行った。
で、僕はまだ鎖でがんじがらめにされたままだった。当然この場に置き去りである。
「おい、ちょっと待て、僕のこと忘れてない? お~い、アンジェ~、鎖を解いてくれよぉ~」
◇◇◇
翌日。改めてアンジェは、アリアからキ~ツいお仕置きを受けたと聞く。
一方、置き去りにされた僕は、結局自力での脱出を余儀なくされた。全ての鎖を破壊したのは、東の空がほんのり明るくなった頃だった。
僕はそのまま部屋に帰って寝た。アンジェの例の絵のせいで、夢の中でうなされた。
目が覚めると、時はすでに夕方。
本日は登ったお日様を見ることが出来なかった……そう嘆息していると、部屋の扉がノックされる。
「はーい、どうぞ」
「お邪魔するのです……」
僕が返事をすると、アンジェが粛々とした様子で部屋に入ってきた。そして、すかさず頭を深々と下げる。
「ごめんなさいなのです。この度は、アンジェの迸る芸術魂が火山の如く爆発してしまいました」
健気に謝る少女の姿を見ながら僕は言う。
「うん、ゆるさん」
「ええー」
当てが外れたのかアンジェは驚きの声を上げるが、まさか謝ったくらいで許されるとでも思っていたのだろうか。それは激甘である。
「自分の頭をぱぁーにしようとした奴を許せるかよ。あと置き去りにしたことも減点対象だ」
僕は腕を組み、ぷんぷんと怒りを露わにした。
アンジュは頭を上げると、悲しそうに目を伏せ、
「そうですよね……アンジュもカイト様が広い心を持ってるとは思えなかったので覚悟はしていたのです」
「さらっと僕をディスるのを止めろ」
「すみません。では、パンツを脱ぐのです」
アンジェはいきなりそんなことを言い出すと、スカートの中に手を入れた。
これには僕も止めざるを得ない。
「待て待て待てっ、なんでそうなるんだよ!?」
「アンジェが思いつく贖罪の方法は、これしかないのですっ」
「ちょっとキミの頭の中ってエロオヤジ過ぎやしないか?」
「心外なのですっ。これは立派な芸術脳なのですよ!」
「いいや、きっとなにか倒錯してる!」
「脱ぎます!」
アンジェは掴んだパンツを下ろそうとした。
「待てぇぃ」
僕は咄嗟にアンジェへと肉薄すると、その両手をがっちり掴んだ。下へは行かせない。僕とアンジェの間で、パンツを下ろすか下ろさないかの攻防が行われる。
「エンチャント・パワーアップ」
アンジェが短縮魔術印から肉体強化魔法を発動させると、
「なにを、エンチャント・パワーアップ」
僕も負けじと力を強化させる。
「カイト様っ、どうして脱がせてくれないのですか? 本当は嬉しい筈です!」
「ああ、とってもドキドキしてるよっ。だがな、僕の沽券に関わるんだよっ」
「そんなプライドは捨ててしまえばいいのです!」
「いいや、僕にも譲れない一分があるんだ!」
僕とアンジェは更にここから三分ほど攻防を重ねた。そして、ついに僕は根負けして、白旗を上げる。
「分かった、許す。許そうじゃないか。僕はもう全然怒ってない。パンツは脱がなくていい」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。だからパンツから手を放せ」
「……分かりました」
アンジェは素直に手をパンツから放した。僕はフェイントを警戒しつつ、彼女から手を放す。
アンジェに動きはない。どうやら気持ちが治まってくれたようだ。とりあえず一安心である。
「ふぅ……」
しかし、無駄に疲れた。
冤罪から始まってこの方、最後までアンジェには振り回されっぱなしである。今起きたばかりだが、夕食までもう一度休もうかと思った。
しかし、僕の許しを得て謝罪は完了した筈なのに、アンジェは何故か帰ろうとはしない。
「どうしたんだ? 用がすんだならもう帰ってもいいけど?」
するとアンジェは、
「いえ。本題はこれからなのです」
「え?」
「ここに来たのはそっちが目的で、謝罪はほんのついでなのですよ」
「最後の一言が多いな……」
アンジェはついでの謝罪でパンツを脱ごうとしたのか。つくづくとんでもない少女である。将来が心配だ。
「それで本題って?」
「はい。実はアリア様の精査の結果。アンジェの作品は、このお城のどこ子にも見せられないという結論が出てしまったのです」
「だわな」
こっちの世界では明確な基準はないが、僕が昔住んでいた世界では、アンジェの作品は成人向けに当たる。十歳そこいらの子供に見せていいような物ではない。
「しかし、それではアンジェの迸るリビドーが満たされないのです。アンジェには読者が必要なのです。そこで、このお城で唯一成人男性のカイト様に、読者をお願いできないかと思ってやってきました」
思わぬ申し出に、僕は顔が綻ぶのを隠せられなかった。
「マ、マジで!?」
「マジなのです。読者になって頂けますか?」
「そんなの二つ返事に決まってるじゃないか!」
僕は感極まって声を高くする。
まさしくこれは怪我の功名。アンジェの作品の読者になれるのならば、冤罪から始まった今回の苦労も、報われても尚お釣り出ると言うものだ。
アンジェはここでやっと、ほっとしたように笑顔になった。
僕はそんな彼女に揉み手をしながら近寄り、
「それでアンジェ様」
「急に下手に出てどうしたのですか?」
「噂によれば、リクエストも受け付けて下さるとお聞きしたのですが?」
「はい。人の欲望を形にするのは、アンジェの望むところなのです」
その発言を聞いて僕はガッツポーズをする。
「あのう……そのう……でしたら、僕とアリアがチョメチョメしてるところの絵なんかを描いてくれたら――」
「そう言うのはアリア様の了解をとってからになるのです」
「なんでだよっ。僕のときは了解とらなかった癖に!」




