3.屍人形遣いの城
人違いでしたさようなら――という訳には行かず、僕はそのまま少女に拉致られてしまった。
馬の手綱を引く者が人間から骸骨に代わって、連れてこられたのは目的の村ではなく、広大な沼地の中に佇む古びたお城。
外観からは打ち捨てられた無人の建物に見えたが、実際に中に入ってみると綺麗に整えられている。どうやらここが少女の根城であるようだ。
馬車を降りた僕は、骸骨に両脇を固められ自由を制限されたままお城の廊下を歩かされる。
「わざわざ自分の馬車を貸し出すほどです。あなたがラーゼンにとって価値のある人物であることは理解しました。であるならば、ラーゼンとの交渉の材料に使うまでです」
僕の前を歩いていた少女はそんなことを僕に告げた。
返事をするように僕は少女の背中に声をかける。
「ねぇ、キミの名前は?」
すると、少女は歩みを止め、振り返って僕のことを見た。綺麗に微笑み、
「屍人形遣いのアリアって呼ばれています。自称勇者のカイトくん」
酷く嫌みの籠もった自己紹介である。
ちなみに僕は自分で自分のことを勇者だなんて言っていないのだけど――まぁ、でもこの世界でカイト・コバヤシなる名前はきっと僕だけしかいない。だから、必然的にその名前を名乗ることは勇者を名乗ることと同義ではある。仕方ないといえば仕方ない。
僕は言い返したい気持ちをぐっと堪え、アリアと名乗った少女から情報を引きだそうとする。
「ところでアリア」
「馴れ馴れしいですね」
僕はその言葉を聞かなかったことにして、
「ラーゼンさんとキミの関係を知りたい」
「本当に何も知らないんですか?」
アリアは疑うような眼差しを向けてくる。
僕は身の潔白を証明するように、
「本当に知らない」
と宣誓する。
「そうですか」
すると、アリアはローブの中から魔石を取り出し、こちらに投げて寄越した。僕はそれを空中でキャッチしようとして、しかし、受け取れず廊下に落とす。やはり体が怠くて言うことを聞いてくれない。
僕は慌ててすぐに拾い上げた。
アリアは僕の失態をどことなく興味深そうな目で見ていた。
失態を隠すように僕は咳払いをして、
「……この魔石は馬車で僕に見せた物と同じ?」
「はい。私がラーゼンから仕入れた魔石です」
アリアの発言に僕は驚く。
「ラーゼンさんがこの魔石をキミに? それってもしかして――」
「はい。軍の備品の横流しでしょうね」
「……」
たしかに前々からあのラーゼンという男は色々と微妙な人だった。しかし、こんな軍規違反を犯していたとは……。
アリアはやれやれと言った調子で肩を竦める。
「まぁ、そこは私にとってはどうでもいいことなんですけど。問題は魔石の等級です。エピック級を注文した筈なのに、届いたのは格下のレジェンダリー級でした。おかしいですね、間違いなくエピックの代金を支払ったのに。これって詐欺ですよね?」
「だから彼の馬車を襲ったのか」
「ええ。直接問いただしたかったんですよ。ですが拾ってきたのは自称勇者のカイトくんだったという訳です」
まだそこを突くか。
とは言え、大体の事情は理解できた。
アリアは涼しい顔をしているが、ラーゼンとの取引に怒り心頭。巻き込まれた僕は人質となっている訳だ。
ならばこの現状に僕はどう対処するべきか?
再びアリアに従って歩き出し、案内されたのは城内の客室だった。ダブルベッドに書斎机と食事用の机。幾つかのチェスト。これだけの調度品が並べられているのに、部屋の中はまだまだスペースが余っている。とても広い部屋だ。
「狭い部屋ですが文句は受け付けません」
「……」
僕とアリアの間には認識の隔たりがあるようだ。
「ラーゼンとの話がつくまでしばらくここで大人しくしていてください」
そう言い残すとアリアはそそくさと部屋を出て行ってしまった。
骸骨数体と部屋に残された僕は、急に訪れた静寂にどこか居心地が悪くなって、
「広い部屋ですよね?」
と、骸骨に向かって話しかけた。
しかし、当然というべきか、骸骨からはなんの反応も返ってこなかった。
◇◇◇
「ミシェルと申します。ご用がある際は何なりと申しつけください」
エプロンドレスに身を包んだ一〇歳前後の金髪ボブカットの少女は、恭しく一礼をしながらそう述べた。
アリアが立ち去ってしばらく。客室のベッドでぼんやりとしていると、部屋の扉がノックされて返事をするとこのミシェルと名乗った従者が入ってきたのだ。
広い部屋に従者付き。これが貴族対応というものなのか。
僕が想像していた囚われの身とは大分乖離していた。正直、村で休息するよりも遙かに良い環境で過ごせそうだ。
しかし、ゆっくり体を休められるのはいいのだが、僕はいつ解放されるのだろうか?
三日後に王国軍に合流しなければ、多大な迷惑をかけてしまう。
ダメ元で僕は目の前にいるミシェルに聞いてみる。
「ねぇ、僕はいつになったら解放されるのかな?」
するとミシェルは慌てふためきながら頭を下げ、
「ご、ご不便をおかけして申し訳ありませんっ」
と謝罪してくる。
「いや、べつに不便は感じてないけど」
「いえいえ、お気遣いは結構です。お客様の口から疑問が出てくる。それすなわち私の至らなさ。私の粗相は主人の恥です。今まさに私は主人の顔に泥を塗りたくっているのです。生きていることが恥ずかしくなります。大変、タイヘ~ン、申し訳ございません」
ミシェルは歳に似つかわしくない言葉遣いで深々と頭を下げた。
そこまでされては逆にこちらが居心地悪い。まるで僕がモンスタークレーマーのようである。
「とにかく頭を上げてくれ。本当にキミはなにも問題ないからさ」
「私ごときを気遣って下さるとは、なんて心の広い方! あなた様のことが眩しすぎて、私は頭が上がりませんっ」
「いいから上げろよ」
「はいっ、かしこまりました」
僕は面倒臭さを感じてついキツい口調になってしまうと、ミシェルは嬉々として頭を上げた。もしかしてこの子Mなのか? まだ幼いのに、早くも将来が心配になってくる子だ。
「で、えっと、なにがご用でしょうか?」
ミシェルはにっこりと僕にお伺いを立ててくる。
この子あんまり人の話を聞いてないな。
たった少し話をしただけでミシェルとの会話で疲労を感じた。ただでさえ体調不良なのに、これ堪える。
「……なんでもない。少し休むよ」
僕は会話を諦めベッドに転がりなおした。
「かしこまりました。それではお部屋から失礼させて頂きます」
見張りの骸骨を残してミシェルが部屋から去る。
僕は目を瞑り、すぐに闇の中へ落ちていった。