1.フレデリカの修行1
それはある昼下がりのことだった。
「……カイト様、お時間はあるでしょうか?」
唐突に僕の部屋に現れたフレデリカは、大層深刻そうな雰囲気を纏っていた。
「おう、暇してるところだけど、どうしたんだ?」
「……実は、カイト様にお願いしたいことがあるんです」
フレデリカは恥ずかしそうに頬を赤らめ、もじもじとする。普段はあまり感情を表に出さないフレデリカらしからぬ態度だ。きっと、よっぽど恥ずかしいことに違いない。
「どんなことかな?」
僕が聞くと、フレデリカは両手でエプロンをぎゅっと握りしめ、
「……アリア様からは、私にはまだ早いと言われていることです」
「え、え!?」
フレデリカの態度から推察して、僕は酷く動揺する。
フレデリカは従者三人組の中でも一番肉体年齢が高く、それを差し引いても明らかに発育のいい体付きをしている。普通の女の子だったら、そろそろアレに興味を持つ時期なのかもしれない。フレデリカだって当然そうであってもおかしくない。
「……このお城ではカイト様にしか頼めないんです」
「そ、そうだね」
この城に成人男性は僕だけしかいない。フレデリカが僕を頼ってくるのも充当な判断だ。しかし、こっちの世界の常識がどうであれ、僕的にはフレデリカに手を出すのは犯罪だ。まだ彼女には早すぎる。アリアと同意見だ。
「……カイト様、お願いしますっ」
「でも、僕だって、その、アレで。フレデリカに教えられることなんて、なんにもないんだよ」
「……カイト様は、座ってるだけでいいんですっ。すべて私がやりますから!」
「さ、最近の子は積極的だな。でも、僕、初めてはアリアって決めてるし」
「……どうして? 私が初めてでも別にいいじゃないですか!」
「今日のフレデリカはすごいね!」
「……私の料理の味見をして下さいっ」
「はよ、それを言えや」
◇◇◇
と言うわけで、お城の厨房へとやってきた。
「……カイト様はそこに座って待ってて下さい」
僕は言われた通りに、厨房にある簡易な席へと座る。そこは小さなテーブルと背もたれのない椅子のみの、従者のちょっとした休憩場所だ。
フレデリカは早速、厨房にある魔術式のかまどへと行く。そこには鍋がかけられており、ぐつぐつとなにかを煮込んでいる。料理はすでに完成間近のようだ。
鍋の蓋を開けて料理の出来を確かめるフレデリカはとても真剣だった。
「メニューはなんなんだ?」
僕はフレデリカの背中に問いかけると、彼女は背中越しに、
「……ビーフストロガノフです」
と、告げた。
「ほう、それは随分と凝ってるなぁ」
ビーフシチューではなく、敢えてビーフストロガノフ。フレデリカのこだわりを感じる一品になりそうだ。
僕は期待を膨らませながら、料理ができるのを待つ。
しかし考えてみれば、どうしてフレデリカは、僕に味見を頼んできたのだろうか。
ミシェル以下、アリアの従者達は皆屍人形ではあるが、その性質は歳をとらないこと除いて普通の人間とほぼ変わらない。だから、体内に埋め込まれた魔石へのエネルギー負荷を押さえる為に、普通に食事もする。
つまり、このお城にはアリアはもちろんのこと、十数人の味見役がいるのだ。にも関わらず白羽の矢が立ったのは僕である。
――順当に考えるなら、僕がとっても格好良くてフレデリカは僕に惚れ込んでしまい、自分の手料理を食べて欲しいからだろう。
それならば仕方ない。
これだからモテる男は困る。
フレデリカが僕の為に愛情たっぷりに作ってくれた料理をしっかりと味わおうではないか。
「……出来ました」
静かな所作でフレデリカは、鍋からビーフストロガノフをすくい上げ、お皿に盛る。それを僕の前のテーブルにそっと置いた。
「……カイト様、どうぞ」
僕はフレデリカから木のスプーンを渡され、彼女の料理と相対する。
「…………うーむ」
今すぐ自分の部屋に帰りたくなった。
これがなんなのか事前に知らなければ、これはこういう料理なのだと思うことが出来たかもしれない。
しかし、僕は知っている。
目の前にあるこれは、ビーフストロガノフ。
ビーフシチューにそっくりの茶色いスープ状の料理であるべき物。
だが、フレデリカに差し出されたそれは、真っ黒なスープだった。まるでイカスミのようである。こんなビーフストロガノフは見たことない。
「……カイト様、どうしましたか? 早く食べて下さい」
フレデリカは至極平然と、僕にこの料理を食べろと催促してくる。
作った本人は、この見た目を意に介しているようすはない。
ということは、このビーフストロガノフは元より真っ黒になることを想定された作られたものなのかもしれない。それならばフレデリカの態度にも納得できる。
僕はそう自分に言い聞かせた。
いざ、スプーンを皿に入れる。
黒いスープと一緒に細切りされた牛肉をすくい、口へと運んだ。
「……」
――普通、料理には特有の匂いがある。しかし、この料理には匂いというものがなかった。
食べてみてその理由が分かる。
これといった味がないのだ。
そうこれは、例えるなら牛肉が入った泥水。
取り立てて目立った味わいもアクセントもなく。牛肉のぶよぶよとした食感だけが、いつまでも口の中で残り続ける。
つまり、マズい。
このうえなくマズい。
こんなマズい料理は生まれて初めてだった。
「……カイト様。どうでしょうか?」
フレデリカは恐る恐る僕の様子を窺う。
僕は最初の一口を、ベヒーモスを倒すよりも苦労して飲み込み、言った。
「とってもマズい」
お世辞は将来的に悲劇しか生まないので、僕は心を鬼にして伝える。
「……!?」
フレデリカは信じられないって顔をした。
「……そ、そんな筈はありえません」
この様子では自分で味見もしていないのだろう。
僕は自称ビーフストロガノフをスプーンですくって、フレデリカの口元へ持って行く。
「ほら、食べて見ろ」
「……いただきますっ」
フレデリカは、ぱくっとスプーンをくわえ込んだ。次の瞬間、彼女の顔は苦痛を滲ませる。しかし、それでも眉を顰め、目をぎゅっと閉じて、苦しみに耐えつつもごくんと飲み込み、
「……と、とっても美味しいです」
「嘘つけよ」
「……本当に美味しいです」
「だったら、これ全部食べるよな?」
僕は二口目をすくって、フレデリカの口元に持ってきた。
するとフレデリカは、観念したようにその場にぺたんと座り込んでしまう。
「……どうして……どうしてこんなことに」
こっちが聞きたいよ。
しかし、そんな言葉は飲み込んで、僕は席を立ち、傷心のフレデリカに寄り添って床にしゃがむ。
「まぁ、誰にだって失敗はあるさ。次、頑張れいい」
「……そうですよね。カイト様、次も味見を頼んでよろしいですか?」
フレデリカは縋るような目でこっちを見てくる。
こんな美少女のお願いだ。普通なら二つ返事で了解をするところだが……。
僕は嫌な予感がして、返事をする前に確認をとる。
「フレデリカ。料理が失敗したのは今日がたまたまだよね?」
「……はい、もちろんです」
フレデリカは実にはっきりと頷いた。
なのにどうして、それを見た僕の心はざわめくのだろうか。
「ちょっと話は変わるんだけど。今日、どうして僕に味見を頼んだのかな? 他にも味見をしてくれる人は沢山いるだろうに」
「……そ、それは」
フレデリカは僕から目を逸らしつつ、
「……何故か、誰も私の料理を食べてくれないんです」
「やっぱりか」
そんなことだろうと思った。
どうやらこのお城では、フレデリカの料理がマズ過ぎることは既成事実のようである。だから彼女は、事情を知らない僕のところへ来たということか。これは一種のテロ行為だ。




