11.ガガールの抵抗
「待てっ」
ナタリーはすぐにガガールを追いかける。
僕もそれを手伝おうとするが、
「カイトくんダメです」
動こうとした僕の手をアリアは握った。
「どうして?」
「一旦泳がせて下さい。今ここで捕まえては、すぐ衛兵に連行されてしまいます」
「ダメなのか?」
「この場は誤魔化せましたけど、改めて尋問されて取引関係を洗われては、私との接点が浮かんでしまいます。ですから、こちらが最初に捕まえて、ガガールの口封じをするんです」
「……こ、殺すのか?」
僕が恐る恐る尋ねると、アリアはにっこりと微笑んで、
「私がそんなことをする風に見えますか?」
と尋ねてくる。
「正直、そこのところは掴みかねているんだ」
死を扱うネクロマンサーは、総じて生と死の常識が一般からかけ離れている。昔戦ったネクロマンサーには、「死は生へのスタートライン」とか言っていた奴もいた。
アリアの答えはこうだった。
「無駄な殺生はしない主義です」
その言葉を聞いて僕はほっとする。
「さすが僕のヒロインだ」
「だから、違いますって」
「だったらどうやってガガールの口を封じるんだ?」
「幻術魔法をかけて、ちょっとだけ頭をぱぁーにします」
「本当にちょっとだけで済むのか?」
「さじ加減を間違えたら、かなりぱぁーになりますけど、そこは悲しい犠牲です」
「……まあ、多少は仕方ないか」
手違いだったとはいえ、鉱山を崩落させた男だ。むしろ、ぱぁーで済むならば御の字だろう。
僕とアリアがそんなやり取りをしていると、パンッパンッ、と頭上の方から大きな音が聞こえてくる。
「火薬の炸裂音……花火でしょうか?」
「誰かに合図を送ったのかもしれないな」
魔法が存在するこちらの世界では、火薬が使われる機会は少ない。爆弾は魔石式の物が主流だし、火薬を使うといえば、精々音を鳴らすことくらいだ。軍でも味方との連携をとる信号としてのみ使われていた。
「とすれば、あの衛兵さんが仲間に連絡をいれたとか?」
「それか、ガガールが賊を呼んだか、だな」
「もしカイトくんの予想が正しいととすると、町に賊が集まっちゃいますねぇ。非力な方も沢山いるのに」
アリアは顎に手を当てて冷静に述べた。
「たしかに……そりゃ、マズいわ」
追い込まれた人間はなにをしでかすか分からない。あんまり倫理観のなさそうなガガールなら尚更である。
「とりあえずここにいても仕方ありませんね。状況を確認しつつ、うちの子達と合流しましょう」
「そうだな、急ごうか」
僕とアリアは鉱山管理所を後にした。
◇◇◇
管理所を出ると、そこにはベヒーモスの骸が鎮座していた。その上には当然ミシェルが乗っている。
「うわっ、びっくりしたな。これごと町に入ってきたのかよ」
「はい、そうですけど?」
「住民は驚いただろうな……」
「皆さん楽しそうに踊ってましたよぉ~」
「それは絶対に見間違いだ」
いつもの調子のミシェルに、僕は呆れ返る。
アリアはベヒーモスを黒の霧に戻し、自分の体内へと帰した。
「なにはともあれ、あの衛兵さんには目撃されなかったようでなによりです。ミシェル、町の外にいた労働者達はどうなりましたか?」
「みんな町に戻ったと思います」
「でしたら結構です」
「これからどうするんですかぁ?」
と、ミシェルがアリアに尋ねたとき、
「カイト殿大変でありますっ」
ナタリーが管理所から出てきた。その隣にはガガールも姿もあった。彼は縄でぐるぐる巻きにされている。
「ありゃ、捕まっちゃってますねぇ」
芳しくない状況にアリアはため息を吐いた。
ナタリーはガガールを引き連れてこちらへやってくる。
「どうしたんだナタリー?」
大変だと言っていた意味を僕が聞くと、ナタリーは、
「さきほどの花火の音は聞こえましたか?」
「ああ、聞こえたよ」
「あろうことか、この男が賊に合図を送ったのです」
どうやら僕の予想の方が当たってしまったようだ。
「ははははぁっ――もうすぐこの町に賊の一団が攻めてきますよ? わたくしを捕まえて喜んでいる場合ではないでしょうに!」
ガガールがとても悪い顔をしながら言った。
「くっ……だれも喜んではいないわっ。カイト殿一行にお願いがあります。どうか賊を退けるご助力を頂ければと」
ナタリーは頭を下げ、その隙に僕はアリアを見た。アリアは無言で頷く。僕はすぐに返答する。
「もちろん進んで協力するよ」
「ありがたい!」
感激するナタリーにアリアが声をかける。
「騎士様。その男はこちらで預かります。戦いの邪魔になると思うので」
「おお、それは助かります魔法使い殿」
アリアは体よく、ナタリーからガガールの身柄を手に入れた。
アリアの下へやってきたガガールは、アリアを睨み付け、
「覚えて――」
「スリープ!」
バタンとガガールは倒れた。
アリアの睡眠魔法である。
突然のことに目を剥くナタリーに対し、アリアはにこにこと笑いながら、
「騒がれるとうるさいので、眠っていただきました」
「さ、さすがカイト殿に遣える魔法使いだ。さぞ高名な方なのでしょう」
アリアは、はいともいいえとも言わず、ただにっこりとするだけに留めた。
なんとも言えない雰囲気になったので、僕は空気を呼んで話を前に進める。
「ガガールは賊の一団って言ってたけど、一体どれくらいの人数が来るんだろうな?」
僕とミシェルが遭遇したときは五人ほどの相手だった。その程度なら恐るるに足りないのだが。
ナタリーは神妙な顔になり、
「おそらく二〇〇人はくだらないかと」
「そんなに!?」
二〇〇人と言えば、王国軍の連隊に匹敵する人数である。それだけの人数がいれば立派な軍隊だ。
「二〇〇人くらいなら、カイトくんひとりでなんとかなんないんですか?」
アリアが事もなげにそんなことを言う。
「無茶を言うな。自分ひとりだけのゲリラ戦ならともかく、住人を守りながら戦うんだぞ? 絶対に無理だよ」
この前もそうだったが、アリアは勇者を抜本的に勘違いしている。
「自分も一度に相手できるのは精々三人が限度であります」
ナタリーも申し訳なさそうにそう告げた。
それが騎士としても人間としても妥当なところである。
大勢で一度に押し寄せられては、面積的に受け止めることはできない。
「いくら強くても体が分裂できない以上は、どうしようもないな」
すると、アリアはそっと僕に耳打ちをして、
「……ぶっちゃけ、私なら一人でなんとかできるんですけど。骸骨の兵士達を衛兵さんに見られたら困るんですよね」
たしかにアリアなら骸骨集団を操って対抗できる。だが、それを衛兵のナタリーが目撃したら言い訳のしようがなくネクロマンサーだとバレ、取り締まりの対象になってしまう。
「……それは最後の手段にとっておきたいな。なにか別の方法があればいいんだけど」
と、僕は頭を巡らせ、
「……そうだ。太郎達は使えないのかな?」
「……人形ですか。殴る蹴るくらいならできるでしょうけど、大した戦力にはなりませんよ?」
「……敵の足止めができれば、あとは僕達で片付けられると思う」
「……まぁ、カイトくんがそう言うなら、その案で行きましょうか。ただし、問題は衛兵さんに人形のことをどう説明するのかですが……」
「あ、あの、作戦会議でしたら、自分も会話に加わらせて頂きたく思うのですが……」
僕とアリアがひそひそ話をしていると、ナタリーはしょんぼりと声をかけてきた。気持ちはよく分かる。仲間外れは寂しいもんな。
すると、アリアはいい説明を思いついたのか、アイコンタクトで大丈夫だと伝えてくる。ならばナタリーへの説明はアリアに任せよう。
アリアは言った。
「実はゴーレムがあるんです」