10.鉱山の真実
僕達は三〇〇体の屍人形を引き連れて町へ到着した。
そのままの足で鉱山管理所へ出向く。ここには管理者であるガガールが常駐している筈だ。人形達のことはアンジェとフレデリカに任せて、鉱山の作業場へと運んで貰う。
その間に僕とアリアは管理所へと入る。
すぐにガガールの出迎えがあった。
「これはこれは、アリア様でいらっしゃいますね? 初にお目にかかりします。わたくしがここの管理をハイシャル候より任されておりますガガールと申します」
ガガールは僕のときよりも更に丁寧な自己紹介を、アリアに向かってやった。
アリアは言葉は返さず、ただ優雅に微笑んで見せる。美しい淑女のみに許される挨拶の仕方だ。
「さあさあ、立ち話もなんですからお二人ともこちらへ」
ガガールは僕達を応接室へと案内した。貴族の屋敷に比べれば、狭くて調度品も粗末ではあるが、それでも庶民にとってはかなりいい部屋である。
僕達は促されるままソファへと並んで座った。
ガガールは奥へと消え、またすぐに戻ってくる。その手にはパンパンに膨れた袋。
「確認をお願いします」
ガガールが差し出した袋を見て、アリアはちらっと僕の方を窺い、
「カイトくん、受け取って下さい」
僕はその言葉に従って、ガガールから袋を受け取った。袋はずっしりと重い。
「カイトくん、紐を解いて中身を見せて下さい」
僕は言われた通りに袋の口を縛っていた紐を解き、中をアリアに見せる。中身は予想通り報酬の金貨だった。
っていうか、いつの間に僕はアリアの付き人になったのだろうか。
「たしかに受け取りました」
アリアは金貨の輝きを目にして満足そうに頷いた。それから彼女は、ガガールの方へと目をやる。
「ところで、人形への命令の仕方を説明する前に、二、三お聞きしたいことがあるんですが?」
「はい、なんなりと」
ガガールはニコニコと二つ返事だった。
アリアは急に鋭く目を細め、
「人形を引き連れてここに来る途中に、町の住人の妨害に遭いました。これはどういうことでしょうか?」
「なっ、まさか……あの者達そこまでしおるか」
アリアの言葉を聞いたガガールから笑顔が消えた。代わりに怒りが浮かび上がってくる。
「アリア様、誠に申し訳ない。わたくしの管理不行き届きでございます。あの者達は解雇されることを恐れているのでしょう。しかし、こんなことをしても無駄なのに」
「労働交渉中って聞いていますが?」
「交渉は端っからするつもりはありません。全員解雇はすでに決まっております」
ガガールから衝撃の言葉が飛び出る。
アリアは眉を顰め、
「なにがどうなっているんですか? 私が窺っていた話と大分違うようですが?」
と尋ねると、
「それは……ここだけの話ですが」
と、ガガールは躊躇いがちに、声を顰めて話し出す。
「実は最近、我が鉱山で採掘される鉱石の取引価格が下落基調でして、採掘コストを下げなければ予定されている収益を確保できなくなったのございます」
「採掘コストって、つまり人件費の抑制ですね」
「その通りでございます。苦心したわたくしは、今の労働者を全て解雇して、代わりに北方から奴隷を買って彼らで賄うことにしました。しかし、黙って解雇に応じるようなヤワな人間は鉱山労働者にはいません。そこで賊を雇って、町の外へ出かける住人を襲わせたり、鉱山を襲撃させることで治安を悪化させ、奴隷がやってくる半年後を目処に、すべての労働者を町から追い出そうとしました」
ガガールが話していることは、大変重大なカミングアウトだ。アリアが裏家業を営んでいるので話しても大丈夫だと踏んだのだろう。
「先週、私の遣いの者がここから帰る途中に賊の襲撃にも遭いました。これもなにかの意図があるのですか?」
「いえ、それに関しては手違いです。大変申し訳ございません。実は、そこが問題なのです。雇った賊がとても凶暴で、制御が出来なくて……先週の崩落事故も、労働者に対してちょっとした脅しをお願いしただけなのですが……」
と、ガガールは頭を抱えた。
賊を雇ったが為の自業自得ではあるが、その報いを最も受けたのが労働者なのはやるせない。
「なるほど。それでストライキが起きてしまい、急遽代わりの労働力が必要になったんですね」
「はい」
これが事の真相であるようだ。つまり、メグの父親が言っていたことは本当だった。
「アリア様なら分かって頂けるかと」
「ええ、分かりますよ」
救いを求めるようなガガールの嘆きに、アリアは静かに肯定した。
しかし、この男がしでかしたことは、それで済むような話ではない。まさか、アリアはこのまま見て見ぬふりをするつもりなのだろうか?
「アリア――」
「カイトくん、大丈夫です」
僕が隣のアリアに小さく呼びかけると、アリアは安心させるように、僕の太ももの上に手をそっと乗せた。今は落ち着けと言うことか。
「事情は理解しました。では、鉱山に向かいましょうか。人形について説明します」
「は、はい。そうしましょう、そうしましょう」
ガガールはほっとした顔になり、いそいそと席を立つ。
僕達もそれに続いて腰を上げたそのとき。突然、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「頼もう! ガガールはいるか!?」
そこから現れたのは、白銀の鎧を纏った騎士のナタリーだった。
唐突なナタリーの出現に僕とガガールが困惑する中、アリアは咄嗟に僕の手から袋を引ったくると、それを自分のローブの中へと隠す。さすが抜け目ない。
ナタリーはまず部屋の中のガガールを見つけ、続いて僕とアリアの姿を見る。
「カイト殿、どうしてこんなところに?」
これはよろしくない状況かもしれない。
「ナ、ナタリーこそ、どうしてここに?」
僕はとりあえず質問を質問で返した。
すると、真面目なナタリーははっとして、
「そうだった。貴様だ、ガガール!」
「わたくしめになのご用でしょうか騎士様?」
ガガールは引きつった表情で腰を低くナタリーに接する。
ぶっちゃけ、ここにいる三人は全員が衛兵に連行される理由を持っている。僕達はナタリーの登場から常に緊張が走っていた。
そして、まずその矢面に立たされたのはガガールだった。
「以前のようにシラは切れないぞ? 遂に証拠が挙がった」
「ですから騎士様。先週に申し上げた通り、鉱山の崩落は事故以外のなにものでもないと。労働者の証言は自分の利益の為であって、真実ではないと申し上げたではありませんか」
ガガールの言い分に、ナタリーは忌々しそうにふんっと鼻を鳴らした。
「昨晩、賊の一人を捕らえた。その者が洗いざらい白状したぞ? すべて貴様の指示だそうだ」
ガガールの顔が真っ青になる。
「な、なにを……まさか賊の戯れ言を信じなさるおつもりか!?」
「見苦しいぞガガール」
「そうですね。先ほど私達に全てを白状されたではないですか」
アリアはいきなり便乗して声を上げた。
「なっ……」
アリアの裏切りに、ガガールは驚愕のあまり言葉を失う。
「えっと、貴殿は何者であろうか?」
突然皆の注目をさらったアリアに、ナタリーは当然の問いかけをする。
アリアは優雅に一礼をして、
「はい。私はカイト様にお仕えする、しがないの魔法使いです。この度カイト様は、民の声に耳を傾ける良き国王様からの内々の要請で、鉱山の事故について探っておりました」
「なんと」
「そして、先ほど我々の説得の甲斐もあって、このガガールは自らの罪を全て洗いざらい白状したのです」
アリアはいけしゃあしゃあとそんな事を言う。次から次へと流暢に嘘が流れ出してきて、素直に凄いなと思った。
しかし、これにはガガールも黙ってはいられない。
「な、なにを申されますかアリア様! 我々は取引相手ではないですか!」
「すべてはあなたに近づく為の嘘です」
その台詞こそが大嘘なんだけどな。
「くっ……」
ガガールがアリアの言葉をどう解釈したのかは分からない。だが、自身のピンチだけは認識しているだろう。
ナタリーがガガールに迫る。
「観念しろガガール!」
ガガールは後ずさると、目に付いた花瓶を手に取り、それをナタリーに向かって投げた。 しかし、腕の立つナタリーにとってそんなものかわすことは造作もなく、一瞬の目くらましにしかならない。
だが、その一瞬の隙を付いて、ガガールは踵を返し一目散に建物の奥へと逃亡した。