9.労働者の主張
「カイト様。大変なのですっ」
アンジェが前の方からこちらに駆け寄ってきた。
「どうした?」
アンジェは列の先頭を指揮している。前の方でなにか起こったのだろうか。
「おそらく鉱山労働者です。彼らが徒党を組んで、アンジェ達の行く手を遮っているのですっ」
「なんだと?」
「で、ミシェルが骸骨に乗ったまま様子を見に行ったら、向こうはパニックになっちゃって……」
「……またあいつか」
そりゃ一般人が骸の獣を見れば恐怖しか感じないだろう。取り乱しても仕方がない。
「分かった。とりあえず、僕が様子を見に行くから、アリアにも伝えてくれ」
「了解なのです」
アンジェはびしっと敬礼して、大急ぎで列の後方にいる馬車へと向かう。
僕は、それとは入れ違いに前へと走る。
屍人形達の列の先頭まで行くと、その更に向こう側で事態は進行していた。
そこには、アンジェの言ったように鉱山の町の住人達が集まっている。集団の多くは鉱山働く男達だが、その家族だと思われる女子供が少なからず混じってる。
そして、その集団の周りをぐるぐると回る骸の獣。その背中にはミシェルと、何故か町で会ったメグという女の子も後ろに乗っていた。
集団からは、
「俺の娘を返せ!」とか、
「子供に手を出すなんて卑怯だぞ!」とか、
「ダメよメグッ。早く戻ってきて!」などと言った叫びが口々に上がっている。
僕は急いで原因の大本へと駆けつけた。
「おい、ミシェル! なにをやってるんだ!?」
僕が叫ぶと、ミシェルは骸の獣を操ってこちらにやってくる。
「カイト様~、覚えてますか? この前、友達になったメグちゃんですっ」
「あー、この前の貴族」
メグは高い場所から僕を見下ろし、きゃっきゃっと嬉しそうな声を上げる。
この雰囲気から察するに、ミシェルが誘拐したという訳ではなさそうだ。集団の中にメグを見つけたので、一緒に遊んでいるといったところか。
ミシェルもメグも、空気が読めないにも程がある。大人達は心臓が口から飛び出そうな顔で、こちらの動向を見守っているではないか。
「ミシェルっ、とりあえずその子を下ろせ」
僕も切迫した声で叫ぶ。
「え~、これから向こう側までひとっ走りしようって話てたのにぃ」
「バカ、止めろっ。そんなことしたら誘拐されたって大騒ぎになるぞ! お前は事態を悪化させる達人かっ」
かっかしながら訴える僕。
その思いが通じたのか、ミシェルは後ろを振り返り、
「――って、言ってるんで一旦下りましょうか?」
がっかりした様子でメグに問いかける。
「はーい」
メグも残念そうに返事をした。
メグは僕の手を借りて、なんとか地面へと着地する。
「今日は服がボロいねっ。没落貴族だ」
地面へと下りての開口一番がそれだった。
そう。メグの指摘通り、今日の僕は以前の失敗を踏まえて冒険者の格好をしている。没落貴族ではない。
「でもこっちの方が似合ってるね」
「……左様ですか」
たぶん喜んではいけないのだと思う。
僕はメグの手を引いて、集団へと連れて行く。
「ほら、両親がいるんだろ? 早く行くんだ」
「分かった」
メグは意外と素直に僕の言うことを聞くと、駆け足で集団の中へ向かって行った。
貴族とは口を聞かないと言っていた癖に、今日は普通に会話してくれる。メグの中では没落したら貴族でもオッケーらしい。
メグが戻っていくと父親と母親と思われる男女が、彼女の体を強く抱き止めた。親子の感動の再会で、これで一件落着かと思いきや無論そんなことはない。いらんゴタゴタを片付けたに過ぎず、むしろ本題はこれからである。
僕は気乗りはしなかったが、集団の下へと行く。ここへ集まった彼らの真意を聞かなければならない。
僕の接近で集団には緊張が走った。
集団を代表してメグの父親が僕の前に立つ。鉱山労働で鍛え上げられた逞しい腕の筋肉が特徴の男である。
父親はまず僕の姿を見て、次に僕の少し後ろで骸の獣に跨がるミシェルを見て、さらに後方の異形の者達を目にして、視線が僕に戻ってきた。
父親の目は困惑を孕んでいた。
「奴隷商人と聞いていたんだが……」
どこの情報なのか知らないが、安い労働力を提供するという点では、合っているのかもしれない。
しかし、僕は肯定も否定もせず、
「なぜこんなところに?」
と、自分の質問を投げかけた。
父親は我に返って目的を思い出したように、きりっと表情をキツくする。
「悪いが後ろの奴らを連れて帰ってくれ!」
「理由を教えて下さい」
「あの鉱山は俺達の仕事場だ。あの奴隷が鉱山にやってきたらどうなる? 俺達は職を失うんだよ。妻にも娘にも飯が食わせられなくなる」
「でも、これは労働交渉が纏まるための半年間って話で、経営者と折り合いが付けばあなた達が仕事に戻れるはずだ」
僕の言葉に、父親は厳つくふんっと鼻を鳴らした。
「んな訳あるかよ。ガガールはな、端っから俺達を追い出す腹づもりだ。鉱山の崩落事故だって、あいつが理由作りの為にやりやがったんだ」
僕は驚いた。
「そんな、まさか……証拠はあるんですか?」
「証拠は、今はない」
「……」
つまり、憶測に過ぎないようだ。
僕の疑いの眼差しを感じたのか、父親は居心地悪そうに咳払いをして、
「と、とにかくだ。ここは絶対通せねぇからな」
と、腕を組み断固たる姿勢をとった。
さて、どうしたものか。
残念ながら僕の判断ではどうしようも出来そうにない。
「上の者と相談してきます」
僕は中間管理職みたいなことを言って、アリアの下へと走った。
◇◇◇
アンジェから伝わっているだろうに、アリアは未だに馬車の中にいた。
僕はとりあえず鉱山労働者から聞いた話をアリアに伝える。労働者が追い出されようとしていること、崩落事故はその為にガガールが仕組んだこと、真偽が定かではないことを含めてアリアに話すと、
「一方的な推測ですねぇ」
アリアはやれやれと肩を竦める。
「確かにそうだけど。まるっきり嘘とも決めつけれないだろ」
なにせ管理人のガガールは、起きたトラブルの解決の為にアリアに仕事を依頼するような輩である。全うな事業を運営していようとも、根が全うな人間ではないことは確かだ。
まあ、こちらは完全にブラックなので、あまり人のことをどうこう言えた義理ではないが。
「しかし、私達のクライアントは、労働者ではなく管理者の方です。労働者の肩を持っても銅貨一枚さえも得をしないんですっ」
アリアは力説する。とても無垢に貪欲で切実だった。
もちろんアリアの主張は尤もだ。
でも、現実問題として、そこには労働者が立ちふさがっている。
「だったら、労働者と話をつけてきてくれないか? 行く手を塞がれてるんだよ」
僕がそう頼むと、アリアはつんと顔を背けて、
「嫌です」
と言った。
「なんで?」
「私、ああいう人種って苦手なんですよ。きっと話し合おうとしても話し合いにはならず、一方的に主張をぶつけてくるだけです」
「向こうも生活がかかってるんだ。冷静になれないこともあるだろう。そこは多めに見て、頼むよ」
「い~や~で~す」
アリアは子供のように拒否をする。
なんだか、学校に行きたくない子供と親の戦いのようだ。
「でも、差し迫った問題として、行く手が塞がれてるんぞ? どうするんだよ?」
僕が冷静にそう告げると、ふくれっ面のアリアは、
「……カイトくん、ミシェルを呼んで来て貰えませんか?」
「いいけど?」
なにか策があるのだろう。
僕は急ぎミシェルを馬車まで連れてきた。
すると、アリアは馬車の窓から顔を出し、ふぅっと、また黒い霧を吐く。
今度は体長八メートルの巨大な四足歩行の骸が出現する。
僕はこいつが何者なのかすぐに分かった。魔軍との戦いでも何度も苦戦を強いられた存在――ベヒーモスだ。例え骨だけになっても、その凶悪な迫力は衰えもしない。
アリアは一体どれだけの骸を従えているのだろうか。
「ミシェル。向こうにお友達がいると聞きました」
アリアは窓からミシェルに話しかける。
「はいっ」
ミシェルはこくんと首肯した。
「今度はこのベヒーモスに乗って一緒に遊んできてはどうでしょうか?」
アリアはとんでもないことを言い出した。
「え、いいんですか!?」
「はい。怪我には気をつけて、沢山遊んできて下さい」
「やった~」
アリアの言葉を額面通りに受け取ったミシェルは、ベヒーモスに乗ると、メグのいる方に向かって走って行った。
すぐに労働者達の阿鼻叫喚がここまでも聞こえてくる。
僕は馬車から下りて目を懲らして見ると、労働者達は蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げていく。
「さあ、今のうちに行きましょう」
「鬼かよ」