4.決闘
鉱山の町の表通り。
ここをずっと進めば鉱山に行き着く。
そんな場所でスーツ姿の僕と白銀の鎧を身に纏った女騎士ナタリーは、三歩の距離をとって対峙していた。
その周囲には遠巻きに早くも野次馬ができつつある。ミシェルも野次馬の中に紛れ込んで賭博の主催をしていた。あいつの教育はどうなってるんだ。
「今更あとには引けないぞ?」
ナタリーはすでに抜刀して剣を中段に構える。基本に忠実で隙の少ない構えだ。
「元々そのつもりはない」
対する僕は、剣の柄に手を添えたまま、刃はまだ鞘の中。
戦いはすでに始まっている。
両者は睨みあったまま踏み込むタイミングを探っていた。
なるほど。
どこの馬の骨が分からない男との決闘だとしても、危険を伴うものである以上、応じるには勇気がいる。
そして、目の前のナタリーは勇気もさることながら、確かな自信も感じ取ることが出来た。
一見しただけでも真面目が鎧を着て歩いていると分かる人間だ。きっと、普段から妥協のない修練を重ねているのだろう。努力の日々が厚みとなってナタリーの風格を作り上げていた。
ナタリーは並の騎士ではない。
「はっ――」
次の瞬間、ナタリーは地面を蹴り、飛び出した。
それは、僕が息を吐き終わった、ちょうどそのとき。体の筋肉が弛緩した瞬間を狙ってのことだった。
ナタリーは目にもとまらぬ速度で僕に肉薄し、移動の中で上段に振り上げた剣を、僕の頭上目がけて振り下ろす。
それに対して僕は、剣の柄から手を放し、ナタリーの動きに同期するように前へと動いた。
「……」
僕は向かってくるナタリーの脇をすり抜け、すれ違い様に彼女の背中を軽く押し込んだ。
大した力ではない。
しかし、たったそれだけのことでナタリーはバランスを崩した。
ナタリーは自らが生み出した、前へ進む突進力が仇となり、受け身もとれず無様なまでに地面を転がる。
「くはっ……」
ナタリーの短い呻き。
野次馬からどよめきが起きる。
僕のことを知らなければ、だれもスーツを着た男が騎士に勝てるなんて思いもしないだろう。
「勝負はあったな」
「な、なにを言うかっ」
ナタリーは白銀の鎧を土で汚しながらも起き上がって闘志を見せる。
しかし、ナタリーほどの腕前があれば、このひと交わりで理解した筈だ。
「もう無駄なことは止めよう。いまので実力差が分かっただろ」
「まだ戦いは始まってすらないっ。貴様は剣を抜いてはいないではないか!」
ナタリーはそうやって顔を悲しそうに歪めて叫ぶ。
たしかに僕は抜刀しなかった。
というか、端から剣を抜くつもりはないのだ。
さすがに中央衛兵に怪我をさせようものなら後々が大変で、最重要罪人として国中から追われることになる。いくらネクロマンサーの下に身を寄せているとはいえ、王国を敵に回すなんてまっぴらごめんだ。
しかし、僕はできるだけ穏便に済ませようとしているのに、それに納得できないナタリーは、もう一度僕に向かって斬りかかってくる。
「このっ」
「……」
僕はやはり自分の剣には触れず、相手の力を利用して投げ飛ばす。
「ぐっ――」
背中から地面に落ちて苦悶の声を漏らすナタリー。
「まだだっ」
だが、それでもナタリーは再び起き上がった。顔に付いた土を払うことなく、僕に突撃する。そして、あっけなく地面に転がる。
「……なぜだ……そんな戦い方、騎士としてありえない……」
ナタリーはよろよろと立ち上がろうとして膝をついた。
「元より僕は騎士じゃない。それに、人間だけを相手にする衛兵と、魔軍と戦う兵士じゃ、戦い方が根本的に違うんだよ」
都近くで人間を相手にする衛兵ならば、純粋に体を鍛え、人間同士で剣の稽古をしていれば事足りるだろう。
だが、魔族と戦う最前線ではそんなことは通用しない。人間を超える巨躯のオークやトロール。はたまた人の形をしていない魔物のベヒモスやワイバーンなんかとも戦わなければならない。人の身で力比べをしていては絶対に敵うはずのない相手ばかりである。
だからこそ、僕は自ずと相手の攻撃を受け流す戦い方を身につけることになったのだ。
「だとしても……この差は……なんだと言うのか……」
肉体的ダメージよりも精神的ダメージの影響だろう。
ナタリーの体は震え、立ち上がることが敵わないでいる。
「幼少より鍛錬を欠かさなかった日はなかった……なのにここまでの差なのか……」
ナタリーは半ば呆然としてそんなことを呟く。
僕はそんなナタリーの傍に屈み込んで、優しく告げる。
「キミの強さは理解した。それは並大抵のものじゃない」
「しかし、カイト・コバヤシ。自分はあなたには遠く及ばない」
どうやらナタリーは、この手合わせで僕が本物だとすでに認めてくれていたようだ。
それでも尚、彼女が動揺を隠せないでいるのは別の要因だった。
僕はもちろんそれを察してる。
ナタリーは誇り高き騎士だ。その誇りに恥じぬような血の滲む努力をしてきた筈だ。だからこそ、彼女は剣の腕に自信があり、勇者にさえも決して遅れはとらない――そう思っていたのだろう。
しかし、蓋を開けてみればどうだっただろうか? ナタリーは僕との大きな差に打ち拉がれているのだ。
「でも、それは仕方ないよ」
「なぜ仕方ないのですか?」
すがるように答えを求めるナタリー。
努力だけでは到達できない境地。それは一体何だというのか?
「いいかい。僕とキミでは、くぐってきた修羅場の数が違い過ぎるんだ――」
僕は遠い目をしながらナタリーに教える。
異世界に転生したばかりの頃の僕は、色々と才能を強化されただけの、ちょっと腕の良い剣士だった。そりゃ、並の騎士ならば赤子の手をひねるようなものだったけど、当時の僕が今のナタリーと戦っていたら負けていただろう。
でも、僕はその後にラーゼンに誘われて王国軍へと入ることとなった。
これが強さの転換点である。
あれは王国軍に入ったばかりの頃だった。
ラーゼンが敢行した無茶な行軍が祟って、敵に回り込まれ補給は絶たれた。
退路を失った僕達は四方を魔軍に囲まれた状況で、一ヶ月間昼夜問わず攻め寄せる敵と戦い続けた。
平和な環境で続ける鍛錬とは訳が違う。
負ければ即死ぬ環境で、僕は死に物狂いで戦い続けたのだ。
生き残ったのは奇跡だった。
でも、その経験を経て、僕は格段に強くなっていた。
その後も僕は、無能な指揮官のせいで何度も何度も修羅場を体験する羽目になり、その数々が今の僕を作り上げたのだ。
僕の話を聞いたナタリーは、目に涙を浮かべながら地面を殴り言った。
「自分も戦場へ赴任しますっ。指揮官ラーゼンの下で戦います!」
「いやいや、絶対にオススメしない。それだけは止めろ」
命が幾つあっても足りないぞ。マジで。