2.鉱山労働者の町
ミシェルと共に馬車に乗り、城を出て三時間ほどで目的の町に到着する。
そこは荒れた山々が連なる地帯の盆地に作られた小さな町だった。鉱山で働く労働者とその家族だけが暮らし、町の中は民家と簡素な飲食店、あとは採掘された魔石や貴金属の精錬所くらいしか建物はない。
ざっと町を見渡しただけだが、観光で旅人が訪れるような所ではないことは理解した。早く用事を済ませて帰ろうと思う。
「ミシェル。アリアから卸売りの――っていない!?」
僕は一緒にきたはずのミシェルに話しかけようとして、彼女が忽然と姿を消していることに気がつく。
馬車から降りたときには、たしかに隣にいたはずだ。
通りには人混みに紛れてはぐれるほど人の姿はなく、むしろ閑散としている。そんな状況下でありながら、僅か数分足らずでどうしていなくなるのか?
「ミシェルー、どこだー?」
単なる迷子なのか。それとも誘拐か。
僕の脳裏には様々な可能性が駆け巡った。
とにかく今は探すしかない。
僕は声を上げながら来た道を引き返すと、横道から子供達が遊ぶ楽しげな歓声が聞こえてきて――その中に聞き覚えのある声が混じっていることに気づいた。
そちらの方へ行ってみると、案の定、町の子供達に混じって遊ぶエプロンドレスの幼女が一人。なんでやねん。
「おい、ミシェルっ」
僕はミシェルの下へ早足で向かう。
「あ、カイト様どうかされました?」
「どうかされました? じゃねぇよ。なんで遊んでるんだ?」
「そこに歳の近い子達が遊んでいたからです!」
「理由になってない」
何はともあれ見つかって良かった。
僕は精神的な疲労を感じつつ、ミシェルの手を引いて立ち去ろうとする。
するとそのとき。ミシェルと一緒に遊んでいた子供達の中から一人の女の子が、トコトコと駆け寄ってきて、
「父ちゃんの仕事をとらないでっ」
と僕に向かって叫んだ。
僕はびっくりして立ち止まる。
「はぁ……カイト様。どんな悪いことをしたんですかぁ?」
「してねぇよ」
やれやれやっぱりか、見たいな顔のミシェルに強く反論し、僕は女の子の顔をまじまじと見る。記憶を検索してみるが、見覚えのない子だった。
「父ちゃんの仕事をとらないでっ」
女の子はぷるぷると震えながらもう一度言った。
完全に僕が悪者である。
「……あのう、お嬢さん、人違いじゃありませんか?」
僕は火薬を取り扱うように慎重に対応する。
しかし、女の子は、
「ウチ知ってるもんっ。いい服着た貴族が父ちゃん達を追い出そうってしてるって!」
「……」
僕は自分の格好を見下ろしてみた。一応、アリアのお使いと言うことで、この前アリアに買って貰った服を着ている。
事情は分からないがこの格好のせいで貴族と勘違いされているようだ。
僕はなんとか誤解を解こうと試みる。
「あのねお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんじゃないもんっ。メグだもんっ」
「……あのねメグちゃん」
「ウチは貴族なんかとお話しないもんっ」
「おめぇから話しかけてきたんだろ!」
「ちょっとぉカイト様ー。子供相手に本気にならないでくださいよ」
あろう事かミシェルに諭されて、僕は我に返った。
「くっ……す、すまん」
僕はミシェルを連れて逃げるようにその場から離れる。
その際に背中にぶつけられるメグと名乗った幼女の言葉。
「コラ~逃げるな貴族~。ウチとちゃんと話せ~」
一体僕はどうすればいいんだよ!
◇◇◇
再び正規のルートに戻って目的の場所に向かう道すがら。
「ミシェルのせいで嫌な目にあったじゃないか」
「ご自分の徳のなさを人のせいにしないでくださいよぉ」
「いやいや、それはおかしい。僕はこれまであくせく真面目に働いてきたんだぞ? 徳が溜まりに溜まって山のようになってる筈だ」
「徳って、働いたら溜まるようなものなんですかぁ?」
「それは……分からん」
ミシェルに痛いところを突かれて僕はシュンとする。なんというか、精神的に踏んだり蹴ったりである。
「だが、もういい。さっき起きたことは綺麗さっぱり忘れて、さっさと用事を済ませて帰ろう」
僕は気持ちを切り替える。
そうと決まれば、早く卸売り所に行きたい。
僕は歩みを早めるため、隣のミシェルの手を取ろうとして、
「って、またいないし!」
そこにいたはずのミシェルの姿がまたしても消えていた。吹き抜ける風のような奴である。
「はぁ~」
僕は肩を落としながら周囲を見回す。
すると、通りの右側にある建物の前に人だかりが出来ており、その群衆の中にはエプロンドレスの幼女が紛れ込んでいた。
僕もすぐにそこへ向かう。
「ミシェル、お前なぁ……」
なぜアリアは僕をミシェルと組ませ、自分はアンジェとフレデリカを連れて行ったのか? それは偶然ではなく必然だったのだと理解した。
僕はアリアにミシェルの子守を押しつけられたのである。
「カイト様。あれ」
僕の苦言を気にも留めることなく、ミシェルは自分の興味を主張する。彼女が指さした先には、ここに集まった群衆の注目の的があった。
それは高そうな服に身を包んだ中年で小太りの男である。
群衆はこの男に対して、「ふざけるなっ」とか。「こんなのは一方的だ!」とか。「横暴すぎるぞ!」とか。「ハゲッハゲッ」などと厳しい言葉を投げかけている。
しかし、罵声の嵐を浴びせられても男は怯む様子を見せない。見習いたいくらい強い精神力だ。
「だまらっしゃい!」
男は群衆に対して一喝した。
「貴様らの要求など断じて受け入れぬぞ。分かったらさっさとこの場から去れ! 去れい! これ以上騒ぐようなら、すぐにでも家族諸共この町から追い出すぞ!」
男の言葉が決めてとなり、群衆は口々に悪態を吐きながら四方へ散っていく。
現在、そこの鉱山で働いている労働者はストライキの真っ最中だと聞いている。きっとこれは労働交渉の一環なのだろう。
しかし、両者の発言はとても攻撃的で、どこか不自然で不穏だった。
「まだ残っとる者がおるのか!?」
そんなことを考えていると、男の矛先が僕達の方へと向いた。
しかし、男は発言をしてから僕達の身なりを見て不審に思ったのか、態度を軟化させる。
「む? ……これは失礼した。どちらの御仁でしょうかな?」
人は見た目が全てなんだなと思った。
それはともかく。
労働者とやり合っていたということは、この男は鉱山の経営者側の人間なのだろう。
僕は一応、アリアの遣いの者であるということを告げた。
男ははっとして、さらに物腰が柔らかくなり、
「これはこれは、アリア殿の代理の方ですか。お見苦しいところをお見せしました。わたくしはここの最高責任者を勤めておりますガガールと申します。はて、一体何用でここまでおいでに?」
ガガールと名乗った男に、僕はここにきた目的を告げると、すぐに魔石の取引所へ案内してくれたのだった。