1.午後のひととき
「おいおい誰だよ星の五以前のルートを止めてる奴は?」
「どう考えても私じゃありませんよ~」
「そんなことを言いつつカイト様が自分で止めてるかもしれないのです」
「……たぶん、ミシェルだと思う」
「フレデリカっ、どうして分かったんですか!?」
ここは僕が居候している城の客間。
僕は現在、アリアの従者であるミシェル、アンジェ、フレデリカと一緒にカード遊びをしていた。
アリアの城に居候を始めて早くも数日。
特別な出来事が起こることもなく、こうして緩やかな生活を送っている。寝て、起きて、飲み食いして、アリアや従者達と戯れる――なんて幸せな日々なのだろうか。
このダラダラとした生活のお陰で、僕の体調もかなり良くなってきた。もうしばらくもすれば完全回復も達成できるだろう。
「次はカイト様の番なのです」
「なにちんたらしてるんですかぁ~、早くやっちゃってくださいよぉ~」
「……」
赤毛でおさげのアンジェが指摘し、金髪ボブのミシェルが茶化し、銀髪ロングのフレデリカが無言で催促をする。
アリアの側近とも言える従者三人組ではあるが、その性格はてんでバラバラだ。やはり、育った環境が同じでも性格は違うものになるのだなと、当たり前のことを僕は思った。
ちなみにこの三人は、アリアの従者の中で古株三人衆である。
見た目年齢は、ミシェルが一〇歳、アンジェが一二歳、フレデリカが一三歳。
肉体的に一番歳上はフレデリカであるが、作られたのが一番古いのはミシェルだと、アリアが教えてくれた。
ミシェルはアリアが初めて成功した屍人形だという。つまり、この一番マイペースでヌケているのが、一番の古株で従者長であるというのだ。年功序列制度の弊害を見たような気がした。
そんなこんなで幼女達と遊んでいると、突然部屋の扉がノックもなく開かれた。こんな傍若無人が許されるのは城の主だけである。つまり、アリアが現れた。
「そろそろ午後のティータイムか?」
「この勝負が終わったら準備しますねぇ~」
「ダメですミシェル。すぐに支度にかかるのです」
「……ブレンドはどうしましょうか?」
僕達は扉の方へ顔を向け、訪問者を歓迎する。
しかし、終始和やかな僕達と違い、アリアの顔はお仕事モードになっていた。
「臨時の大口注文が来ました」
アリアは凜とした口調で宣言する。
やはり、仕事の話か。
「また僕にも仕事をくれるの?」
「はい。今回の依頼は私だけでは捌ききれません。カイトくんにも手伝って貰いたいです」
「まあ、暇だからいいけど」
毎日毎日ぐうたらと過ごしていたら働くことが億劫になってくる。休養を優先させているとはいえ、たまには働くのも悪くない。
「で、どんな仕事なんだ?」
僕の問いかけを受けてアリアは説明を始める。
「まずは背景を説明しますと。この度、鉱山で大規模な崩落事故が発生。労働者の三割が生き埋めになりご臨終されました」
「……大惨事だな」
「でもまぁ、それはよくある悲しい事故です。それよりも問題は、雇い主が保険料をケチって信用の低い安価な会社と契約していたことです。保険会社は支払いに対応できずに倒産しました。怒った労働者は環境改善を訴えてストライキに入り、件の鉱山は現在休業に追い込まれているとのことです」
微妙な経営者はどこにでもいるものだなと思った。
そして、この話を聞いている内に、なぜか脳裏にラーゼンの顔が浮かぶ……嫌な思い出は早く忘れてしまおう。
「で、私への依頼なんですけど。半年モノの屍人形三〇〇体の受注です」
「半年モノってなに?」
「活動期間が半年だけってことです。アンコモン級の魔石で製造できるので、とても安価です」
「……半年で使い捨てるのか?」
「ああ、カイトくん勘違いしないでくださいね? この案件で提供するのは、ただの自律して動くアンデッドです。自分の意思は持たず、使用者の簡単な命令のみに従って動く存在。ほら、そこら辺に彷徨いてる骸骨と一緒です」
「なるほど」
アリアの説明に僕は納得し、内心でほっとする。
そして、そこら辺に骸骨が彷徨いている環境が如何に特殊なのかを思い出した。この城での生活も日が経ったせいで、廊下で骸骨とすれ違ってもなんとも思わなくなってきた。むしろ、自然と挨拶をしたりする。慣れって恐ろしい。
「とにかく経営者は早急に鉱山の操業を再開したいようで、しかし、労働者との交渉は長引く一方。ですから、繋ぎの労働力を必要としているようです」
「っていうか、その経営者を助ける必要あるのか?」
相手の自業自得なんだし、無理して受ける仕事でもないと思う。
するとアリアは苦い顔をして、
「まあねぇ。本来ならば、私は貴族の顧客が専門なんですが、普段仕事でお世話になっている仲介人たっての頼みということで仕方なく受けることにしました。あと、ギャラもいいですし」
「ギャラがいいのか……」
つまり、金か。
「はい、ギャラがいいんです。あの鉱山からは魔石も発掘するようなので儲かってるみたいですよ」
「だったらケチらずに、労働者に還元すればいいのにな」
「そんな経営者だったらこんなことになってませんよ」
「たしかに」
まあ、色々と思うところはあるが、ギャラがいいなら仕方ない。
こっちの経営者は雑過ぎるほどに金払いがいいので、仕事を手伝えば僕への報酬はたんまりと貰えることだろう。
「分かった。で、僕はなにをすればいいでんだ?」
「そうですね、まずはアンコモン級の魔石を買ってきて下さい。三〇〇個です」
魔石三〇〇個。結構な数字である。コモン級ならともかく、アンコモン級の魔石を個人が一〇〇単位で買い付けることはまずない。
「……王都の店を何件か回れば手に入るかな?」
「いえ、そこまで足を伸ばさなくても件の鉱山へ行けば、そこの麓にある町で買い付けることが出来ますよ」
「なるほど、卸業者から直接買い付けるんだな」
「はい。お金はミシェルに渡しておきますので、二人でひとっ走り行ってきて下さい」
「え、アリアは一緒に来ないのか?」
折角この前見たく一緒に町で遊べるかと思ったのに。
僕が露骨に残念がるとアリアは、
「今回は急ぎの用なので手分けをします。私はアンジェとフレデリカを連れて戦場跡に赴いて、材料となる骨を三〇〇体分拾ってきますから。カイトくんは買い物。私は骨拾い。私は骸骨の兵士を同時に一〇〇体以上操ることができるので、適材適所でしょ?」
僕は別に適所ではない気がしたが、まあいい。
「分かったよ。じゃあ、行こうかミシェル」
「はい、かしこまりました。アリア様行ってきますね!」
ミシェルは元気のいい返事をした。
すると、アリアはそんなミシェルに釘を刺すように、
「時間があまりないので寄り道せず、真っ直ぐに帰ってきてくださいね?」
「お土産は買ってこなくていいんですか?」
「そういう物を売ってるような町ではありません」
「なーんだ」
ミシェルは拗ねたように「ちぇ~」と漏らした。
そして、この組み合わせが偶然の産物ではなく、意図されたものだと僕が気づくのはこれより数時間後であった。