5.オルシャ
「あの子はアンデッドなんだよな?」
「ええ、そうですよ。私が作った屍人形です」
僕が険しい顔で訊いても、アリアは涼しげな顔のままだった。
現在僕とアリアは家屋から離れ、屋敷の庭先にいる。
再会を果たした母と息子をしばらく二人きりにする為だとアリアは言った。
日が暮れて辺りはすっかり暗くなった今、二人は屋敷から溢れてくる光と月明かりだけを頼りに庭を散歩する。
僕の隣を同じペースで歩くアリア。
夜の中で彼女の姿を見ると、よけいにネクロマンサーっぽさが膨れあがってくるような気がした。
「色々聞きたいって顔してますね」
しばらく続いた沈黙を破ったのはアリアの方からだった。
「うん、してると思う」
僕は首肯した。
「隠すつもりはありません。何なりと質問してください」
アリアは穏やかな様子で僕に言葉を促す。
それならばと僕は、山ほどある質問を頂上から順番に拾っていく。
「オルシャと呼ばれていた男の子はどうして亡くなったんだ?」
「馬術の稽古中に馬から落ちて首の骨を折りました。先月のことです」
「あの夫人は、オルシャが亡くなったことを理解してる?」
「もちろんです。だから、私のところに依頼をされたんです」
愛する息子が死に。
それを受け入れられず、ネクロマンサーの手を借りた母親。
気持ちは分かる。
分かるのだけど、
「でも、そんなことしたって――あのオルシャは生前の記憶を持っているのか?」
「まさか。多くの人が死霊術を勘違いしていますが、アレはあくまでも死体を使役する魔法でしかありません。記憶や魂と言われているようなものは、死ねばそれまでなんですよ」
「お母様って呼んだのは?」
「目が覚めて最初に目にした人間を母親と認識するように設定していたからです」
「……設定?」
「あれは私が作った特別製のアンデッド――いえ、もはやアンデッドではありません。骸を媒体に、魔術で死者の体を再構築したものになります。さらに体の中に特製の魔石を埋め込むことで術者からの魔術供給を必要とせず、記憶学習能力を兼ね備えて独立した存在。人としての構成要素はほぼ兼ね備えています。いわば、生きた死体とでも言いましょうか」
「笑えないな」
「そうですね。だから私は屍人形と呼んでいます」
屍人形遣いのアリア。
なるほど、単にネクロマンサーのアリアと呼ばれていない理由がここにあったのか。
「つまり、あのオルシャは生きていた頃のオルシャとは全くの別人なんだな?」
「別人と言うよりも、ミセスが木箱の蓋を開けた瞬間に新しく生まれたんです。ですから、まだ空っぽの存在。あの子が何者になるのかは、これからの環境や経験で決まるんです。ただし、技術的限界で肉体の成長はしませんけど」
「だったらいつ動かなくなるんだ?」
「埋め込まれた魔石の力が尽きるときです。貴族向けに作る屍人形にはすべてエイピック級の魔石を使っていますので一〇〇年は生きるかと」
エイピック級の魔石という単語が出てきて僕の心臓は跳ね上がった。それはつまり……。
アリアは僕の顔色が悪くなったのを見逃さず、
「はい。オルシャにはカイトくんが持ってきてくれた魔石を使いました」
「……」
僕は眉間を押さえて俯く。
なんだろうか、この形容しがたい感情の渦は。
生命の死。姿形だけ同じ存在。尊厳。倫理的問題。それと同時に、僕の脳裏にはオルシャを抱きしめる夫人の笑顔が浮かんでくる。
「カイトくんって案外繊細なんですね」
「……別にそういう訳じゃない」
「わざわざ否定しなくていいのに」
アリアはやれやれと言った調子で嘆息した。
「……なあ、アリア。これって人助けになるのか?」
「カイトくんの考えてること分かります。ですが私的には、大切な人の死は嘆き悲しんで、そして、受け入れるものだと思っています」
「だったらこれは……ただの金稼ぎでしかないのか?」
思わず口調が強くなってしまう。
でも、アリアはそんな僕の感情を優しい微笑みで受け止めて、
「私の顧客は特殊なんですよ」
と言った。
それから「ちょっと話は変わりますけど」と前置きをして、
「人には二種類の人間がいます。大切な人が亡くなったとき、嘆き悲しみやがて時間と共に受け入れる人。もうひとつは、亡くなった人にもう一度会おう、生き返らせようとする人です」
「……」
僕は何も答えず、アリアは気にせず話を続ける。
「大抵の人々は前者ですよね? でも、人間って沢山いますから、後者もそこそこいるんですよ。まぁ、この人達もインチキ霊媒師なんかに大枚をつぎ込んで、死者の声を代弁して貰って、それで上手いところ心の着地点を見つけるものです。しかし、稀にいるんですよ。行き過ぎてしまう人間が」
アリアの顔がすぅっと冷たくなり、眼差しに鋭さを見せる。
「あのミセスは、悪魔召喚の儀式に手を出そうとしていました。彼女が成功できるとは思えませんが、実行に移そうとすれば大量の生け贄が必要になります。悪魔の大好物って知ってますよね?」
「……生娘か?」
「放っておけば、ミセスは農村から娘を拉致してきてその命を持って悪魔召喚に挑戦していたことでしょう」
「……」
そんな筈はない、と否定できなかった。
現に王国軍にいた頃、領民を拷問して快楽を得る領主を捕らえたことがある。その手の人間がこの世界でも、僕が以前住んでいた世界でもいることは確かだ。
しかも、愛する人を取り戻す為という大義名分を持てば、精神的ハードルも下がるかもしれない。
「そういう振り切れた人が振り切れた行動に移る前の最後の砦。それが私です。私の元には仲介人を通じて、そういう人物の依頼のみがやってくるんです」
アリアがそう言ったとき、ふと庭先に人の気配がした。
僕達はその方向を見ると、夫人とオルシャが並んで立ち、夫人はこちらに向けて頭を下げる。
夫人は最初に見たときとは打って変わって、とても穏やかな雰囲気に変化していた。
それを目にしたアリアは、肩の力を抜くように深く息を吐く。
「とりあえずは大丈夫のようですね。帰りましょうカイトくん」