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Re:ライフ ‐勇者の働き方改革‐  作者: クラマ・ククル
第一章 屍人形の需要と供給
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4.お仕事はディナーのあとに


 僕とアリアは、さらに装飾品店、雑貨品店、子供服店と三軒の店を回った。

 アリアの買い物の仕方は色々と凄まじい。

 装飾品店は当然のように気に入った小物を躊躇わず買い揃えた。

 雑貨品店では古今東西様々な品が並んでいた。珍しいものだらけで目移りする中。アリアがチョイスしたのは、頭蓋骨のキャンドルとか蜘蛛の置物とか気味の悪いものばかりだった。服のセンスといい、根っからのネクロマンサーである。

 さらに子供服店では、こんな一面も。


「ここはアリアが着られる服はないんじゃないのか?」


 子供服店でも勢いよく服を選び続けるアリアに、僕が疑問をぶつけると、


「ミシェル、アンジェ、フレデリカ、ランチェ、メリル。子供服が着られる子はウチに沢山いますよ?」


 アリアは指折り数えながらそう告げた。

 なるほど、従者の子達へのお土産も欠かない訳か。見上げた主である。ラーゼンも見習って欲しかった。


 こうして一通り買い物を済ませると、馬車の中が荷物だらけで大変なことになっていた。お城から持ってきた木箱は、荷物の中に埋もれている。大切な物っぽいのに大丈夫だろうかと少し心配になった。

 そして、日は傾き夕刻になって、少し早めのディナータイム。

 二人で入ったレストランも世間とはかけ離れている世界だった。

 入り口からエスコートしてくれる店員。当たり前のように敷かれたレッドカーペット。ピアノの生演奏。

 そして、僕的に一番驚いたのがメニュー表がないことである。店内の壁面を見回してもメニューはどこにも記述されていなかった。

 どういうことだと僕が首を傾げていると、アリアはレモン水を持って現れたウエイターと会話を始める。


「今日はいつもより賑わっていますね?」


「はい。収穫祭が近いので遠方よりお越しの方が多いようです」


「今年の催し物はフォン・エメラルダが関わっていると聞いています」


「耳が早いですね。実はここだけの話、主催のヘーゼル卿が――」


 なぜか始まった世間話。

 僕が唖然とする中、アリアとウエイターは軽快に言葉を重ねる。

 だが、僕は愛想笑いのみで会話に交じれない。これまで戦いばかりで世間に疎く、優雅な会話なんてしたことがないから仕方ない。そうやって自分に言い聞かせた。

 しばらく経って、やっとこさ本題の注文に入る。


「お客様、本日はどのようにいたしましょうか?」


 まさかのメニューも見せずに向こうから尋ねてきた。

 しかし、アリアは狼狽える様子もなく、


「巻き貝が食べたい気分です」


「でしたらホエール貝で良い物が入っていますので、幾つかご用意させて頂きます」


「お願いします。カイトくんはどうですか?」


 どうですかと聞かれても、なんのこっちゃとしか返しようがない。

 だが、変なプライドを働かせた僕は熟れた感を装い、


「僕も貝の気分でしたのでそんな感じでー」


 と言ってみた。

 ウエイターは一拍だけぽかんとする。しかし、すぐに爽やかな笑顔になって、


「かしこまりました。そのようにさせて頂きます」


 頭を下げ、ウエイターは去って行く。

 さすがの僕でも気を遣われたと理解した。

 そして、そんな様子を見ていたアリアはぷっと吹き出す。


「そんな感じってどんな感じですかぁ?」


「う、うるさい」


 こいつは僕が困っているのを分かっていながら敢えて泳がせていたのだろう。なんて捻くれた奴だ。

 アリアにからかわれている間に料理がやってくる。

 僕の記憶ではアリアは貝しか注文していなかった。

 だが食卓には、スープです。オードブルです。と、なぜか次々と料理が並べられるのだった。

 個人的にはこの店の注文システムに納得はいかないが、味は申し分なく、むしろこんな美味しい料理は生まれて初めてである。

 まさか食事で感激のあまり涙が滲むことがあろうとは思いもしなかった。



          ◇◇◇



 今日一日で体験した金持ちの世界。

 結論としては、金持ちヤバイ。

 一体どんな商売をすればこんな生活ができるのか?

 もしかするとネクロマンサーらしく貴族の墓でも荒らしているのかもしれない。だとしたらとんでもない女である。

 そんな勝手な想像をしている内に、馬車は商業区を抜け、より都の中央へ――貴族が屋敷を構える区画へと入っていく。ここからは通行出来る人間の限られる場所である。


「ねぇ、アリア」


 僕は馬車の小窓から外を眺めていたアリアに声をかけた。


「どうしました?」


 アリアは涼しげな顔でこちらを見た。


「まだキミの仕事を聞いてなかったと思って」


「ええ、そうですね。敢えて話していませんでしたから」


「だったらここで聞いておきたい」


 しかしアリアは微笑みながら、


「焦らないでくださいカイトくん。すぐに分かることですよ」


 アリアがそう告げたとき、まるで示し合わせたかのように馬車が止まった。

 外を見てみるとそこは大きな屋敷の前だった。地域から察するに貴族の本邸だろう。

 やはりアリアの顧客は貴族か。

 アリアの到着は相手方も分かっていたようで、外で待機していた屋敷の使用人に導かれて馬車は屋敷の敷地へと入っていく。


「カイトくん。そこの木箱をすぐに運び出せるように準備しておいてください」


「分かった」


「それともうひとつ」


 アリアは僕の腰に吊している剣を指さし、


「そんな物騒な物は馬車に置いてきてくださいね」


 と、言い残して自分は手ぶらで馬車から降りていった。

 僕の仕事は護衛ではなかったのかとも思ったが、まあいい。言われた通りに、鞘を固定するベルトごと腰から外して座席に置いた。

 その後、僕は向こうの使用人と協力して箱を屋敷の中へと運び入れた。箱は思ったほど重くは無かった。一体中に何が入っていることやら。

 アリアを先頭にして、木箱を抱えた僕と使用人が後に続いて家屋へと入る。

 そして、応接室らしき部屋に通され、そこには屋敷の主と思われる夫人がソファーに腰掛けていた。


「お待たせしましたミセス」


 やつれた様子の夫人は、アリアが現れたと気づくや否やはっと顔を上げる。


「アリア様っ」


 夫人のアリアを見る目は、まるでアリアが神の使いであるかのようだった。


「オルシャ……オルシャはどこに?」


 夫人の懇願にも近い問いかけに、アリアは後ろで控える僕達に目線だけで無言の指示を飛ばした。

 どうやらこの木箱を夫人に見せればいいらしい。

 僕と使用人は木箱を夫人の前まで運び、床の上に下ろした。

 夫人は居ても立ってもいられず、ソファから腰を浮かせると倒れ込むように床に膝を付き、木箱に手をかける。


「アリア様、開けても?」


「はい」


 アリアの短い返事が終わらない内に夫人の手は動き出していた。木箱を括っていた紐を引きちぎるように解いて蓋を外す。


「っ――」


 夫人は箱の中身を確認すると感極まったように目尻に涙を浮かべた。


「オルシャ」


 夫人の呼びかけに応じて、箱の中身――ミシェルよりもう少し小さな男の子は、瞑っていた目をそっと開き、


「……お母様?」


 と、呟くように言った。

 その言葉を耳にした夫人は、声にならない歓声を上げ、男の子を強く抱きしめた。


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