1-3 オルランディア行き乗船手続
ゲドが聞きこんできたところによると、港から船に乗ろうとするものは名前を明らかにして乗船手続きをしたあと、港にある倉庫のひとつに集められて乗船許可証と名前をひとりひとり対面で確認される。そして、そのまま船に連れていかれ、再びひとりずつ確認を受けながら乗船し、乗船後は船の外に出ることはできないとのことである。
「貴族や商人で、従者に荷物を持たせているものもいるんじゃないか? そういう場合はどうなっているかわかるかい?」
「従者も船に乗る場合は、もちろん同じ手続きですね。船まで荷物を持って運ぶだけで一緒に乗らない場合は、乗るときに札を渡されて、降りるときにそれを返すとか」
「従者は身元の確認はされないのかな?」
「従者なんていろいろですからね。身元の確認のしようのないヤツもいくらでもいますから、その辺は割り切ってるんじゃないスか? 降りたかどうかの確認はできるわけですから、気にしないんじゃ?」
身分の高い貴族であれば従者もそれなりの出自のものしか雇わないが、ゲドが行ったとおり、格下の貴族や商人の場合、ときには身元を確認するすべがないものを使っている場合がある。実際、デュバルの家でも、流れ者がひとり、アクセルの父親の高い信頼を得て働いていた。アクセルは、突破口が見えた気がした。
「倉庫で確認を行う役人は、そのまま船までついてくるんだろうか?」
「最初はそうしていたみたいなんですがね。時間がかかりすぎて余裕がなくなってきたらしくて、ひとつの船の処理が終わったら次の船にそのまま移ってるみたいですよ。船のところの確認は、また別のヤツがやってるみたいです」
(この街の役人でも、ぼくの顔をよく見れば、アクセル・デュバルだとわかってしまうだろう。アルネルカを出てから一度も髭を剃っていないから、人相はだいぶ代わっているはずだけど、安心はできない。だが、荷物持ちならそこまでの確認はされないかもしれない。ほかに策を考えている時間はないし、やってみるか)
「わかった。ゲド、ちょっとつきあってくれ」
「だ、旦那、どこかおかしくないですかね?」
いかにも高価な服を着たゲドは、落ち着かないという面持ちできょろきょろあたりを見回しながら、後ろを歩くアクセルに問いかけた。アクセルは大きな荷物を背負い、質素なマントで身を包んでいる。
「きょろきょろしたり、モゾモゾ身体をうごめかせたりしなければ大丈夫だよ。人は、ゲドが思ってるほどゲドのことなんか気にしてない」
「そういう言い方をされちまうと、それはそれで……。まあ、盗賊にとってはそのほうがありがたいんですけどね」
「また盗賊に戻るのかい?」
「今んとこは、ちょっと真面目に働いてみようと思ってますがね。ただ、流れ者には厳しい世の中なんで、やっぱり盗賊以外にない、ってことになるかもしれません」
「長生きしてくれよ?」
「が,頑張ります」
アクセルは、ゲドを王都アルネルカのシュタイン商会の三男ゲルハルト・シュタインということにして、パルディーリャの南方の島国であるオルランディア公主国に香辛料と骨董品を持参するという役割をでっち上げた。アクセルの役まわりは、ゲルハルトの船までの荷物持ちであるチャンだ。
アンセルムのとある商店で商品とそれを収納する大きな背負い箱を購入し、代金に少し色をつけて、荷物の内容と目的を記した書類を作成してもらった。その書類の中には、ゲルハルト・シュタインという名前も記されている。かなりの出費となったが、マキシムは、通路においた荷物の中にかなりまとまった金額を残しておいてくれていた。背負い箱が大きいのは、帯剣したままだと目立ちすぎるフューネラルをあわせて収納するためである。
「大丈夫ですかね?」
「乗船者の確認に憲兵が出てきていたら、ちょっとダメだろうね。ここの役人なら、たぶんなんとかなると思う。ほら、きみが落ち着いて三男坊を演じてくれないと、全部台無しだよ」
そう言ってゲドを自分の役割に戻らせるアクセルだったが、実のところアクセルはゲドに深く感謝していた。ここまでの旅路で、ゲドがいることでアクセルが人前に顔を出す必要がなかった、ということももちろんだが、アンセルムに着いてからのアクセルの行動は、誰が見ても違和感を感じるものだったはずだ。にもかかわらず、ゲドは何も問うことなく、このような猿芝居にも黙ってつきあってくれていた。
(ぼくひとりでは、ここに至るまでの過程で詰んでいたかもしれない。本当は、金貨一枚程度の礼では足りないんだけど……)
ゲドの背中を見つめながら、アクセルは心の中で深く頭をさげた。
オルランディア行きの船の乗船手続きが開始されたのは、「商人の息子ゲルハルトの従者チャン」が誕生した翌日だった。始めに港湾ギルドで乗船料の銀貨十枚を支払って、ゲルハルトの名を記した乗船許可証を受けとると、ゲドとアクセルは他の乗船客とともに隣接する倉庫に移動を命じられた。
倉庫に待機してたのは、アクセルが危惧していた憲兵ではなく、アンセルム港湾処の役人だった。乗船客ひとりひとりを乗船許可証を見ながら確認していく。それなりに時間をかけた確認が行われていたが、従者についてはやはりそれよりは簡単にすまされている。
乗船しない従者には、この場で一枚の札が渡される。船に乗りこむ際にこの札を提示し、船を下りるときに返却することになる。回収した札の数が渡した数と一致しない場合は、船の中で徹底的な捜索が行われるのだ。アクセルについても、ちらりと一瞥しただけで黄色い札が渡され、それで終わった。
「うまくいったみたいですね」
「最後まで油断できない。しっかりしてくれ、ゲルハルトさま」
「やめてくれませんかね、それ……」
全員の確認が終わって、乗船客は乗船を開始する。ゲルハルト名義の乗船許可証をゲドが提示し、アクセルが黄色い札を出すと、乗船口の係員は無言で乗船をうながした。そのまま広い客用広間に入って隅に陣取り、荷物を置く。さすがに全身から力が抜けた。
「ゲド、ここまでありがとう。これ、約束の金貨だ」
ゲドはここから、アクセルが持っていた黄色い札を持って下船する。
「は、確かに。旦那もここからも気をつけてください」
「ありがとう。それからもうひとつお礼といってはなんだけど……」
アクセルはまわりを見回して、一段声を低めた。
「なんです?」
「国王が死んだというのは本当だ。それも、政変で暗殺された」
「なっ! そんなこと……!」
「殺したのはぼくだ。港のこの警戒は、ぼくを捕まえるためなんだよ」
「だ、旦那はなぜそれをオレに……?」
驚きに口をパクパクさせていたゲドが、ようやくそれだけの言葉を絞り出す。
「この船が出るまでは黙っていて欲しい。出港した後、うまく売ればまとまった金になるかもしれない。盗賊に戻らなくてすむだけのね」
「……」
「ゲドがぼくについて深く詮索しなかったのは、本当にありがたかったんだよ。だから、少しおまけだ。ただ、持って行くさきを間違えると、そのまま逮捕、って可能性もあるから気をつけてね」
「はあ……」
ゲドはフラフラしながら、たったいま通ってきた乗船口のほうに歩き去って行った。
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