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王の道と王殺し  作者: 茶虎
第一章 逃避行
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1-2   二人旅

「旦那、お待たせ」


 食料と下着の着替えの調達にむかっていたゲドが、村から少し離れた岩陰で火をおこしていたアクセルのところに戻ってきた。十歳以上年上の男から「旦那」と呼ばれる違和感にも、彼はすでに慣れてしまった。名前や二つ名を口走られたりするよりはよほどマシだ、と割り切っている。




 ゲドを道連れにしてから十日ほどがたち、アクセルはアンセルムの手前の最後の村までたどり着いていた。痛めていた手首と足も苦痛はかなり減っており、このままなら二、三日でアンセルムに入ることができる。


 ゲドは思いのほか、役に立っていた。仲間二人の処分に腰が引けることもなかったし、殺されかかったことを引きずっている様子はない。そして、よけいな詮索もせず、逃亡を図ることもなく、村を通りかかるたびに使い走りのようなことをさせても文句ひとついわない。


 また、アクセルの役まわりを隠密かなにかと勘違いしたのか、頼みもしないのに村の様子を報告したりもしていた。これによって、アクセルはまだ国王暗殺が地方まで伝わっていないことを察していた。


「最後の村なんで、ちょっといい酒を買わせてもらっちゃいました。旦那の許可なしに勝手にやってすみません」


「金がたりてるならかまわないけど、移動に差しさわらないように、昼のうちに飲んでおいてね」


 依然として移動は夜が基本だ。夜昼逆転した生活にも身体は慣れ、アクセルは日陰であれば昼でも熟睡できるようになっていた。


「わかってますって。しかし旦那は頑丈ですね。オレはそろそろ身体があちこち悲鳴をあげてます」


「もう少し身体を慣らせば気にならなくなるよ。それより、あの村では何か変わったことはあったかい?」


「それなんですけどね、なんでも国王が死んだらしいんですよ」


 アクセルは、自分の身体が一瞬強ばるのを感じた。




「それは……たしかなのかい?」


 アクセルはなんとかそれだけの言葉を喉から絞り出した。


「それがわからないんですよ。あちこちでその話をしてるんですが、ちょいと耳をそばだててみても、『死んだ』のか『殺された』のかもわからないと来た。二人ほどに声をかけて話を聞いてみると、これが全然違う話をしやがる。偽情報じゃないですかね」


(「死んだ」か「殺された」かもわからない、か。だとすると、流れているのは確定情報ではないな。シェリルたちが、暗殺の前に「王の死」を国じゅうで既定の事実にしておこうとした、というところか。事後にいきなり情報が伝わるよりも、人々の動揺を減らすことができる。考えたな)


 シェリルが最後にアクセルの意見を求めてきたのが、実行の十日前だった。その時には彼女はすでに、「王の死」の第一報を噂として流すための要員を送り出していたことになる。アクセルは、あらためてシェリルのしたたかさに舌を巻いた。


「偽ではないだろう。王族に関して偽の情報を流してつかまれば、それだけで十年は拘留される。国王の生死に関わることなら、司法官の機嫌によっては死刑台だ。それだけの危険を冒して得られるものもほとんどないし、誰もやらないと思うよ。死んだ、というのは事実なんだろうね」


 いまの段階で情報が偽ではないことを知っているアクセルは、それらしいことを言ってゲドを納得させる。


「だとしたら、旦那はこんなところにいていいんですか? 親衛隊っていったら、こういうときは城にいるもんですよね?」


 ゲドが、わかっているのかいないのか判断に苦しむようなことを言った。ただ、それはおおむね正しい。有事に王都にいてこその近衛であり、王城にいてこその親衛隊だ。王に何かあったときに、親衛隊長がこんなところをウロウロしているのは、普通ではあり得ない。


「ひょっとしたら、遠回しにクビだ、と言われているのかもしれないな」


「またまた、なに冗談言ってるんですか」


 アクセルは、ゲドの言葉を笑いで流してこの話題を終わらせた。




「着いたな」


 二人はアンセルムの街を一望の下に見下ろすことのできる丘の上、そこに立つ大ぶりの木の陰に立っていた。


「さすがに、これまでのシケた村とは人の出入りが段違いだ。久しぶりに人間らしい夜がすごせそうですよ。旦那も、ここは街に入るんでしょう?」


「いや、とりあえず様子を見る。いつもどおり……いや、いつもより情報集めに力を入れて行ってきてくれるかい? それから、ここを出る船の情報も頼む。行き先はどこでもいい。少しだったらゆっくりしてきていいよ。ぼくはここで寝ている」


 ゲドは、アクセルの「行き先はどこでもいい」という言葉に少し怪訝そうな顔をしたが、特に問いただすこともなく街にむかっていった。




 ゲドが戻ってきたのは、日が暮れてしばらくしてからだった。少し酒場でくつろいできたらしく、ちょっとだけ酒の匂いを漂わせている。


「ここでも『国王が死んだ』という話で持ちきりでした。酒場でも国王の名前も知らないようなヤツが、神妙な顔して語ってましたよ。『学生のころは覇気にあふれた子供だった』なんて、友だちが死んだみたいにしゃべってるヤツもいましたね。ただ、街の活気がなくなるほどじゃないです。むしろ、国王が死んだと噂されているわりには普通、って感じですね」


 アクセルは、その情報に少しだけ引っかかりを感じた。


(やはり、まだ真相は伝わってきていないのか? ここまで来ると、少し遅すぎる気がする。第一報は届いていても不思議ではないはずだ)


「ちなみに、ゲドは国王の名前を知っているのかい?」


「面目ありません。知らないです」


「要するに、ゲドみたいなのが酒場に集まっていたわけだね?」


「勘弁してくださいよ……」




「ただ、船については苦労しそうですよ。どこに行く船も、軒並み遅れてます。いつ出港できるのか見込みが立たないみたいで、オレの目の前で出港していった船は二日遅れだったらしいです」


 ゲドのその話は、アクセルの心の非常ベルを全開で鳴らした。


「詳しく聞かせて?」


「なんでも、乗船客の確認と荷物の検査にやたら時間をかけてるみたいです。理由は聞いても教えてくれないらしいんですが」


 この情報で、アクセルは状況の全体像に合点がいった。街の噂は事前のものだ。人々は、王が死んだらしいと噂していても、死んだかどうか、どのように死んだかは知らないままだ。だが、真相はこの街に届いている。真相を知っているものが、情報を隠したまま、乗船客と荷物の検査を行っているのだ。


(シェリルたちは、先に流した噂を逆手にとったのか……)


 手前の村で「王の死」の噂を耳にしたアクセルは、それが事実を踏まえたものではないと判断した。そして、この街でアクセルが同じ噂を聞き、状況を同じと判断する。そこに落とし穴がある。アクセルが安易に船に乗ろうとすれば、乗船検査で発見され拘束される。


 追跡の体制が整わず、十分な人数を街や村に送れないない中で、シェリルたちは状況をすべて利用してアクセルを罠にかけようとしたのだと、彼は悟った。


「ゲド、最後にひとつ協力して欲しい」


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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