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王の道と王殺し  作者: 茶虎
第一章 逃避行
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1-1   盗賊

「兄ちゃん、悪いことはいわない。その荷物そのまま置いていきな。おっと、それからその腰の剣、なかなか立派じゃねえか。それも置いていってくれ。心配いらねえ。代わりにオレの剣をやるよ。あと何回斬れば折れるかはわからねえけどな」


 アクセルが近衛騎士団親衛隊長から重犯罪者に立場を変えて三日、彼はなんとか食料を調達したのち、昼は物陰で身体を休めて夜に移動、という生活を送っていた。そして、三度目の夜、人相の悪い三人の男に囲まれた。




 アクセルは結局、フィグラー伯爵領から港町アンセルムを目指すことに決めていた。王都アルネルカは比較的海の近くに位置しており、アンセルムとはそう遠くない距離にあったが、それでも歩いて向かう場合、半日を移動に費やして十四日は見なければならない。身体が万全ではないアクセルの場合、これに四日ほど余分に見る必要があった。


 最初の村を出て次の集落に到達するまでは、健康なものの足で六日ほどである。そのちょうど中央にあたるこのあたりでは、旅人の食料などにもまだ余裕がある。そして、道を外れない限りは視界をさえぎるものもない。盗賊には理想的な立地であった。


(このあたりに盗賊が多く出没するという報告には、こういう背景があるわけか。王都の周辺にいるだけでは、見えないものもあるんだな)


 アクセルは自分の頭にはいっている情報が生きたものではなかったことを実感していた。




「ん? どうしたんだ、兄ちゃん? 大丈夫だ。言うとおりにしていれば命は取らないぞ? 俺たちはお人好し三人組でとおっているんだ」


 アクセルの正面にいる、ひときわ人相の悪いひげ面の男が、ニヤニヤ笑いながら言う。相手の状況を思いやる理由を見いだせないアクセルは、手っ取り早く三人を眠らせてこの場を去ろうと、静かに腰を落とし始めた。アクセルに殺す気はなかったが、それはあくまで、余計な手がかりを残すことになるかもしれない、という懸念からだった。


「お、おい、こいつひょっとして、『神剣アクセル』じゃ……?」


 次の瞬間、地を蹴ったアクセルは三人のみぞおちに立て続けにヒジを入れ、全員を気絶させた。




「神剣」は、剣術の模範演技の巡業中にいつの間にかつけられた、アクセルの二つ名である。驚愕と賞賛がそこには込められているが、アクセル自身はこの二つ名を、恥ずかしいだけのお荷物と思っている。


 アクセルが盗賊たちを殺さずに気絶させたのは、彼らが単純に自分の顔を見知っていただけなのか、すでに手配が回っているのかを確認するためだった。アクセルは盗賊たちの荷物を探り、縄を見つけるとそれで三人の腕を後ろ手に縛り上げた。


(手配が回るには早すぎると思うが、万が一と言うこともあるしな。しかし、これではどちらが盗賊なのかわからない。本当に、いちど道を踏み外すと、止まるのが難しいものだな)


 


「あ、あんた……間違いねえ。『神剣』だ。何でこんなところに……?」


 最初に意識を取り戻したのは、アクセルに最初に気づいた細面の小男だった。


「とりあえず、質問するのはぼくだ。どうしてぼくがアクセルだと思った?」


「なに言ってるんだ、あんた? その顔見れば、そのへんのガキだって『神剣』だって気づくぜ? それよりさ、何でそんな格好でこんなところにあんたがいるんだ?」


 アクセルは、手配が回っているためにこの男が自分に気づいた、というわけではないと判断した。


「世の中には知らないほうが幸せなこともある、と聞いたことがあるんだが、きみはどう思う?」


 男ははっきりと顔色を失った。


「オ、オレも同感だ! オレには知りたいことなど何もない!」


 アクセルは、それもいかがなものだろうか、と思いつつ、ここからの行動の選択肢について、利益と不利益をはかりにかけ始めた。


(ぼくの顔を知っているこの盗賊たちを、このまま解放することはあり得ない。今のぼくの立場だと、次の村で自警団なりに引き渡すというのもダメだ。全員ここで処分すると、死体の処理が面倒になる。放置すれば、他人の目を引く可能性があるからな)


 悩んだ末に、アクセルはひとつの結論に到達した。




「ほかに仲間はいるかな?」


「いねえ」


「それも無謀だね。きみたちの力でこんなことを続けていると、そのうち逆に盗賊に囲まれることになるよ?」


「そ、そんなことはわかってらあ。だから、オレたちはひとところに長居しねえし、相手は選ぶんだ」


「選んだ結果がぼくかい? 長生きできそうにないね」


「それを言わないでくれ……。オレもいま、足の洗いどきじゃねえかと思ってる。あんたがオレを見逃してくれれば、だけどな」


「こいつらとはどういう関係なんだい?」


「二ヶ月ほど前に知り合った行きずりだ。酒場で話しているうちに、『手を組もう』って話になったんだ。そろそろ、背中が薄ら寒くなってきたところだ」


 三人の間には仲間意識はない、ということだとアクセルは解釈した。あたりを見回し、道から少し離れたところに小さな茂みを見つけると、彼は、自分の状況はぼかしつつ、ひとつの取引を持ちかけることにした。


「ぼくはいま、あまり人に気づいて欲しくない状況にいるんだ。本当なら、ぼくに気づいたきみたちは全員死んでもらいたい。盗賊なんかやっているんだから、そのあたりは覚悟しているよね? だけど、条件次第では、きみは助けてあげてもいい。条件を聞くかい?」


「聞く、聞くよ! オレは何をすればいいんだ!?」


 小男は、突然降ってわいた福音に飛びつくように勢い込んだ。


「かわいそうだけど、ほかの二人は殺さなきゃいけない。死体をあの茂みまで運ぶから手伝ってくれ。そのあと、ぼくと一緒に来てもらう。アンセルムまでの間、村での食料や雑貨の調達を、ぼくに代わってやってきて欲しい」


「そ、そんなのお安い御用だが、それだけでいいのか?」


「それでいい。食料は、きみのぶんもぼくが出すし、酒も多少なら買っていい。無事アンセルムに着いたら、そこでお役御免だ。これもその時にあげよう」


 アクセルは小男に、金貨を一枚みせた。小男の喉がゴクリと鳴る。一人であれば、極端な節約をしなくてもひと月暮らせる額だ。


「その代わり、黙って姿を消したり、ぼくのことを話したりしたら……わかってるね?」


「しねえ、神に……いや、この世のすべての酒に誓って、そんなことはしねえよ」


「いや、そんなものに誓ってもらっても困るんだけど、それじゃ契約成立だね。きみの名前は?」


「ゲドだ」


「じゃあゲド、始めようか」


 アクセルは、うつぶせに転がしておいたほかの二人に近づき、そのまま背中から心臓に一度ずつ剣を落とした。二人は意識のないまま、小さく痙攣して動かなくなる。そしてゲドに近づくと、同じような動きで剣を落として縄を切った。両手が自由になったゲドは、失禁しながら震えていた。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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