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王の道と王殺し  作者: 茶虎
序章 王国動乱
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0-4   受けとってしまった言葉(後)

「のんびり話していて時間切れになると困るから、オレがたどり着いた結論を先に言ってしまおう。争いを起こすのは、結局は人の心だ。それも、民ひとりひとりのな」


「きみは、争いが起こるのは民のせいだと?」


「少し違う。民が感じる不平等だ。他者が自分より恵まれている、と感じる心があれば、現状を何とかして変えたいと思うものが出てくる。それが争いの種だ。よく言われる、『争いを引き起こす黒幕』など存在しない。ヤツらは、不公平感という火ダネに油を注ぐだけだ」


「続けてくれる?」


「争いは、不公平がなくなるか、人がそれを感じなくなったときになくなる。現状を変えようとする人間がいなくなるわけだからな。だが、オレごとき矮小な一個人が誰かの不公平を解消しようとすれば、他の誰かが新しく不公平を感じるようになる。争いの種はなくなるどころか、ときには増えてしまう。だから、なくせないんだよ、争いは」


 あれだけ自分に対する自信にあふれていたマキシムが、自分を「矮小」と表現したことにアクセルは驚いた。そして、ここに至ってはじめてマキシムの真の苦しみを共有することが出来たのだ、と悟る。アクセルは、その苦しみを知る努力をしないまま今日を迎えてしまったことを悔やんだ。


「きみは、その中で何が出来るのか、探していたんだね?」


「もがいていただけともいうな。それはまあ、いい。おまえには、ここで終わるオレの代わりに、その答えを探して欲しいんだ」


「ぼくが探して、仮に見つかったとしても意味はないよ。ぼくは王にはなれないし、なるつもりもない。なにせ、このあとすぐ死ぬ覚悟をしていたんだから、生き方自体が決まってない」


「何ごともなければ、その答えをあの世でオレに教えてくれ。だが、おまえが答えらしきものを得て、もしその時シェリルが苦しんでいたら、助けてやってくれ」


「ちょっと待ってくれ。ぼくが次に彼女に会うとしたら、逮捕された犯罪者としてだぞ? 助けようがないじゃないか」


「悪いがそこは工夫してみてほしい。少し時間をおければ、なにか手が見つかるだろう」


「そんな無責任な……」


「頼むよ。あいつは人の上に立つために生まれてきたような女だ。だが、いまのオレから見れば、王の出来ることに夢を見すぎている。絶望であいつが壊れる前に救ってやってくれれば嬉しい。知ってるか? あいつはおまえを女として好きなんだぞ? 父上があんなことにならずに気楽な第三王女のままだったら、おまえと結婚しようとしていたはずだ」


「それは、彼女からどう逃げるかを考えなきゃいけないいま、できれば聞きたくなかった気もするけど」


 少しの軽口を叩いたアクセルは、しかしこれ以上何も言う言葉を持たなかった。親友の苦しみと、自分を廃そうとしている妹になお向ける思いやりに触れた以上、断るという選択肢はない。


「頼めるか?」


「やれるかどうかはわからないけど、やってはみるよ」


 マキシムは、心から安堵したような表情を見せた。




「陛下、廊下に動きが出始めました」


 扉のそばで外の気配をうかがっていたピーターが伝えてきた。


「そうか。それじゃあアクセル、話はここまでだ。ちょっと来てくれ」


 マキシムは、暖炉に隠されている脱出路を開けてみせ、中からの閉じ方をアクセルに教えた。


「さて、あとはおまえがオレを斬るだけだ。ひと思いにやってくれ」


 マキシムは右手に剣を持ったまま、両手を広げた。アクセルは、それを心臓をやれ、ということだと解釈する。


「マキシム、その剣はなんだい?」


「戦って斬られたのに,手ぶらは変だろう? あと、おまえがもたついたりしたら、気が変わって斬りかかるかもしれんぞ?」


 軽口にちょっと口元を緩めたアクセルは、ひとつため息をついて心を閉じた。このさき、少しのためらいがすべてを台無しにしてしまう。それはマキシムのためにも、あってはならないことだ。


「じゃあ、さよなら、マキシム」


「アクセル、おまえと出会えてよかったよ」


 アクセルはひと息にマキシムの心臓を貫いた。一瞬硬直したマキシムの身体は,アクセルが剣を引き抜いて数瞬後、床にくずおれた。


「相変わらずえげつない剣筋ですね、デュバル隊長」


「陛下も痛みをまったく感じなかったんじゃないかな」


 剣の血を払うアクセルの背後から、ピーターとアンドレの屈託のない声がした。アクセルが振り向くと、二人とも笑みを浮かべている。


「きみたちはどうする?」


「あー、じゃあぼくも陛下と一緒で心臓を。デュバル隊長に斬られて死ぬって、最高の死に方ですよ」


「先に逝ったみんなへの自慢話だね。全員心臓、っていうのも変だから、ぼくは首をお願いします」


 殺すものと殺されるものたちの間に優しい空気が流れる。


「ピーター、アンドレ、最後までマキシムをよく守ってくれた。心から感謝する。悪いけど、向こうでもまたマキシムをよろしく頼むよ」


「「光栄であります!」」


 アクセルは目にもとまらぬ速さの剣をピーターの心臓に沈め、引き抜いた剣でそのままアンドレの首を刎ねる。そして、部屋に三人分の返り血を浴びたアクセルが一人残された。


「さて,死にたくても死ねなくなってしまったな。それにしても、ピーターもアンドレも、死に顔が笑顔ってどういうことだよ……」




 アクセルは頭を振って、油断すると蘇ってくるマキシムの部屋の記憶を払い、視線を包囲網の憲兵たちに戻した。


(思い出すのはいつでも出来る。あとでゆっくり三人を悼もう。まずは、ここを突破することに専念しなきゃな)


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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