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王の道と王殺し  作者: 茶虎
序章 王国動乱
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0-3   受けとってしまった言葉(前)

 アクセル・デュバルが第三王女シェリル・パルディの執務室を訪れたとき、パルディーリャ国王マキシム・パルディに対するクーデターは、襲撃側が大きな被害を出して膠着状態となっていた。シェリルは人払いをし、部屋には彼女とアクセルの二人だけとなった。




 マキシムは二人の側近と私室に立て籠もっており、戦いの場こそ絞られていたが、部屋に突入しようとする試みは、ことごとく三人に阻まれている。マキシム・パルディは、剣術に関して幼稚舎入舎以来、アクセル以外にはただの一度も敗れていない。そして、側近の二人はマキシムとアクセル以外にはお互いに黒星をつけあっているだけで、やはりほかのものには敗れたことがないのだ。


 ただ、それだけ武の力に差がありながら、三人は部屋を出て状況を打開しようとしない。救出の可能性がほとんどない状態での籠城に対し、みなはその真意を測りかねていた。




「ぼくが行くよ」


 状況をシェリルから説明されたアクセルは、ひとことそう告げる。


「でも、もともとアクセルは『自分は関わりたくない』と……。だからわたしも無理をお願いはしなかったのよ?」


「そういう段階じゃないみたいだ。とにかく、終わらせなきゃ先に進めないだろう?」


「それはそうだけど……」


「シェリルはこのあとのことを考えて欲しい。今回のことが人々を苦しめる結果にならないように」


「わかったわ」




(マキシム、ひょっとしてきみは、ぼくが行くのを待っているのか?)


 憲兵隊員や顔みしりの近衛第一班員の遺体が点々とする廊下を国王の居室に向かって一歩一歩進みながら、アクセルは国王の胸中を思う。


 マキシムが即位してからの三年間、アクセルが彼の統治に意見を差し挟むことはなかった。国王としての彼のあり方に思うところがないわけではなかったが、アクセルなりに親衛隊長として王家を支えることに専念していた。年かさの隊員のように人脈もキャリアも十分ではないアクセルにとって、それは彼の持つすべての時間を費やしても足りないほどの激務であったが、いま、アクセルの中には、自分がマキシムともっと話す時間を取っていれば事態は変わったのか、という答のない問いが渦巻いている。




 扉が開けっ放しの国王居室の前にアクセルが姿を見せると、構えをとっていた側近の二人、ピーター・ウィギンスとアンドレ・バルテルが身体から力を抜き、部屋の奥を見る。


「陛下、デュバル隊長です」


 やはりそうか、と思いながら、アクセルは部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。


「アクセル、待っていたよ。遅かったから、ずいぶん人を斬る羽目になった。親衛隊も憲兵隊も再編成が必要だな」


 アクセルの仕える主君であり、十年以上にわたり親友であり続けたマキシム・パルディは、生と死の狭間に立ち続けているとは思えない、落ちついた笑顔でアクセルを迎えた。


「マキシム、話があるなら聞くよ?」


 アクセルは、自分がマキシムのもとを訪れた目的を告げる。だが、マキシムは首を横に振った。


「人生の最後におまえとじっくり話したいのは事実だが、残念ながら時間はそう残されていないだろう。ピーターもアンドレも、元気そうにしているが限界が近い。オレもいささか疲れた。次のひと波をこらえられるかどうか、ってところだ。おまえだって、いままで知らんふりを決め込んでおきながら、今さらオレを投降させようとしてわざわざここまできたわけじゃあるまい?」


 アクセルは二人の側近に視線を送る。笑顔を浮かべてはいるが、傷もかなり負っているのが見て取れた。二人は高等学院でアクセルとマキシムのひとつ下だったものたちだ。どちらも並外れた剣才を持ち、かつて、それを証明すべくアクセルに挑んできた。アクセルは二人を完封して見せ、以後、二人は自称アクセルの弟子として彼につきまとい、着実に力を伸ばし、マキシムが即位してまもなく、アクセルの推薦でマキシムの護衛の任についている。


 マキシムの反応は、ある意味でアクセルの想像通りのものだった。そして、あまりにもまっすぐにアクセルの胸中を言いあてる言葉に、彼は苦笑を返すしかなかった。


「わかった。まわりくどいことは抜きだ。ただ、あの様子だと、しばらくは次の攻め手は出ない。もう少し時間はある。はっきりと『ぼくが行く』と言ってきたから、少し様子は見るだろうしね。マキシム、きみはぼくになにをして欲しいんだ?」


「やはりおまえは話が早い。ではアクセル、最初に確認したい。おまえはここでオレたち三人を斬って、そのあと自分がどうなるか、わかっているか?」


「ジベットがぼくを拘束して、シェリルがぼくを死刑台に送る」


 アクセルは、自分がシェリルの部屋に顔を出したとき、少しだけ彼女がつらそうな表情をしたのを見た。その意味を、彼はそう解釈している。


「それがわかっているならいい。おまえは予定どおりここでオレたち三人を斬れ。シェリルがコトを起こしたときからそのつもりだったし、抵抗するつもりもないから、それはすぐにすむ。そうしたら、おまえはここから脱出しろ。その暖炉の裏に、いわゆる秘密の通路がある」


 アクセルがピーターたちの方を見やると、ふたりは頷いてみせる。


「なぜ脱出するんだい? ぼくは約束どおり、きみより少しだけ長く生きるわけだし、シェリルにあとを任せておとなしく拘束されようと思っていたんだけど?」


「覚悟が決まっていたところ、すまないな。個人的な頼みがあるんだ」


 個人的な、というところにアクセルは少し引っかかりを感じたが、マキシムの話の腰を折ることを避け、先をうながす。


「オレが争いのない国を作りたい、と言っていたのは覚えているか?」


「もちろん」


「では、しきりにそう言っていたオレが、王になったあと、国内の抗争に何も手を打たなかったことを、おまえも疑問に思っていただろう? あれは、なにもしなかったのではなく、なにもできなかったのだ」





「意味がよくわからない。ぼくから見ても、やれることはいくらもあったように思えたのだけど?」


「高等学院を卒業して、父上を助けながら為政者の立場から初めて国を見て、オレは、争いというものは『なくなるかもしれないが、なくすことはできない』ものだ、ということに気づいた。そして、オレは身動きが取れなくなった」


 アクセルはマキシムの言葉の真意を測りかねていたが、あえてその言葉を遮ることはしなかった。


(とにかくいまは、少しでもマキシムの言葉を聞こう。いま聞かなければ、二度と聞くことはないのだから)


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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