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王の道と王殺し  作者: 茶虎
序章 王国動乱
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0-1   窮地

「デュバル、いや、デュバル近衛騎士団親衛隊長、抵抗せずに投降してくれないか。そうすれば決して悪いようにはならない。きみの王家への貢献はだれもが知っている。すべてが君の責任だと思っているものもいない。もちろん公職にとどまることは許されないだろうが、胸を張って次の人生を歩めるように取りはからわれるはずだ」


(まだぼくは親衛隊長のままなのか。わかりやすいといえばわかりやすい)


 アクセル・デュバルは茂みの中で気配を消しながら、呼びかけてくるボウマン憲兵隊副長の声をほろ苦い思いで聞いていた。




 王暦二百十六年、パルディーリャ王国は静かな政変のまっただ中にあった。国内で頻発する部族抗争になんら対策を講じない国王マキシム・パルディに対する不満が高まり、国体の維持に深刻な不安を感じた第三王女シェリル・パルディは、王宮内の要路をまとめ上げ、密かにマキシムを廃することを決断したのである。


 有力貴族の介入を極力回避するために、すべてを王宮の王の居室周辺のみで完結させるべく、シェリルは厳しく情報を管理していた。そのため、クーデターの実力行使を担当するのは近衛騎士団長直属の第一班と憲兵隊長直属の憲兵第一部だけとなり、最終局面でマキシムとその側近二人の圧倒的な武力の前に計画は頓挫寸前まで追い込まれてしまった。


 この段階で、それまで頑なに計画への関与を拒んでいた親衛隊長のアクセル・デュバルが、突如として単身マキシムのもとに向かい、激闘の末に側近二人とマキシムを斬殺し、そのまま姿を消した。


 マキシムの居室から隠し通路を通って王城外に出たと思われるデュバルに対し、状況の確認及び情報の保全のため、シェリル王女とその側近は彼の身柄の確保を、憲兵隊副長ボウマンとその直属の第二部に命じた。直接事情を知らないボウマンには、デュバル親衛隊長が騎士団内急進派とともに起こしたクーデターであると説明された。


 そして、まもなく夜が明ける。




(おそらく、ボウマン副長は本気でぼくを救えると思っている。ジベット憲兵隊長でなく彼がぼくの逮捕の指揮を執ることになったのも、それをぼくに信じさせるためだろう。ジベットが同じことを言ったとしても、信じる人間は誰もいないからな)


 アクセルは、王宮でしばしば顔を合わせていたボウマン副長を嫌いではなかった。実直な彼はときに融通が利かないこともあったが、難航しがちな親衛隊と憲兵組織の調整にも誠実にとりくみ、憲兵隊の行動にできるだけ親衛隊の意向を反映させてくれていた。いっぽうで、腹に一物も二物も抱えているジベットの相手も、ストレスを溜めながらも粘り強くつとめている。本来ならばもっとも信頼できる相手のひとりだ。


 一方、モーリス・ジベットは、ある意味で「憲兵になるために生まれてきたような男」だった。決して「ルールに外れたことが嫌い」なわけではなく、それが仕事だから、という理由で、あらゆる手段を使ってアラを探し出し、ときにはより大きなアラを暴き立てるために火のないところに煙を立てる。彼を嫌っていない人間も、彼に逆らえる人間も、どちらもそう多くない。




(ボウマン副長が本気でそう信じているということは、ジベットだけでなくジベットと距離をおいている誰かが同じことを言っている、ということだ。まず間違いなく、それはシェリルだろう)


 第三王女のシェリル・パルディは、王立幼稚舎でも高等学院でもアクセルの二学年下だった。彼女は王家の善意の象徴であり、また、黙っていても自然と周囲に人が集まる圧倒的なカリスマも備えている。陰険なやり方を好むジベットとは水と油のような存在であり、実際にことあるごとに衝突していた。


 学生時代、アクセルは四人の仲間と長い時間を共にした。彼が生まれ育ったパルディーリャ王国王太子のマキシム、隣国フルム帝国の第一王女クリスティーナ・フルム、クリスティーナの護衛で同学年に籍をおくルビエラ・デュモン、そしてマキシムの妹のシェリルだ。男爵家の次男であるアクセルには本来は縁遠い顔ぶれであったが,幼稚舎時代にマキシムが、剣術で彼を完膚なきまでに打ち破ったアクセルを何故か気に入ってしまった結果、高等学院卒業までズルズルとその関係は続いたのである。


 学生のときのシェリルは、才色兼備でありながらそれを表面に出さずに周囲と同じ目線で人と接する気配り、非常に公平な価値観、王族にはふさわしくないほどのまわりの空気の読み方で、学生にも教官にも絶大な人気と支持を得ていた。その知見とカリスマは卒業後も不断の進化を遂げている。アクセルもシェリルには信頼と少しの好意を寄せていたし、シェリルも決して身分の高くないアクセルを、兄の親友として王族の立場を越えて遇していた。


 卒業後はさすがにそれまでのように近しく接することはなくなったが、二年前にアクセルが二十歳という若さで親衛隊長となってからは、少し以前のような距離感が戻ってきていた。そして、若き親衛隊長を強引に誕生させて二人を再び近づけたのは,先王の突然の崩御で三年前に王位を継いだマキシムであった。




(ジベットもシェリルも、マキシムをこの手にかけたぼくを生かしておく気なんかさらさらない、っていうことだ。ぼくが親衛隊長の肩書きを失っていないのも、つまりは「現職の親衛隊長を処刑する」ためだろうな)


 短くないシェリルとの交流の中で彼女についてアクセルが気づいていることがあった。シェリルは感情と理性を分けることにけている。どれだけ感情に翻弄される状況になったとしても、それが理性のはじき出す結論にみじんも影響を与えない。「人の上に立つための才能」をさまざまな機会にかいま見せていたシェリルであったが、その中でも極めつけの才能であり、もっとも哀しいさがだった。


 アクセルは、シェリルが自分を嫌っていないはずだと思っている。できることなら助けたい、生き延びて欲しいと願っているだろうとも思う。だが、「突然に王を失って残された王族のひとり」として導き出すべき結論は、その気持ちとは相容れないはずで、シェリルはそのあるべき結論を拒まないということを、彼は確信している。王を手にかけたものに厳罰を、という当然の因果のためだけでなく、その後の王位継承をスムーズに行うためにも、親衛隊長アクセル・デュバルを助命するという選択肢はありえないのだ。




(マキシムとの約束も結果として果たしてしまったし、この首でシェリルがあとをうまくやれるなら、それでもいいかもしれない、と思っていたんだが……)


 たえずボウマンの部隊の配置に目を配りながら、アクセルは頭の片隅で、高等学院の卒業を間近に控えたあの日に意識を飛ばしていた。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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