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黒い音楽教室  作者: marron
18/20

18■プレッシャーを感じる楽器

高校から現在に至るまで。


私は音楽高校にビリっかすで入学した。

蚊とフクロウを足して2で割ったような、絶妙にか細い声で歌っていた私は、下手くそだった。

よくもまあビリとはいえ、音高に入学できたものだ。


そんな私は、憧れている友だちがいた。

声楽科でトップ入学をしたМちゃんだ。Мちゃんはなんでもできた。すばらしく声が美しく、高校生なのに大人のようだった。

高校時代にコンクールに出ていたのも彼女だけだったし、結果も出していた。

そう、彼女の声は完成していた。


高校時代は文句なしの1番だった彼女は、大学時代は、それなりに上手い部類の人だった。外部から受験してきた人の方が上手いのは仕方がない。その中でも決して埋もれてはいなかった。

ところが、彼女は大学院の試験を受けなかった。


その後、オペラ団体の研究生になったとき、彼女も同じクラスになった。

Mちゃんは苦労していた。すぐに声帯を痛めてしまうのだ。

それも決まって、公演前。

「喉、壊しちゃったから、次の公演出られない」と言うMちゃん。


やる気はあるのだ。

歌いたいと思っている。

それなのに、喉は痛む。やろうとすればするほど、彼女の声帯は痛んだ。どうしてもどこかで力んでしまうのだろう。


Mちゃんは本当に素晴らしい声をしている。

それなのに、

歌いたいのに歌えない。

声帯はデリケートなのだ。


素晴らしい声を開花させた彼女は、その声を維持するためのプレッシャーに喉を傷めた。

私たちの身体は楽器。

プレッシャーを感じる楽器。

どんなに歌いたくても、楽器が心と繋がっている。ごまかしは利かない。



今なら彼女のプレッシャーがわかる。

なぜなら、私も同じように歌えなくなったのだ。


私は目に持病がある。

数年前、その病気が悪化し具合の悪い日が続いた。

いつか見えなくなる日が来る。そう言われて生きてきたのだ。

暗闇の中で生きて行くことを考えると恐ろしくてたまらなかった。

このまま失明してしまうのだろうかと心細い日々で、歌など歌う気にはなれなかった。


結果的に失明はせず、今も私の目は光りを見せてくれるけれど、しばらくの間歌うことをしていなかった私の歌う筋肉は明らかに衰えた。

今までのように歌えなくなり、早く元に戻したいと焦るとさらに歌えなくなる。

そのうち、練習をしていても息が吸えず、喉が締め付けられるようになった。


元のように歌えなければ。

焦れば焦るほど、歌えなくなった。

プレッシャーに押しつぶされるように、私の喉も押しつぶされ、いつしか歌うことを止めた。


過去の栄光を知っているだけに、歌えない自分は惨めだった。


1人だったらきっと立ち直れなかっただろう。

もう二度と歌わなかったと思う。それほどまでに私は落ちていた。

だけど、私には歌だけが全てではなかった。

葛藤の中、しばらくの間、歌から離れ、色々なことを知り、

そしてプライドを捨てた。


目が見える間は歌いたい。

どんな声でも、楽しく歌いたい。

ただそれだけで、私は今も歌っている。




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