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黒い音楽教室  作者: marron
12/20

12■義務を果たさなかったこと

ピアノの先生になってわりと初期のころの話し。

まとまりなく、長くなってしまいました。



モンペというのは、たいてい学校や先生の方を向いていることが多い。そのため学校や先生は非常に苦労するのである。

しかし、過去にそのモンスターぶりが子どもに向いている人がいた。

子どもを自慢したい、のかな。とにかく、子どもはその親の言いなりになるしかなかったのだ。



ある有名私立小学校に通う生徒さんで、どういう伝手だか忘れたけれど、私に習うことになった子がいた。(留学経験があり演奏家として活動しているという条件でピアノの先生を探していたらしい)

お金持ちで、レッスン代も向こうが決めて、相場よりずっと高くいただけることになっていた。

当然ウチに来るのではなく、私が出張するレッスンである。

出張レッスンの場合は、電車代(タクシー代)や移動時間分も計算してさらにお給料がもらえる。


お金に不自由はしていないそのお宅では、ピアノの先生に払うお金など微々たるものなのかもしれないが、若かった私にはかなりの上客であった。


しかし、お稽古に伺ってすぐに困るはめになった。

全然弾かないのだ。

有名私立小学校の生徒ならば、お受験もしているし、大人の言うことを聞くことができるだろう。

しかし、その子は弾かなかった。頑なに、ピアノを弾こうとしなかった。


「あのさあ、ピアノの音がしないと、弾いてないのがバレちゃうから、少しでも弾こうよ」

という、悪い先生の私。

「弾きたくない。先生弾いてよ」

なんでだ・・・仕方がないので、リクエストに応える形で、その子の聞きたい曲を弾いてあげることに。

私が弾くことで、興味を持って弾きたくなる子というのはいる。

だから、最初のうちはそうやって、弾いてあげていた。


しかしお稽古も4,5回目になると、そろそろ弾いてもらわなければ、何だかわからない。

私がピアノを弾く30分間で、あんなにお金をもらうわけにはいかないのだ。

「今日は自分で弾いてくれ」

と言ったところ、その子は非常に困った顔をした。しかし、私の言い分や決意などもわかったのだろう。

今までついていた先生のところで弾いていた曲の次の曲を弾いてくれた。

つまり、習っていない曲だ。


ちゃんと弾けていた。

「え、上手いじゃない」

「うん、練習はするから」

親の目があるから、練習はさせられるらしい。弾けないわけにはいかないようだ。

賢く、よく出来る子なのだ。


でももう弾きたくないと言う。

「先生、ボクが弾かないから、先生を辞めますってウチの親に言って」

と言ってきた。

そんなにピアノが嫌いかい。

あんなにちゃんと弾けるのに。


聞けば、今まで何人かピアノの先生が変わっているらしい。それは、その子がピアノを弾かないという理由で、先生を変えさせられたとのことだ。

自分が弾きたくないのを、先生のせいにしないで、自分のせいにしても良いから、ピアノをやめたい。

そんなに言うなら、ご両親に言うか。


ピアノが嫌なのに無理に弾いてもらおうとは思わない。私は生徒さんの言うとおりにした。

「申し訳ありませんが、私にはお子さんにピアノを教える技量がありませんでした」

と言って、お断りしたのだった。



ところが話はそれで終わりではなかった。

なんと2か月後に、連絡が来たのだ。

「ウチの子がマロン先生じゃないとピアノをやりたくないと言うんです」

と、あの子の親からの連絡だった。


だって、君がピアノは弾きたくないって言ったんじゃん!

どういうこと?仕方がない、断るつもりでこう言った。

「今は出張レッスンできる時間がありませんので、申し訳ありませんがお断りいたします」

「出張でなければ良いですか?空いている時間があれば通わせます」

とまで言われた。


えー・・・困ったなあ。

その子は確か、塾や水泳やダンスを習っていたはずだ。忙しいはずで、出張レッスンの時間を決めるのも、向こうから一方的に言われたのだったが。それならば、と無理そうな時間をひと枠だけ告げた。

「その時間にお伺いします」

すぐにピアノを続けることが決まってしまった。


そんなにピアノを習わせたいの?どうしてかわからなかった。


次の週から、その子はウチに通うことになった。

しかしやはり、ピアノは弾かなかった。

私たちはたくさんお話をした。その子が両親をどう思っているのか、ピアノをどう思っているのか。自分のこと、家族のこと、学校や習い事のこと。


悩みでいっぱいだった。


両親の期待が大きくて、何もかも両親の言うとおりにしなければならず、苦しくてたまらないと泣いた。

ピアノは決して嫌いじゃないけれど、せめての反抗として、お稽古でピアノを弾かないと心に決めていたのだそうだ。

親の見栄で習わされるピアノ。さぞや窮屈だろう。

それでも家では練習しているのだ。なんて健気なんだろうか。

ピアノの先生の方からやめさせるように仕向けて、なんとか反抗しているというのに。


夕方の遅い時間、お迎えに来るお母さんに

「最後の枠で遅くなりますので、お迎えはもう少しゆっくり来ていただけると助かります」

と伝え、予定より30分遅く来てもらうことになった。

これで、レッスン時間は1時間。


その間、私たちは心ゆくまでお喋りをした。それから、時には生徒さん一人で漫画を読みふけったり、自由に過ごしてもらった。

そしてお母さんが迎えに来る5分前になったら、一曲ピアノを弾いてもらう。特に教えはしなかった。


私はピアノの先生としての義務を果たさなかった。




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