10■努力とプリン
大学院入試の時の話し
試験は水物、と私たちは言う。
実力があろうとも、試験当日に実力が出せないこともわりとあるものだ。反対に、たいした実力はないものの、当日の集中力で乗り切って良い演技ができる人もいる。
まさに、私は後者。
そして、その実力というのは、努力しなければ得られない。
勿論、才能で全てをカバーできる人もいるけれど、ある程度は努力を要する。
実力も運も努力も、全てがないまぜになって「試験は水物」なのだ。
実は、私は大学院の試験である人に負けていたらしい。
同門の友だちで、院試前に急に上手くなった彼女のほうが、明らかに私よりもうまかった。
彼女は試験が近づいたころ風邪をひいた。喉が痛いため、喉に負担がかからないように気を付けて歌うようにしたところ、適度に力が抜けて、良い歌い方ができるようになったのだ。入試直前でいきなり本当に上手くなった。
しかし受からなかった。彼女は声楽実技以外の科目でことごとく合格ラインに入らなかったのだ。
上手いから受かるわけではない。
試験は水物。
その水の中で、私はスルリと院に滑り込んだ。
ところで、同門の他の友だちで「努力の天才」と言うほど、努力をする子がいた。
彼女は誰が見ても、文句なしに努力の人だ。
だけど、彼女は受からなかった。なぜなら、彼女は小柄で細くて、声も小さかったから。
大学では通用しても、その上を目指す大学院には入れなかったのだ。
試験結果発表の日、彼女は泣いた。
先生に言われたことを忠実に行い、全てを歌のために費やし、練習にささげたのに、落ちたのだ。
あれだけ誰よりも努力したのに、落ちて泣いた。
その彼女の努力を
「あなたは誰よりも努力しているわ」
と、X先生がプリンを焼いて慰めていた。
先生に認められるほどの努力家。
努力も才能のうちである。
それでも、受からないこともあるのだ。
これから先、もし大学院入試がうまくいっても、コンクールを受けたり、オーディションを受けたり、いくらでも“テスト”はついてまわる。
努力をすれば必ず受かるというわけではない。
そんなことを彼女は身を持って教えてくれた。
あなたの努力は無駄ではないよ。きっと、これから先の人生に生かされるから。
そんなことを言う気はない。
同じ試験で戦った好敵手である彼女に、勝ったのは私だ。
だから、私は私にできることをする。
「出られない人に失礼にならないようにしっかり歌いなさい」
Y先生の教えの通り、これからも彼女に失礼にならないように、頑張る。
それが、私が彼女にしてあげられる酬いだと思う。
水物で勝ち取った勝利でも、誠意を尽くして歌い続ける。きっと彼女は私を見ているだろう。
彼女に失礼にならないように、認められるように努力しなければ、彼女は酬いられない。