試練
突如、物凄い音が鳴った。
「赤き地の底より蘇りし炎よ、煉獄の灯火を我が前に示せ…… ”煉獄の竜騎士”」
ノーマがそう唱えた瞬間、恐ろしく大きな魔法陣が展開された。
と、思った瞬間。魔法陣が激しく燃え始める。
「……さぁ、試練の時間だ。見事乗り越えて王たる器を示してくれよ、天月ミコト」
魔法陣が燃え終わったかと思うとそこには、赤い竜騎士が立っていた。
「まじかよ……こんな奴に勝てっていうのか……」
ミコトの目に映るのは、炎の結界。それはただの障壁よりタチの悪い、触れれば一瞬で燃やしつくすほどの結界だった。
「……いいぜ、ノーマ。お前の試練受けて立ってやるよ。その代わり俺が勝ったら地上に戻してもらう」
「……ほう、力を望まぬか。しかし、それは勝てた時の話だがな。ゆけ……」
先に動いたのは竜騎士だった。持っている双剣を振るう。するとその剣から猛烈な勢いの炎が繰り出された。
「ああ、一応言っておくがそいつの炎は軽く千度を超えるからな。一発でも当たれば確実にあの世行きだと思え」
「……おいおい、あんまり不条理すぎだろ」
「なに、王たる器になら大した相手でもなかろう……」
「……王になるとは言ってないんだがな……」
だが間違いなく、倒さなければ殺されるのみだ。腹を括ってミコトも銃を抜いた。
竜騎士は今度は接近してきた。さすがにこのレベルの相手にクロスレンジでの勝負は分が悪い。距離をとろうと後ろへ飛ぶ。
だがここで不可思議なことが起きる。竜騎士の姿が歪んだのだ。
と、次の瞬間。離していたはずの距離がまた一瞬で詰まっていた。そして竜騎士の剣が振り下ろされる。
「くっ! ”破砕” !」
ミコトは詰まった空間に爆発を起こす。だがこれは攻撃のためではなかった、爆風で強引に自分を後ろに飛ばしたのだ。当然ミコト自身もダメージを負う。
「……陽炎にはまって危うく殺されるところだったぞ」
気を抜けないどころか攻める手立てすら見当たらない。氷や水を使ったところで、あの熱で一瞬で蒸発してしまうだろう。攻めるにしても普通の手ではまず間違えなくあの炎の結界に阻まれる。正直手詰まり状態だった。
「とりあえず可能性を潰していくか……」
まずミコトが解放したのは風属性の初級魔法、”ウィンドバリア” だ。
これで多少の炎なら逸らすことが出来るだろう。だが言ってしまえば、その程度でしかない。この圧倒的な炎の前には微々たる力でしかない、だがないよりは数十倍マシだった。
「 ”装填” 《インペリアルシェイド》」
「ほう……その魔法をその速度で扱うか、面白い。しかし、その程度では王たる器にはまだ程遠い」
「……だから、王とかどうでもいいって言ってるのにな……」
呆れ混じりにそういうがそんな余裕をできるほど今の状況は甘くなかった。
ミコトの放った《インペリアルシェイド》の銃弾は、予想通りに竜騎士に阻まれる。
……だが、ミコトが狙っていたのは別のことだった。
《インペリアルシェイド》はミコトが昔、亜夜の部屋で盗み見た本に書いてあった闇属性の禁呪である。対象の次元空間ごと喰らい尽くすそれは、ミコトの狙い通りに竜騎士の障壁にまとわりつく炎を喰らい尽くした。
「これである程度まともには戦えるようになったかな……」
「考えたな、よもや炎そのものを飲み込もうとは……面白い、もっと見せてみろ天月ミコト」
「いや、今のでだいぶ……ぐっ!」
ボロボロの体で禁忌を使ったミコトはもはや限界に近い。魔力は無いに等しいだろう。だがそれでも諦めない、約束した人がいて、帰るべき場所がある。こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
「しぶといな……いや、そうでなくては困る」
「……あいにく約束があるもんでね、俺自身も死ぬわけにはいかないんだ」
「そうか……ならば絶望に染まってもらおう」
その瞬間、世界が揺れた。否、世界ではなく揺れたのはミコトの視界である。
「うぁぁぁぁぁぁ!!」
「どうだ脳が焼けるという気分は? 存外悪いものでも無いだろう?」
「はぁ、はぁ……悪く、ないか……そうだな、あいつに泣かれるよりは数千倍マシだよ」
脳裏にシズカの顔が浮かんだ。まだ終われない。ミレイに帰ってくると誓った、カナミと必ず生きて帰ると誓った、シズカに絶対に一人にしないと誓った、だからまだ死ぬことは許されない。
「まだまだ、ここからだろう? ノーマ?」
「ふん、さっきよりはマシな顔つきになった。ではここからはダンスの時間だ、せいぜい踏み外さないことだな」
竜騎士の動きが今までとは打って変わる。まるで舞踏のように無駄のないステップ。それと共に双剣から連撃が繰り出される。紙一重で避け続けるが、追い詰められているのは間違いなくミコトだった。
(まずいな……完全に追い詰められた。体術で捌けないこともないだろうが、ジリ貧は確定だろうな)
と、竜騎士の動きがまた変化する。動きが急激に加速し同時に剣も速くなる。
だがそれ以上にミコトを追い詰めていたのはさっきも危うく騙されかけた陽炎だった。
「まさか ”煉獄の竜騎士” の炎が結界のみだと思ったのか? 残念ながらそいつの体自体、炎で出来ている。直接触れれば骨まで溶けるぞ」
「……なあ、ノーマ。お前はどうやってこいつに勝てって言ってるんだ?」
「さあな、私は私の思うがままにやっているからな。第一、これは私とお前の戦いだ。敵に教えを請うようではまだまだだな……」
その瞬間、ミコトの足元から何かが噴き上がる。とっさに避けるが少し掠ってしまう。
「なっ! これはお前の仕業かノーマ!?」
「違うな、それはそいつの ”魔法” だよ。といってもお前たちのそれとは別次元の物だがな」
「どういうことだ!?」
「まあ、よく見てみろ……」
竜騎士を見ると確かに何かをしているようだった。しかしそれは人間のそれとはかけ離れたまさに別次元の物だった。
「詠唱をしていない!? どうなってる……」
「言っただろう、別次元だと。あいつは魔法陣そのものを体に刻印しそれを起動するだけで魔法を行使しているのさ。刻印型の魔法は人間には不可能な技術だからな」
魔法とはそもそも何かを媒介にして発動するのが前提である。ミコトの《震通》などは一瞬で魔力を腕に込めるだけだが、それでも負荷は尋常ではない。だがそれの上を行くのが刻印型の魔法だ。これは人間がやれば間違えなく死ぬ。というよりも刻印した瞬間に体が拒絶反応を起こすのだ。その結果精神が死に至り、やがては肉体までも死んでしまうのだ。
しかし、この相手は人間ではなく魔力の塊のようなものだ。魔力が尽きることもなければ、その魔力を削り取ることすら不可能に近いだろう。
「……万策尽きた、か……」
「諦めるのか? ……つまらんな」
ノーマは遊びに飽きたかのように言い放った。ミコトも諦めたかのように立ち尽くす。
しかし、ミコトの中に一つの言葉が蘇る。
「……なあノーマ、これは俺と ”お前” の戦いで間違いないんだよな?」
「そうだが? それがどうした、命乞いは無駄だぞ。私がそいつを動かしているわけではないからな」
「じゃあ……そいつの魔力はどこから供給されてるんだ?」
「それは無論、わた……まさかお前!?」
「ご名答」
ミコトは竜騎士にではなくノーマ本人に向かって駆け出した。
最初に疑ったのは竜騎士の無尽蔵な魔力量だった。刻印型であろうと魔力の消費量は変わらない。刻印型はあくまで詠唱の行程をなくすものである。それなのに、あれだけの魔法を使ったにもかかわらず魔力が尽きる様子すらない。だが、それの供給源がいるとなれば話は別だ。ノーマほどの人物ならそれだけの魔力を持っていてもおかしくはない。つまり供給源さえ止めてしまえば竜騎士自体も止めることができる。
「そもそも、最初からこの勝負イーブンじゃないよな。お前を止めない限り絶対に勝てないだろ……」
「……ようやくそれに気づいたか。だが、遅い……」
ミコトがノーマのクロスレンジに入ろうとした瞬間、ノーマが炎に包まれた。
「なにっ!?」
「……さあ、第二回戦の開始だ」
炎の中から現れたノーマは、竜騎士の鎧をまとっていた。
「ここからの相手は私だ、楽しませてくれよ」
ノーマが双剣を構え斬りかかってきた。
その剣戟は見惚れるほどに美しく、思わずに見とれそうになってしまう。だが気を抜けばその千度を超える剣に燃やし尽くされてしまうだろう。
「……私に惚れたか?」
「ああ、殺される立場じゃなけりゃな」
「ふっ、お前の熱い視線に燃やされてしまいそうだよ……」
「そうか、よっ!」
ミコトはその連撃を初めて受け止めた。持っている ”銃” によって。
「……やっぱりな」
「やっと気づいたか、その ”銃” の特性に」
「この銃は、万物に干渉されないんだな」
こう言ったものの、正直一か八かの賭けであった。ノーマはこの銃が《資格》でありノーマ達の王たる者が持つ物でもあると言った。つまり、ノーマでもその銃は破壊することはできない、と考えたのだ。そしてその賭けにミコトは見事に勝った。
「まあ、半分正解っていったところかな……」
「何が正解で何が間違っているんだ?」
「その銃は使用者の魔法と、 ”ある物” 以外のあらゆる干渉を一切受け付けない」
「 ”ある物” ?」
その瞬間、形勢が元に戻った。
ミコトとノーマの間に魔法陣が出現する。それはノーマが唱えた魔法だった。ミコトは回避しようとしたがもはや間に合わない。
ゼロ距離で魔法をくらったミコトは大きく吹き飛ばされた。
「それは私達、”星天十二界の魔法” だよ」
吹き飛ばされたミコトはなんとか受け身はとったものの立ち上がれない。もとより怪我をした体で今まで戦い続けていたのだ。
「威力は落としておいたのにもう終わりか? せっかく《魔装》まで見せてやったのに、つまらんな……」
「ぐっ……冗談じゃないぞその威力、禁忌級を詠唱なしでとかありかよ」
「愚痴はあの世でゆっくり語るがいい。お前には王たる資質がなかったということさ」
思わず笑ってしまう。なりたくもない王の試練をやらされ、あまつさえ殺されるのだ。誰がこんな運命を望むだろうか。
(俺はただ、静かにあの学園で生活できればそれでよかったのに、な……)
シズカと離れ離れになったあの日からあらゆる戦闘技術を学び、 ”霧影” にまで入隊した。血なまぐさい生活をしてでも手に入れたかったのは…… ”力” だった。
(そうだ……俺は、 ”力” を求めいていたんだ)
「……まだだ、俺は……俺は ”力” を手に入れて大切なものを守るんだっ!! ”装填” 《アクアミステリアス》」
ミコトが霧散して消える。だがノーマは微動だにしていなかった。
「それで欺いたつもりか? 甘いな。……浄化をもたらす聖なる焔よ、穢れと共に全てを消し飛ばせ《ホーリーフレア》」
部屋一面に穢れを焼き払うように炎が撒き散らされる。満遍なく部屋一面を焼き払った炎はおよそ二十秒ほど燃え続けた後、ノーマが指を鳴らすと同時に消えた。
「……終わり、か……退屈しのぎにはなったな」
残念そうにノーマがつぶやき武装を解除しようとした、その瞬間、
「……誰が終わったって?」
「なにっ!?」
ミコトがノーマの真後ろに出現した。そしてその銃口がノーマに突きつけられる。
「くっ…… ”爆ぜろ”」
瞬間、ミコトが爆発する。だが……ミコトは先ほどと同じように霧散した。
「偽物か!」
「……こっちが本物だよ」
激しい衝撃がノーマを襲う。さっきまでとは打って変わってノーマが吹き飛ばされる。
「女性に魔法を撃つのも気がひけるんだがな、あいにくそうも言っていられないだろう」
「私を女性扱いか? なかなかに見所のあるやつだ。だがその甘さは命取りだぞ」
ミコトは照準をノーマに定めたまま距離を詰める。
「……面白い、では私も全力を出すとしよう。”炎帝の聖鎧”解放……」
ノーマの竜騎士の武装が解けたかと思うと、炎に包まれてしまう。
そして炎が燃え尽きた。中から出てきたのは、戦乙女の装備をしたノーマだった。
「私の正装だ。堅苦しくて嫌いなのだが、お前の冥土の土産には十分過ぎるだろう」
「見せてもらってなんだが、俺に払えるものはないぜ。あいにく命は渡せないんでな」
「ならばせいぜい私を楽しませろ」
決戦の火蓋が切って落とされた。
最初に仕掛けたのはミコトだ。
「 ”装填” 《ヴォルテックス》《フリーズランス》」
ノーマは避けなかった。その代わり持っている盾で銃弾を受ける。
が、弾は当たるのではなく盾に ”吸収” された。
「っつ!?」
「《聖殿の盾》さ。この ”炎帝の聖鎧” は攻防一体の完璧な装備、無駄を削ぎ落とし戦闘に特化したものになっている。……では、私からの返礼だ《狂乱の炎舞》」
「やばっ…… ”装填” 、ぐっ!」
ミコトの魔力が尽きた。思わず膝をついてしまうがノーマの攻撃は止まらない。
容赦のない炎の剣がミコトを切り裂いた。
「安心しろ、溶かすまでの熱は出してはいない。まあ火傷以上には痛いがな」
「そんなの、ありかよ……」
「これで、本当に終わりだな……」
ノーマがミコトに剣を突きつける。
ミコトの血で染まった体はノーマの ”炎帝の聖鎧” と同じくらい真っ赤であった。熱により皮膚も赤くなり一部はただれていた。
(本当に終わったな……)
『本当にそうか?』
突如ミコトの頭に声が響いた。それは重みのある男の声。
『お前は諦めているだけじゃないのか?』
(俺は……負けたんだ。諦めたんじゃない)
『ならば、ここで果てるか?』
(それが、運命だろう? 残念なことに俺にはこの状況を変えるだけの力はない)
限界などとうに超えていた。魔力も尽き、体力も尽き、たった今気力も尽きた。あるのは ”無” のみ。
『……力が欲しいか?』
(ああ、欲しいね。俺の大切なものを守れるだけの強さが……)
『代償を払ってでも力を望むか?』
(命以外の物ならなんでもくれてやるよ)
『……了解した。ではお前に力をくれてやろう。何者にも負けない、絶対の力をな』
(……俺は何を差し出せばいい?)
『求めるは…… ”神” の死だ』
(ふっ……いいぜ、乗った)
『理由は聞かぬのか?』
(理由なんて殺した後に知ればいい、そうだろう?)
『……面白い、面白いぞ。よしお前に ”力” を託そう、せいぜい無駄にしてくれるなよ……』
(ああ、神であろうとなんであろうと、俺の大切な物を傷つけようとするなら殺す)
『ああ、それでいい。我はは星天十二界を統べる者、名はヴァン・エドワーズ。お前は?』
(天月ミコトだ……)
『ミコト……星天十二界全ての女王を従え ”神殺し” を成し遂げて見せよ!!』
(ああ、いいぜ!!)
二丁の銃が激しく光り始める。
「この輝きは、まさか!……」
光はやがてミコトを包み込み、そして段々収まっていく。
そして完全に光が収まった時、傷ひとつないミコトがそこに立っていた。
「……仕切り直しだな」
「あいつに力を貰ったか……だが、そうでなくてはな」
ノーマが動き出した。先ほどとは比べものにならない程速い。
「……天に捧げし炎紅の焔、我が剣となりて戦華を撒き散らせ《朧火》」
大量の炎の剣がノーマの周りに展開される。そして全弾同時に発射された。全ての軌道が不規則で全方位からミコトに迫る。
だが、ミコトは避けず二丁の銃を構えた。
「…… ”舞踏” 」
踊るように、弾を恐ろしい速度で撃ち出す。そしてそれが一発一発剣を撃ち落としていった。
全弾撃ち落とすと今度はミコトが動き出す。
「 ”最大装填” 《ファイアボール》」
それは火属性の初級中の初級魔法、のはずなのだが。
「なっ、それが《ファイアボール》だと!?」
威力も速度も全てが禁忌級の強さになっていた。
ノーマは盾を突き出し吸収しようとした。が、ありえないぐらいの威力に全てを吸収しきれず途中で逸らすことに切り替える。
「これが王の力……強すぎるだろ」
自分自身でも驚くぐらいの恐ろしい威力だった。そして魔力量も膨大に増えていた。
「……面白い。では次でフィナーレとしないか? お前の持つ最大の魔法で私のこれを打ち破ってみせろ!」
この戦いで一番大きいノーマの詠唱だった。
「……古に生まれし命の篝火、汝は全ての焔を導く光とならん、今ここに聖火の道を照らし出せ《ロードオブブレイズ》」
炎の聖道がミコトに迫る。打ち消さなければまず間違いなく燃やし尽くされるだろう。
炎が迫る中、亜夜の言葉が蘇った。
『火ってのはな、同じ火でも消せるんだ。より強い火で燃やし尽くせば、弱い火は飲み込まれやがて消え失せる……』
(亜夜はいつでも俺の記憶の中で生きている……)
「お前が終わりを望むなら俺も全力を持って迎え撃つ。 ”最大装填” 《インフェルノ》!」
炎の聖道と地獄の業火がぶつかり合った。だが威力も速度も増幅された地獄の業火は問答無用でノーマが繰り出した炎を喰らっていく。
そして全ての炎を喰らった炎がノーマを襲った。
「……見事だ、お前の勝ちだよ」
ノーマがふっと笑い、炎を浴びた。と、思った瞬間おぞましい量の炎が一瞬で消えた。
「……言ったはずだ、女性に魔法は使いたくないって。俺の勝ちには間違いないしな」
「ここまで来て女扱いか……全く、惚れさせてくれる」
ミコトがノーマに手を差し伸べる。ノーマは ”炎帝の聖鎧” を解除してその手を握った。その顔は少し赤く染まっていた。
「約束だ……地上に戻してくれるか?」
「ああ……だがその前にやっておくことがある……」
ノーマがミコトに近づく、そして……口付けをしてきた。
「なっ……なにをするんだ!」
思わず顔を赤くしてしまうが、ノーマの顔も赤くなっている。しかし、その顔には大人の色香がありドキリとしてしまう。
「 ”契約” だ、お前とのな。これでいつでも私を呼び出すことができるようになる」
「じゃなくて、なんで口付けなんだ!!」
「気にするな、私からのほんの気持ちだ」
と、その瞬間。ミコトの銃の一丁が輝き始めた。
輝きが収まったかと思うと、シリンダーにある六個の穴のうち一つに不思議な弾が装填されていた。
通常、ミコトは弾を必要としないので薬莢を入れることはまずない。
「それが、私の《焔》の力を込めた弾丸だ。契約の証でもある」
「……これはどうやって使うんだ?」
「それは、来るべき時が来たら教えてやる……とりあえずのお前の目標は、星天十二界すべての力を手に入れることだ」
ミコトは思わずため息をついてしまう。
(またノーマみたいなのと戦わなきゃいけないのかな……)
「まあ、安心しろ。私がいれば十二界の他の奴らなど瞬殺だ。とは言ってもまだ力が完全ではないのだがな……」
「完全じゃない?……」
「 ”封印” がかけられているんだ。私自身には解けないようになっている」
「じゃあどうやって解くんだ?」
するとノーマが悪戯っぽく笑うと、
「私を…… ”惚れさせろ” 」
「……はぁ!?」
行っている意味が全く理解できないミコトは、自分の耳の方を疑う。
「私は今感情の半分が欠落している。それを取り戻さなければ記憶も戻らないんだ。……だから、私を惚れさせて感情というものを取り戻させてくれ」
「……言っている意味はわかった。だが俺は、その……なんていうか。女の人との付き合い方とか全然知らないし……」
「よいよい、時間をかけて私を楽しませてくれればそのうち分かるようになるだろう……」
そう微笑むノーマは大人びた感じで、それがミコトには少し斬新で狼狽えてしまう。
「と、とりあえず上に戻ろう。ここにいても何も始まらないだろ……」
「なんだ、お前が私に惚れてしまったのか?」
「そ、それは別に今は……」
と、次の瞬間……遺跡がまた揺れ始めた。
「……どうやら上で誰か戦っているらしい。まったく、騒がしい……」
「誰か?……まさか!」
「ん? なんじゃ、知り合いなのか?」
「ああ、多分な。急いで上に戻ろう」
「……承知した」
するとミコトとノーマの足元に魔法陣が現れる。
「なんだこれ?」
「転移魔法といえば分かるか? まあ今は失われた魔法だがな」
転移魔法……過去にはあったとされていたが、今では失われた禁呪となっている。どの書物にも名前しか載っておらず存在すら知らないものの方がほとんどだ。
「……俺にも使えるのか?」
「言っただろう、その銃弾には《焔》の力が込められていると。それすなわち私自身がその弾と同じということだよ」
「そうなのか……じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ」
「存分に、我が王よ……」
魔法陣が起動され光に包まれる。
もう誰も死なせない、そう誓ってミコトは上の階層に戻るのだった……