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最恐最悪の魔銃  作者: サコロク
新たなる戦い
18/55

慌しい日常

街中を全力で走る二つの影があった。

それを追うのは一人の女性。

その顔は鬼のように怒っている。


「待ちなさい!! ミコトー!!」

「勘弁してくれー!!」


なぜこんなことになったのか?

時はこの日の始まりに遡る……




病院の退院の日が来てミコトは荷物の整理を終えた後、ノーマと街を見て回ることにしていた。

軽く部屋の掃除をして、退院手続きを終えたミコトは何日ぶりかになる外の空気を吸った。


「んー、いい空気だ」

『ああ、晴れて良かったな』


ノーマは周りの目を気にして銃の中にいるが、その声はどこか弾んでいる。

時刻はまだ朝の十時くらい、日で言えば休日になるので、街の人々はこれから動き始める時間だ。


「っと、今日はノーマも一緒に見て回るから、そろそろ出て来てもいいんじゃないか?」

『そうだな……』


周りに人気がいないのを確認すると、銃から光の塊が出て来る。

それはやがて人の形になったかと思ったら、見慣れた女性になっていた。


「ふー、太陽の光も直に浴びれば肌に刺さるな……」


真っ赤なドレス姿は、まるで舞踏会で全員の目を釘付けにするくらいに綺麗だ。

宝石に例えるならルビーに近い、その髪も、瞳も、何もかもが燃えるように熱を帯びている。


「……なあ、ノーマ。服ってそれしか無いのか?」

「ん? ああ、一応これが正装だからな。それがどうかしたか?」

「いや、さすがに……」


周りを見てみれば、ノーマのオーラに目を惹かれた人々が何人もいて、興味深そうに見ている。


「あんまり見世物みたいになるのも嫌だろ? だからさ、最初は服を買いに行かないか?」

「ふむ……そうだな。ならばそこらへんはお前に任せるとしよう。もちろんデートのプランも、な?」


ノーマはミコトの手を引き、引っ張ってくる。

それにされるがままにミコトも歩き始めた。



病院を出ると街までは並木道がしばらく続いている。

道なりに歩けば時間がかかるのだが、途中にある公園を突っ切れば少しだけショートカットができる。

のんびりと並木道を歩くのもいいのだがミコトとしては早くノーマの服装をどうにかしたかった。

進路を公園に切り替え、足早に歩く。


「公園に行くのも久しぶりだな……」

「私も言葉自体は聞いたことはあるが見るのは初めてだな」

「そうなのか?」

「うむ、そもそも前回地上にいた時はまだここまで技術が発展していなかったからな。さっきの病院に関してもそうだが、前の時は病院などという大それたものもなく、命に関わる傷を受けたものはただ死を待つのみという状態だった」

「へえー……」


ミコトの知らない過去がそこにはある。

それを知るのが少し面白く、もっと知りたいという意欲が湧いて来る。

が、ミコトが一方的に質問するのも申し訳ないので、ノーマが話さない限り聞かないことにした。


「……それにしても随分と平和になったものだな」


公園で遊んでいた子供達を見てノーマは呟く。


「まあ、俺はこんな子供時代じゃなかったけどな」


笑いながらミコトはいうが、その言葉の片隅には少しの寂しさがあった。

それに気づいたか気づかなかったかは分からないが、ノーマは何も言わない。

と、歩いていたら一人の少女がミコト達の前に来た。

ミコトは優しく話しかける。


「お嬢さん、どうしたの?」

「あのね、あのね……となりのおねーちゃんがきれいだなーっておもって。おにんぎょうさんみたい」


その言葉にミコトとノーマは顔を見合わせた。

そして、思わず笑ってしまう。

そんな二人を不思議そうに女の子は見ていた。


「……そんなに私が綺麗か?」

「うん!! かみとか、そのドレスとかとってもきれい!!」

「そうか……」


すると、ノーマは女の子の視線に合わせしゃがむと女の子の目の前に右手を出す。

女の子はその手をじっと眺めている。

と、次の瞬間、ノーマの右手に小さな炎が生まれた。

そして、その炎が消えたかと思うと一輪の綺麗な ”薄紅色の花” があった。


「ほら、ちょっとしたお礼だ」

「うわー、きれい!! ありがとー」


女の子はそれを両手で受け取るとぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。


「その花は絶対に枯れない。お前が大切に持っていれば、な?」


ノーマは女の子の頭を撫でながら優しく微笑んだ。


「うん! たいせつにする!!」

「ああ、そうしろ……」

「ありがとう、おねーちゃん! ばいばーい!」


女の子は手を振りながらどこかいってしまう。

ノーマもそれに手を振り返し笑顔で見送っていた。


「綺麗な花だったな……」

「 ”エラセドの花” だ。私のお気に入りの花でもあるんだ」

「枯れない、のか?」

「ああ、私の魔力で作られた花だからな」

「そんなことできるのか!?」

「まあ、ちょっとした私の趣味だ……」


意外な一面にノーマの女性らしさというものが少し理解できた。

だがそんなちょっと可愛らしいところが、ノーマの素敵なところでもあるのだろう。


「あ、ノーマ。それのドレス……」

「ん? ……ああ、汚れか。気にするな銃の中に戻れば綺麗になるしな。どうせ服を買いに行くんだろう?」

「そうだけど、一応さ……」


ミコトはポケットからハンカチを取り出しドレスの裾に付いていた汚れを落とす。

その様は、まるで女王に仕える執事のようである。実際は女王より上の立場なのだが……


「……よし、これで大丈夫」

「あ……ありがとう」


ノーマは頬を少し赤くしながらボソッと言うと、恥ずかしさに顔を逸らしてしまう。


「も、もう行くぞ、ほら……」


白くしなやかな右手が差し出さる。

ミコトとしても気恥ずかしさがあるが、どうせ周りには子供ばかりだ。

差し出された右手を握り返しゆっくりと立ち上がる。


「ありがとう、じゃあ行こうか?」

「ああ……」


予定通り街に向かって歩き始める。

その間もノーマは手を離さずにいた……



公園を抜け少し歩くと、段々と街並みが見えてくる。

様々な店で賑わう街中にはすでにたくさんの人で溢れかえっている。


「うわ、凄いなこれは……」

「ああ、人酔いしてしまいそうだ」

「ええっと確か店は……」


バックに入れている地図を出して店を確認する。

この地図は入院していた時にシズカが持ってきてくれたもので、忙しいと言っていたくせに全て手描きだった。

その地図によると、目的の店は大通りを抜けて少し先にあるらしい。


「なんだけど……この人波はちょっとな……」

「何をしている? さっさと抜けるぞ?」


ミコトはまたノーマに引っ張られながら大通りに進んで行く。

前を進んでいるため顔は見えないが、興奮しているのは握られた手から伝わってくる。


「おい、待てって!? 俺が心配してるのは……」


示唆していた通りのことが起こってしまう。

大通りに進んで行くノーマは、否応なく周りの視線を釘付けにしていく。

それは単にドレス姿だからというだけではなく、その美貌に関してもだった。


「はぁ……やっぱりこうなったか……」


ノーマは子供のようにウキウキしながら進んで行くが、ミコトは周りの視線に耐えられず俯いたまま引っ張られるままに進んでいた。

あれだけ人で溢れかえっていた通りは大名行列が通っているかのごとく散開していく。


「おいミコト、その店はどこなんだ? 私は分からんぞ」

「もう少し先だ、ははは……」


半ば放心状態でミコトは答えるがノーマはそんなの気にする素振りすらない。

結局店の近くに来ても、ノーマを一目見ようとするギャラリーは絶えなかった。

そして、予想していたよりも倍の速さで店に着く。


「ここだよ、ノーマ」

「おお、そうか。ほう、なかなか綺麗だな……」


店のショーウィンドウに飾られた服を興味深そうに見ているノーマの背中を押し強引に店の中に入る。

これ以上外にいれば店の迷惑になりかねない、というわけではなく、ミコト自身がさっさと人目から逃れたかったというのが本音である。

店自体は女性服専門の店らしく、中には女性客しかいなかった。

その店内にいた全員もノーマのオーラに惹きつけられていた。

店員すら話しかけられずにフリーズしている。


「あの、すいません。この女性に見合う服を見繕って欲しいんですけど、大丈夫ですか?」

「は、はひぃーー!! ただいま持ってまいりますぅーー!!」


裏声になりながら店員は逃げるように服を探しに行ってくれた。

その光景を見ながら思わず苦笑いをしてしまうが、ノーマは首を傾げている。


「それにしてもたくさん種類があるんだな。これはなんだ?」


そう言ってノーマが指差すのは春時に人気の白色のスカーチョだ。


「それはスカーチョだよ。この時期になると結構着る人が多いかな。組み合わせやすいって人気みたいだ」

「ほうほう、生地も柔らかくていいな。では、あれはなんだ?」


興味津々で次に指差したのは、色んなものに合わせやすいデニムのジャケットだ。


「ああ、デニムのジャケットね。あれはちょっとノーマには合わないかもな……」

「なぜだ!?」

「うーん、なんていうかノーマにはワンピースとかの方が似合ってる気がするよ。まだ寒いようなら上から何か羽織ればいいと思うし」

「ワンピース?」

「えーと……」


見てもらった方がわかりやすいと思いあたりを見回す。

と、ここで店員が戻ってくる。

その持って来た服の中にそれはあった。


「お、ちょうど良かった。これだよノーマ」

「ん? おお、これはいいな。なんというか、動きやすそうだ」

「……まあ、今までドレスしか着てなかったならそうなるよ」


店員が持ってきたものは、さすがというかどれも春にぴったりの服ばかりだった。


「とりあえず試着してみれば?」

「シチャク?」

「そう、あそこに箱みたいなやつがあるだろう? あの中で着替えてどんな感じか見るんだよ。まあ、時間はあるからゆっくりでいいよ」

「ふむ……」


ミコトは試着室へノーマを促し、服を渡すとカーテンを閉める。


「着替え終わったら言ってくれ」

「分かった」


と、ノーマが試着室へ入ると先ほどの店員が寄ってきた。


「彼女さん、とてもお綺麗ですね! 初めてあんな綺麗な人見ましたよ!!」


若干興奮気味で言ってくるその店員のコーディネートも春物のコーディネートで先ほどの見繕ってくれた服のセンスからしてやはり服屋の店員と言うだけのことはあった。

だがミコトとしては、ノーマを彼女と言っていいのかどうなのかということが気になってしまう。


「はあ、ありがとうございます……」

「あのスタイルに、あの髪、あんなの女性でも釘付けにされますよー。私も、どうなるのか楽しみで仕方ありません!!」


目をキラキラさせながら言ってくる女性の店員は、手に試着用の服を何着も持っている。

きっとノーマを着せ替え人形にでもするつもりなのだろう。


「……あの、ひとつお聞きしたいんですけど。彼女みたいな人って珍しいんですかね?」

「珍しいなんてものじゃありませんよ!! あれは百年、いや千年に一人もいない美しさと言ってもいいですよ!」

「そ、そうなんですね……」


店員の有無を言わせない物言いにミコトは圧倒されてしまう。

と、ここで試着室の中から少し恥ずかしそうな声が発せられた。


「み、ミコト? もういいぞ……」

「分かった、じゃあ開けるぞ?」

「う、うむ……」


そう言うと、ミコトは試着室のカーテンをゆっくり開けていく。

隣にいた店員は興味津々な眼差しでカーテンが開ききるのを今か今かと待っている。

そしてカーテンが開ききると、そこにいたのは……


「っ!!……」

「キャァーーーーーー!! 超かわいいーーーーー!!」


現れたのはカーネーションピンクのワンピースを着たノーマだった。

あまりの変化にミコトは言葉も出ない。

ドレスとは違い、少しゆるい感じもするが、それを感じさせないようにする色合いがノーマのイメージにぴったりだった。


「ど、どうだろうか?」

「……か、可愛いと思うぞ」


あまりの気恥ずかしさにミコトとノーマは顔を合わせられないでいる。

隣にいた店員は、あまりの可愛さにうっとりして次に着させる服を思案中のようだ。

周りにいた他の客に関しても隣の店員が叫んだせいかノーマに目を惹かれている。


「な、なあミコト。この服はその、足元が露出しすぎではないか?」


ノーマが今まで着ていたドレスに比べると、確かに足元は随分短くなっているような気もするが、ワンピースなんてこんなものなのだろう。


「ま、まあいいんじゃないか? ノーマの肌は綺麗だしさ、それにその……とっても似合ってるし……」

「そ、そうか……」


会話が続かない。

それくらいに、今のノーマは綺麗であった。


「じゃあ、これを貰お……」

「お客様ー!! 次はこちらを試着されてはいかがですか!? 是非、是非!!」


半ば押し売り業者まがいの勢いでくる店員であったが、それは好意からきているものであるので無下にはできない。

結局その好意に負けもう一着試着することにした。

それが、ノーマの着せ替えショーの始まりとも知らずに……



店を出る頃には、外にいた人々もすでにほとんど去っていたが、ノーマが店を出た瞬間先ほどと同じ状態になってしまった。

ノーマが今着ているのは最初に試着したあのワンピースなのだが、これはこれでドレスとは違った凄みがある。

結局店に一時間ほど捕縛されていたにもかかわらず、外は相変わらずの大盛況になってしまった。

買った服の数は計五着。

金銭的にはミコトには十分な貯蓄があるため大丈夫ではあったが、さすがに女性の服というのは高かった。

しかも五着ともなれば荷物もなかなかな量である。

だが、女性に持たせるわけにはいかないのでミコトが大きい袋を一つ右手に下げていた。


「はは、結局こうなったな」

「こいつらは何を騒いでいるのだ?」


どうやら当の本人には自覚がないらしい。

とは言っても、確かにここまで騒がれるとさすがに動きにくくて仕方がない。

とりあえず、次の目的地を決めるために地図を出す。


「えーと、次は……」

「なあミコト、あれはなんだ!?」


そう言ってノーマが指を指していたのは服屋の斜め前にあったレストランだった。


「レストランだが……そうだな、もう時間も時間だし昼はそこで食べようか?」

「人間の飯か……興味深い」


まるで子供のような顔つきで店へ向かっていくノーマをやや呆れ気味にミコトは追いかける。

店内は落ち着いた感じの雰囲気で、どこか大人向けのレストランという感じが漂う。


「いらっしゃいませー、二名様でよろしいでしょうか?」

「はい。えーと、どこか人目につきにくい席ってありますか?」


その要望に女性の店員は少し首を傾げていたが、隣のノーマを見るとその言葉の意味を悟ったらしく、笑顔で席に案内してくれた。

店の左奥、四つある個室部屋のうち一番奥の部屋に案内される。

その際も、店内にいた何人かの客に注目されていた。


「では、ご注文の際はそちらのベルでお呼びください」


そう言い残すと、店員は厨房の方に消えていった。

個室の中にはミコトとノーマの二人しかいない。

二人には広すぎるくらいの空間で、ミコトにとっては少しだけ妙な感覚である。


「じゃあ、何を食べるか決めようか」

「楽しみだ……」


机の端に立てられていたメニューを机の真ん中で広げる。

メニューは、軽食からガッツリしたものまで幅広く揃えられており選ぶのを悩んでしまう人も多いだろう。実際目の前にいる女性はメニューにある写真をみてひたすら考えている。

だが、ミコトはある程度決まっていた。


「俺はこのサンドウィッチでいいかな。どうもまだ重いものはね……」


食べたい、という気持ちはあったのだが、退院早々ということもあり最初のうちは軽いものを食べることを心がけていた。


「ふむ……じゃあ私もそれにするとしよう」

「え? ちょっと待って、別にノーマは気にしないでいいんだよ?」

「いいんだ、お揃いで丁度いいじゃないか」

「いやいや……じゃあせめてこっちのクラブハウスサンドにしてちょっと交換するってのはどう?」


ミコトはこの提案をしたことをのちに少し後悔するのだが、同じものを頼むよりかは少しずつ交換した方がノーマにより多くのものを食べさせれるのでこっちの方が圧倒的に良かった。


「……よし分かったそうしよう」

「ふう……じゃああとは飲み物かな、何か飲みたいものはある?」

「それならば、これはどうだ?」


そう言ってノーマが指したのはワインの項目の部分だった。


「待って待って! それお酒だから? こんな時間から飲んでたら後が恐ろしいからやめてくれ…… 」

「そうか……ならば、このストレートティーというのにしよう」

「それなら大丈夫だ。俺は、コーヒーでいいかな……よし、注文しよう」


机に取り付けられていたベルを鳴らす。

すると十秒もしないうちに先ほどの女性店員がやってきた。


「はーい、注文ですね」

「えっと、サンドウィッチとクラブハウスサンド、飲み物にストレートティーとコーヒーをお願いします」

「かしこまりました。飲み物は食事と一緒にか食後、どちらになさいますか?」

「一緒にお願いします」

「はい、では失礼します」


なんの支障もなく注文のやりとりが終わり店員はまた厨房の方に戻っていく。

その間もノーマはずっとメニューを眺めていた。


「そういや、ノーマって字を読めるんだな」

「バカにするな、人間のつくった言語なんぞ簡単に理解できる」

「そうなのか……」

「まあ、以前よりかは発展しすぎて言葉は分かってもそれが何かまでは理解できないことが多いがな。でも、それがまた面白い」

「そっか……」


今まで地下に籠っていたノーマからしてみれば、この地上での生活は新しいものばかりで面白いらしい。

ミコトからしてみてもこんな町は初めてなので見て回るのは楽しかった。


「じゃあ今のうちに次行くところでも決めておくか」

「そもそも、どんな店があるんだ?」

「そうだな、庶民には食料品の店、雑貨屋、道具屋とかで、学園の生徒や一部の人とかが利用する武器屋とか薬品とかを取り扱う店もあるらしい」

「ほう、なかなかに幅をきかせてるんだな……」

「あとは……おお、展望公園なんてのもあるのか」

「面白そうだな! あとで行ってみよう」


それから二人でしばらく地図を眺めながら話していると個室のドアがノックされる。


「失礼します、料理をお持ちしました……」


少し大きめのお盆に二つの皿と飲み物が載っており、それぞれ注文したものが目の前に配膳された。

配膳が終わると、女性店員はドアの前でお辞儀し丁寧にドアを閉め出て行く。


「美味そうだな……」

「ああ、なんなんだこれは!! とても食欲が湧いてくるぞ!!」


ノーマはぎこちない手つきでクラブハウスサンドを口に含む。

その瞬間、ノーマの顔が一瞬で幸せそうな顔になる。


「んー、美味い、美味いぞミコト!」

「はは、そうか。じゃあ俺も……」


ミコトもヘルシーなサンドウィッチを口にする。

病院食しか食べていなかったミコトからしてみれば、このサンドウィッチはどんなものよりも美味しく感じる。


「なあ、ミコトそれは美味いか?」

「ん? まあな、病院食に比べれば何倍もマシだよ。一個食べるか?」

「頂こう……あ」


何かに気づいたノーマは悩んでいた。

よく見れば、ノーマの両手には食べかけの二つのクラブハウスサンドがあった。

この状態では食べられないと悟ったのだろう。


「すまないが、食べさせてくれないか?」

「……は?」


言っていることは理解できたが、それを良しとしない感情がそう発言させた。

それはいわゆる『あーん』というやつで、恋人同士でやるものである。

いや、恋人同士でも恥ずかしくてまともにできないレベルのものを、恥ずかしげもなく要求してくるノーマにちょっとドキドキさせられる。

しかし、ここで無下に断るわけにもいかないのでサンドウィッチを一切れとるとノーマに差し出した。

だが、顔を合わせることができないためどこに差し出しているのか分からない。


「おいミコト、それは意地悪か? 全然食べられないぞ!」


そう言われても、というミコトの感情とは逆にノーマは頰を膨らませ怒っている。

どちらが折れるかの持久戦になるかと思われたが、それはあっさり終わってしまう。

当然、ミコトの負けだった。

頰を真っ赤に染めながらもノーマの口元に差し出した。


「では頂こう……んー、美味いぞミコト! こっちのとは違って別の良さがある。実に美味だ」

「そうか、それなら良かったよ……」


ノーマはミコトの差し出したサンドウィッチを軽く食べ終わると手に残っていたクラブハウスサンドも食べる。

だが、その食べ方に関しては上品で、両手にさえ持たなければ淑女というイメージにふさわしい女性だろう。


「……では私からもお返しだ。口を開けろ」

「え?……」


二度目となるこのミコトの返事は同時に負けを意味している。

ここで、しっかりその意味合いを説明しておけばノーマにも羞恥心が生まれこういうことにはならなかったのかもしれない。

だが案の定というか、すでにミコトにはなすすべがなかった。

大人しくノーマの提案に従い口を開ける。


「あーん……」


クラブハウスサンドが中に入ると野菜とベーコンの旨味が伝わってくる。

もともとシズカが作るサンドウィッチが好物であったためにそれに類する食べ物はミコトの好物だった。

そして、ここのクラブハウスサンドは焼き加減も絶妙であり、程よい温かさが口の中に広がる。


「……美味いな」

「だろう? これは病みつきになってしまうな……」


その後もひたすら自分のクラブハウスサンドを食べ続け、料理が来てから十分も経たないうちに食べ終えてしまう。

ミコトの方も、もともと量的には多いものではなかったのですでに食べ終えていた。


「はー、美味しかったな」

「そうだな……」

「っと、そういえば飲み物も頼んだのだったな……」


ノーマは頼んでいたストレートティーの香りをすこし嗅いだ後、ゆっくりと口に含む。


「ほう、これはなかなか上品な味だ……」

「まあ、紅茶はストレートかそうでないかで別れるんだけどな」

「そうなのか?」

「ああ、ミルクとかレモンとか入れたりすることもあるんだが、俺はストレートが好きかな」

「ふむふむ、では次来た時はそのミルク入りのにすることにしよう……」


またここに来ることが確定しているかのようにノーマは言う。

ミコトとしてもノーマが喜ぶのであればそれでいいのかなと次に来る時のことを楽しみにするのだった。


食事も終わり、会計をしにレジへ向かう。

入って来た時よりも多少客は少なくなっていたものの未だに三分の二ほどの席が埋まっている状態だった。

また騒がれても申し訳ないのでそそくさと会計を済ませる。

逃げるように店の外に退散すると、外はさっきよりはシズカになっていた。

未だにノーマを見る視線はあるが、気にならないくらいの数なので気づかないふりをしておく。


「さてと、もうちょっと見て回ろ……」

「あーーーーーーーーー!!!」


突如街中にこだまする雄叫びのような声がミコトの耳に響いて来た。

あまりの声量に思わず耳を塞いでしまう。

だが、その音のない世界でミコトはその声に関しては何か違和感を感じた。

それは、どことなく聞いたことのある声で、多分ミコトは知っている。

恐る恐る声の聞こえて来た方に視線を向けると、そこにいたのは…… ”シズカ” だった。

ミコトの表情が一気に青ざめる、と同時にノーマの手を掴み走り始めた。


(やばいやばい、冗談じゃないぞ。見つかったら殺される……)


何が起こっているか分からないノーマは引っ張られるがままである。

その後ろから追って来るのは鬼の形相のシズカ。

こうしてローランスの街を舞台にミコトとノーマの逃走劇が始まったのだった……







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