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最恐最悪の魔銃  作者: サコロク
王の再来
15/55

守るべきもののために

静かな空気が流れる。

だがどちらも視線を外すことはなかった。

一人は楽しげな瞳、一人は感情を感じさせないような暗く冷たい瞳。

そんな中ミコトが口を開いた。


「ノーマ、ミレイに障壁を頼む……」


少し呆れ顔をした後、ノーマが倒れているミレイに手をかざすと赤い障壁がミレイを包んだ。


「失礼だが、そちらのドレスの女性は誰ですか? ずいぶん場違いな格好だと思うのだが」

「私か? ふむ……お前に説明する必要があるとは思えないから私からは何も言わないぞ」

「そうですか……ですが貴方の力は少々危険だ。だから……」


リオーネが不敵に微笑んだかと思うと、ポケットの中から小さな玉が取り出された。

すると、その玉が急に怪しく光りだす。


「しばらく ”静かにして頂きましょうか” ……」


瞬間、大量の黒い鎖がノーマの周りに現れたかと思うとその全ての鎖がノーマに巻き付いた。

それだけではなく、どうやらノーマの魔力を吸収もしているようだ。


「くっ!……」

「ノーマ!!」

「案ずるな、お前はあいつに集中するんだ」

「だが……」

「……信じろ」


ノーマはやせ我慢のように微笑んではいるが拘束は予想以上に硬い。

どうやら拘束具は ”神器フェーデ” の類に入るもののようで、その力はノーマを見れば一目瞭然である。


「ではでは、これで私と貴方の一騎打ちというわけだ。存分に楽しもうじゃないですか」


リオーネが嬉々として笑う一方、ミコトの目は怒りに満ちていた。

その激情に流されるようにミコトは銃を抜く。


「黙れよ、お前と戯れるつもりなんて微塵もない。 ”最大装填ロードマキシマ” 《フレイムランス》」


ミコトが引き金を引いた瞬間恐ろしい量の炎の槍がリオーネに容赦なく降りかかった。

一つでも当たれば炎の槍が容赦なく身体を貫き、その傷口から焼き尽くすだろう。

だが、その槍は全て ”阻まれた” 。

否、阻まれたというよりも ”消え去った” のだ。まるで何かに吸い込まれたかのように。


「……折角の霧影のトップとも呼ばれる存在との戦いなのにすぐに終わらせるのも興ざめです。もっと楽しませてください」

「……俺を知ってて遊んでんのか? だがあいにく俺には時間がないんでね、とっとと消えてくれないか」

「まあまあ、そう急かさないでくださいよ。勝負はここからじゃないです、かっ!!」


突如、カウンターのように何もない空間から大量の氷の槍がミコトに降りかかってきた。

しかし、それに臆する事なくそのことごとくを撃ち落としていく。


「……ふふ、本当にそれでいいのですか?」


リオーネの不敵な微笑みにミコトが何かを察した時にはすでに遅かった。


「うっ!!」


何かがミコトの腹部を刺し貫いた。

それは……一本の ”槍” だった。

ミコトは油断していなかった。それよりか、このリオーネという男は常に何か企んでいる、そう常に考えていたはずだった。

だが、”一歩も動けなかった” のだ。まるで分かっていても避けられないかのように。


「ゴフッ!!」


大量の血がミコトの口から吹き出された。その血がミコトの周囲を血の海に変えていく。


「どうです、分かっていても避けられない痛みは? 油断はしていなかった、はずでしょう?」

「……お前いったい何を」

「知りたい、ですか?」


まるで教えたくてたまらないような顔で聞いてきたかと思えば、自分で勝手に話始める。


「貴方を刺し貫いたその槍は貴方自身が私に撃ち込んだ魔法そのものの威力ですよ。槍の名前は ”裏切ジュデッカ” と呼んでいます。どうです痛いでしょう?」

「……」

「だんまりですか……まあいいでしょう。貴方の魔法は私の固有魔法 ”氷結獄コキュートス” に吸い込まれ

”裏切” に置換された。そしてその槍が今貴方の身体を、というわけですよ」

「……それだけじゃないだろ。じゃなきゃその槍が俺に刺さるわけがない」

「案外冴えていますね。その通りですよ貴方が刺されたのはコレが理由ですよ……」


そう言うと、リオーネは胸元から何かを取り出し始めた。

その手の平に握られていたのは…… ”十字架” だった。

しかしその十字架には、そのものとは不釣り合いのような髑髏が真ん中にあった。


「これは一般で言われるところの神器フェーデというものですよ。道具名は ”裏切りの十字架(ブラッディクロス)” 、かつての聖人を殺したともされる呪われた神器ですよ」

神器フェーデを二つか……ずいぶん贅沢な使い方をするもんだな」

「 ”裏切” に関しては神器というよりも神の力そのものと考えてもらって結構ですよ。私達《神託の騎士(エフィラム)》にはそれぞれ ”託宣” と呼ばれる特別な武器が与えられますからね。……話が逸れましたが、”裏切りの十字架” の能力は ”不可避” 。分かっていてもそれを受ける他ないのですよ。まるでそれが真理とでも言わんばかりに、ね……」

「そうかよ……でも悪いがもう少し足掻かせてもらうさ。”破砕バースト” !!」


ミコトの前が爆風で視界が見えなくなりその爆風によってミコトは槍もろとも後ろに飛ばされた。

口からはさらに血が吹き出し、もはやミコトの体は満身創痍だった。

だが瞳はおぞましいぐらいに赤く染まっていた。


「まだ諦めないとは、流石と言うべきか……だがいつまで続きますかね?」

「お前の槍は俺に刺さったままだぜ? どうするつもりだ、よ……」


傷だらけの中身体を起こす。

一日に二度も血だらけになり、それでも立ち上がって戦い続ける。

それは何のためか?

もう何度も何度も思い出した言葉がリフレインのように頭に流れている。

ノーマは未だに鎖で封じられてはいるが、その力自体はミコトも使えるようだ。


「……浄化をもたらす聖なる焔よ、穢れと共に全てを消し飛ばせ《ホーリーフレア》」


光の炎が煙ごと全てを薙ぎ払いリオーネに迫る。

だが、またしても ”阻まれた” 。

と、思った瞬間、


「ぐぁーーーーー!!」


身を焼き尽くさんとする熱さが刺さっている ”裏切” から発せられた。

血液が沸騰し、意識が飛びそうになるが何とか持ちこたえる。


「まさか、ただの槍とでも思ったのですか? 愚行極まりないですね、裏切ジュデッカ氷結獄コキュートスと揃って一つの ”武器” となる。つまり貴方にそれが刺さっている限り私に魔法を撃つことは貴方の死を意味すると思った方がいい」

「くっ……厄介なことだな。じゃあおとなしく返してやるよ」


ミコトは刺さった槍を引き抜きそれをリオーネに投げつけた。

が、ミコトの魔法と同じように槍は氷結獄に吸い込まれリオーネの手に戻る。

槍を引き抜いたミコトの体からはさらに血が流れ出し、これ以上血が流れれば大量出血で死ぬ危険も出てくる。


「……我が身に宿りし命の焔よ、その癒しをもって我が身に祝福を《リヴァイヴ》」


ミコトの手の平に小さな焔現れる。

それを傷口に当てると、見事なまでに傷口が消えていく。

これはノーマが万が一のためにミコトに教えておいたもので、傷口を直したのではなく ”あるべき姿に戻した” のだ。

それにより血も止まり意識がはっきりとしてくる。

だが形勢は一向に変わらない。

打開策も無いに等しい……が、一つの作戦を思いつく。


「 ”最大装填” 《ファイア》」

「ほう、あえて威力の低い魔法を撃って何かをすると。無駄なことを、そんなものなど……がっ!!」


銃から打ち出された銃弾は吸い込まれる、はずだった。

それが本当に ”魔弾” であったならば……


「なにを……」

「お前に撃ったのは魔弾じゃない。正真正銘の ”実弾” だよ」


ミコトの撃った弾は見事にリオーネの両肩を撃ち抜いていた。頭を撃ち抜かなかったのは、打ち抜けなかったのである

魔法銃とは本来は魔法を銃弾として撃つもので、その弾丸は ”魔弾” と呼ばれる。

だが、今回ミコトが撃ったのは ”実弾” 。魔法によって存在も消されたいわゆる ”歴史の中に埋もれたもの” である。しかし、そんな実弾でも人は死ぬし、痛みも感じる。それはリオーネでも例外では無い。


「実弾!? バカな、どこからそんなものを……」

「無いものがあるってのはどう言うことは、少し考えればわかるんじゃないか?」

「無いものがある? まさか!……」


実に単純で簡単なことだった。

普通の人間が使えない魔法を二つ使ってしまえば、ここにあるはずのないものが現れるのだ。

ミコトが使ったのは転移魔法と ”錬成魔法アルケミック” だった。

錬成魔法は ”王の力” の一部であり、万物を錬成することが可能である。ただし対価は必要である、それが錬成する上でのルールだ。今回の供物はミコト自身の血で補っている。

この魔法は潜入前にノーマが使い方を教えてくれていたが、リスクが大きいために使うなと言われていたのだ。


「……でもここで使わなきゃ後悔しそうだからな」


ミコトの反撃が始まろうとしていた……



二人の戦いを見ていたミレイは唖然としていた。

ミコトが軍人であるのにも驚いたが、それ以上に二人の戦いは常軌を逸していた。


(ミコト君……キミは一体何者なの?)


「……お前にはあいつが何に見える?」


ミレイにそう語りかけてきたのは、鎖に縛られていたはずのノーマだった。


「え? 貴方、鎖は……」

「あんなものなど私には枷にもならん。それよりもさっきの質問に答えろ」

「……ミコト君は私の ”友達” です。でも今の姿は……」

「ふっ、滑稽だな……そんな気持ちで ”友達” と語っているなら、それは勘違いだ」

「なっ!……」

「お前はあいつがなぜ戦うか分かるか? 何を賭け、何を思い、何を背負って戦うかお前には分かるか?」

「それは……」


ミコトは何のために戦うか?

すぐに答えられるはずの答えをミレイは言えなかった。それはノーマの言葉があったから、ではなく自分自身でミコトに対する認識が分からなくなっていたからだった。

答えたい気持ちとは裏腹に口は動いてくれなかった。


「答えられないのが証拠じゃないのか? お前の目は青い。信じるものも見つけられず信じられず、挙げ句の果てにはふさぎ込む。今までそうじゃなかったのか?」

「っつ!……」


まるで見てきたかのように言うノーマの言葉に反論できない自分が情けなくて、嫌いだった。

ボロボロになっても決して諦めない、相当の決意と何かがミコトを突き動かしているのは分かる。

だが、その何かがミレイには分からなかった。


「……あいつは目の前で ”大切なもの” が傷つくのが嫌なんだそうだ」

「え?……」

「私だってあいつが過去にどれだけの事があったかなんて知らない。でも少なくともあいつの決意は生半可なものじゃないって事は確かだ」

「でも、それなら何でミコト君は……」

「お前はアホか? ここまで言っても分からないとは……本当に王家の人間か?」


その言葉にミレイは少し複雑な表情になる。

王家に生れながら、誰よりも王家を嫌っていた。鳥籠に飼われた観賞用の鳥のようにパーティーの時は息苦しいドレスを着せられガラスの仮面を被ってへこへこお辞儀をする。

そんな生活が嫌で学園に来て、出来た初めての ”友達” 。

その人は軍人で、恐ろしいくらい強くて、それと同じくらいに怖くて……

でも、そんな彼が戦う理由は……


「…… ”お前” だよ。あいつが今戦っているのはお前のためなんだよ皇女様」

「嘘……」

「嘘だと思うならあいつを見ろ! 見据えろ! あいつの戦う様を見てなお同じことを言えるのならばお前はあいつの友達なんかじゃなくて ”赤の他人” って事だよ!」


鬼気迫る顔でノーマは言い切った。

そこまでしてミレイに言ったのは、決してミレイのためではない。

”自分が惚れた男” の友達と語っているその女が許せなかったのだ。


「だって、私はミコト君の事を……」

「それ以上にうだうだ言うなら焼き殺すぞ……」


ノーマは冷たい瞳でミレイを睨みつける。

その瞳にミレイは思わず身震いしてしまった。まるで獅子に睨みつけられたウサギのように。

その視線から逃れるようにミコトの戦いに目を向ける。

血で赤く染まった廊下が生々しさを感じさせる。そのひどい光景に目を逸らしたくなるがそうしようとするとノーマの言葉が痛いくらいに頭をよぎる。

その瞬間、ひどい音とともにミコトが吹き飛ばされた。

だが、その光景を見てもノーマは微動だにしなかった。その目にはミコトが負ける姿など微塵も写っていないのだろう。

そして、その姿を見てミレイは全て分かった。

ミコトを動かす原動力、戦う理由、ノーマの言葉の意味が……


「私は……私は信じきれていなかった。自分から ”友達だ” って言ったのに」


ミレイの瞳から何かが溢れだす。先程とは比べものにならないくらいの涙。感情が入り乱れ、思いが全て涙に変わる。


「……お前はミコトが助けに来た時に何を感じた?」

「奇跡……私の夢が叶ったって思った」

「それは ”夢” だったか?」

「ううん……今目の前にちゃんとある。届くよ、掴めるよ」

「じゃあ、お前は何を願う?」

「私は……」


もう迷うことは何もなかった。

何度も嘆いた、何度も祈った。

でも結局自分で掴み取るしかないのだ。

ミレイはその切符を持っていた。でも踏み込めなかった。

手に入れられないから?

違う、手に入れてしまったら失うのが怖くなってしまうからだ。

だからこそ、小さな鳥は ”鳴いた” 。

そして、友の力を借りてその鳥籠から空へ飛び立つ時が来た。

それが彼女の新たな願い、彼女が思い描くこれからの未来。その願いのために鳥は大きく ”鳴いた” 。


「 ”ミコト君!! 私をここから連れ出して!!” 」


彼女が憧れた英雄譚。その物語が今幕を開けたのだ……



その声を聞いたミコトの目が変わった。

色が赤から黒へ変わると同時に頭も落ち着いてくる。

怒りは頭から心に。人間の戦う時に最も理想とされる状態に近づく。

神経は研ぎ澄まされ、心音が聞こえるほどに耳が澄んでくる。


「……リオーネ、俺はこの戦争の終止符を打つ。だからお前も死ぬ気で来いよ」

「ふっ……随分と余裕なんですね。ですが私がここで終わるとでも? ここからが本当の ”戦争” ですよ!!」


リオーネの傷が見事なまでに修復されていく。

コキュートスに蓄積された魔力を使って治癒魔法を使ったのだ。

ミコトから見てもその総量は計り知れない。

そして次の瞬間、リオーネはジュデッカを構えた。


「…… ”神曲 天国篇 第三天 『激情』” 」


リオーネが一気に接近し、鋭い突きを放ってきた。

その刺突を避けようとしたその時……槍の先が曲がったように ”追尾してきた” 。

寸前でなんとか銃で受け止めたが間一髪だ。


「ほう、これを止めますか」

「……デタラメだなその槍。神の託宣も伊達じゃないってか」

「まあいいです、まだまだこれからですよ。…… ”神曲 煉獄篇 第四冠 『怠惰』” 」


ジュデッカが弧を描くように振り下ろされる。

それは、三百六十度関係なくどこから繰り出されるか見当もつかない。

紙一重で凌いでいるものの、あまりの連撃に少しずつ槍が皮膚に触れ始める。

危険と判断したミコトは後ろに距離をとり思わず唇を噛みしめる。


「……接近戦も得意なんだな。でも俺もさすがにやり返さないとな…… ”高速回転フルスロットル” 」


恐ろしい数の実弾がミコトの銃から弾き出される。

だが、それに恐れるどころかリオーネは不敵に笑ってみせた。


「…… ”神曲 地獄篇 第六の嚢 『偽善』” 」


突如、リオーネの目の前に金の外套が出現し、全ての弾丸を防ぎきった。


「おいおい、そんなのありかよ……」

「甘いですよ…… ”神曲 煉獄篇 第二冠 『嫉妬』” 」


リオーネの姿がだんだん薄くなり消えてしまった。

と思った瞬間、鋭い薙ぎ払いが何もないところから繰り出される。

思わぬ不意打ちにその攻撃をまともに喰らってしまう。


「はっ……よっぽどあんたの方が暗殺部隊に向いてると思うぜ」

「それはありがたい褒め言葉。ですが貴方もこの程度で終わるほどつまらない人間じゃないでしょう?」

「いや、正直ジリ貧だよ。流石に一日中戦闘ばかりだと体の負荷が、な……」


ミコトの視界がぐらつき、そのままから体が傾いた。

頭が床につき、切られた部分から出た血がミコトを真っ赤に染めていく。


(流石に血を流しすぎた、か……)


体の感覚がなくなっていく。

ノーマの燃えるように熱い炎とは逆に体は氷のように冷たくなっていく。

今まで味わった感覚とは明らかに違うちがう ”確実な死” 。

指先から全ての感覚が失われていく恐怖は、死と直結していると言わんばかりにはっきりと伝わってきた。


(寒いな……)


体が重くなり、海の中に沈むように音が消えていき、息も小さくなっていく。

暗い海の底に体が沈んでいく……


(誰か、たすけて……)


ミコトは重たい右腕を遠くに見える水面に突き出す。

だが、誰が手を差し伸べてくれるわけでもなくミコトの瞼がゆっくりと閉じていく……



血だらけで倒れたミコトにノーマもひどく驚いていた。

だが一番それに動揺していたのは、ミレイだった。


「ミコト、君?……」


ミレイは死体のようなミコトに駆け寄って体を揺する。

だが、反応はなく息はすでにか細くなっていた。


「いや……いやぁーーー!!」

「どけ!!」


ノーマがミレイの体を突き飛ばした瞬間、リオーネの刺突が繰り出された。

ノーマは障壁を展開しなんとか防ぐが、二人を庇いながら戦うのは容易ではない。


「随分とやり手だな。それともお前の力ではなくてそのチンケな道具の力か?」

「ふふ、貴方は彼に随分と惚れ込んでいるようでいらっしゃる。私はその顔が絶望に染まるのを見たい……」

「下衆が、お前に私の姿を見られることすら汚らわしくて仕方ない。…… ”爆ぜろ” 」


”言霊” が容赦無くリオーネに襲いかかる。

怒りを乗せたそれは廊下を崩壊させながらリオーネに、”当たらなかった” 。


「やはり、お前のその武器はあの裏切り者たちの作ったものだな?」

「心外ですね、世界が信仰する神々を裏切り者呼ばわりとは。貴方こそ只者じゃありませんね?」

「もう黙れ、お前と語ることなぞない…… ”貫け” 」


炎の剣がリオーネを刺し貫かんと飛来するが、全てがジュデッカとコキュートスに阻まれた。


「少なからず人間ではない、といったところでしょうか。ですが甘いですよ!!」

「甘い? 人間の分際でよく喋る。もういい、私がわざわざ戦う必要もなかろう……来い、”鮮血の乙女(デネブラ)” 」


ノーマの前に魔法陣が現れる。

煉獄の竜騎士(レギオン)と同じ様に炎に包まれた中から現れたのは、麗しい戦乙女だった。

炎帝の聖鎧(エンプレスドレス)を纏ったノーマの様に美しいその乙女は、ノーマが従えている使い魔で煉獄の竜騎士の次に強い。

と言っても、人間と比べれば比較にならないほど強い。

たとえ神の託宣を持ったリオーネをしても勝つことは叶わないだろう。


「はは、この魔力。ようやくわかりましたよ……あなたは、私達が最も恐れていたものだということが」

「そうか、じゃあ ”死ね” ……」


冷たいその一言がデネブラを起動させる。

起動と同時にデネブラが消えた。


「くっ! これはまずい……一旦立て直して……」

「させると思うか?」


凌ぐことで精一杯なリオーネに、更にノーマの攻撃が襲いかかる。

それに耐えきれずリオーネは吹き飛ばされた。


「がっ!? まさか、此処までとは……」

「お前は私を本気で怒らせた、その報いは受けるべきだよな?」

「報い? それは ”死” の間違いでは?」

「私にはどうでもいい事だ。だから ”疾く死ね” 」


デネブラの剣が振り上げられ、そこに恐ろしい魔力が蓄積されていく。

それを目前にして、リオーネは半ば絶望に満ちていた。

が、ここで一つの恐ろしい考えが浮かぶ。

”裏切りの十字架ブラッディクロス” の不可避は人間相手にしか通用しない。それはさっきからノーマと戦っていて重々分かっていた。

ならば……


「……いいえ、タダでは死にませんよ。貴方を従えるその男は危険すぎる」

「何を……お前まさか!?」

「遅いっ!!」


リオーネはジュデッカを投げつけた。

ノーマに、ではなく死にかけの ”ミコト” に。

死ぬにしても、ミコトを生かしておけばのちに面倒なことになりかねない。

それ故にここで確実に消しておく必要がある。

それが、このリオーネという男の ”意地” だった。


だが、その槍は予想外のものに阻まれる。

しかし、それはリオーネにとって非常に都合のいい形で予想を外れた。

ミコトに当たるはずだった槍は、綺麗に刺さっていたのだ…… ”ノーマ” に。


「ぐっ!!……」


ノーマにとっても不意打ちだった。

鮮血の乙女に魔力を割いていたため障壁を展開できなかった。

いや、できていたとしても氷結獄コキュートスの全魔力を込めた裏切ジュデッカを防ぐことは不可能にも近かった。

それ故に庇ったのだ……自身の体を持って、仕えるべき王を、愛する男を。

ミコトさえ生き残ればどうとでもなる。逆に一番まずいのは、ミコトを失うこと。

ミコトがそうである様に、ノーマも同じくらいかそれ以上にミコトを想っていたのだ。


(ミコト、すまない……ゴメンね)


愛した男の体の上に美しい炎髪の女性は横たわった……




ミコトの体に覆いかぶさる様にノーマは倒れた。

泣き崩れていたミレイはその光景に何が起きたのか全く理解できていなかった。


「ノーマ、さん?……」


返事はない。

だがミコトと同じ様にか細く息はしている。

まるで体がリンクしているかの様に。


「こんなの、夢だよ……」

「いいえ……夢ではありませんよ。これが貴方の運命です」


さっきとは打って変わってボロボロになっているリオーネが答えた。


「貴方に関わった者の末路は ”死” 。だからこそ貴方は鳥籠の中の存在なのですよ」

「私が、私のせいで……」


ミレイは覚悟を決めてなお身分に苦しめられる。

自分に災いが降りかかるならまだしも、自分のために人が死ぬかもしれないのだ。

しかも、 ”大切な人” が……

その現実に、ミレイは人間の形をした ”抜け殻” となった。


「あらあら、とうとう皇女まで ”死んで” しまいましたか……これはどうしたものか」


リオーネがミレイに触れようとした、その瞬間、


『触れるな、俗物が』


冷たいその一声にリオーネは思わず身震いしてしまう。

誰が発した声なのか?

その疑問の答えは、すぐ目の前にあった。


抜け殻状態だったはずのミレイが言葉を発していたのだ。

だが、その声はミレイのものではない。

そのミレイの手がミコトの頰に添えられる。


『ああ、我が主よ。こんなにも冷たくなられて』


嘆くような声でミレイはミコトの頰をさすり続ける。


『でも、大丈夫。貴方は私がずっと守り続けます』


そして、そっとその唇がミコトの唇に重ねられた。

瞬間、ものすごいオーラがミコトとミレイから吹き出した。

リオーネはそれに吹き飛ばされる。


『主様、今はまだ縛られた身。でもいつかきっと貴方の側に戻りますわ。その時まで、どうか無理をなさらず……』


と、もう一度唇を重ねると、まるで元の抜け殻に戻ったかのようにミコトの上に倒れ込んだ。



真っ暗な海底でミコトは虚ろな瞳で水面を見上げていた。

苦しいという感覚を通り越してそこにはただ虚無感しかなかった。


(手を伸ばしても届かない……なんで、なんでこんなにも遠いんだ……)


それは亜夜が死んだ時に味わったあの悔しさに似ていた。

数少ないはずの ”大切なもの” を守れない自分が、歯がゆくて、悔しかった。


(まだ……まだ、死ねないんだよ。わがままだってのは痛いくらいに分かってる。それでも俺は守りたいんだ!!)


その瞬間、水面が揺れた。

何かが上から降りてくるが、視界がぼやけているミコトにははっきりとは見えない。

青い何かがミコトのそばに寄り添い、何かを言っているがはっきりとは聞こえない。

と、口に何か柔らかいものが触れた。

知っている感触、暖かい感触、誰かの唇の暖かさだ。


次の瞬間、ミコトの中に何かが流れ込んできた。

それは ”力” 。ノーマと似たようで別の暖かい力。

だが、その力がミコトの全身に馴染むように染み渡った時、視界がハッキリとし水面へ向かって海底を強く蹴る。

水を切るように水面へ進み、水面を出た瞬間、意識が ”覚醒した” 。


目覚めたミコトの視界に最初に入ってきたのは、自分に覆いかぶさる炎髪の美しい女性だった。

しかし、その見慣れた女性は何故か血だらけだった。

そして、その横にはミレイが眠っていた。


「ノーマ? おいノーマ!!」


その声にか細い声で微笑みながらノーマは答える。


「大丈夫、お前を一人にはしないさ……」


その微笑みが痛々しくてミコトまで思わず顔をしかめる。

そしてゆっくりその体を起こし、仰向けに寝かせる。

腹部を貫いている ”裏切” をゆっくりと引き抜き、横に投げ捨てその辛そうな顔をそっと撫でると、ノーマの表情が少し和らいだ。

その顔を見て、ミコトの中にふつふつと煮えたぎる感情があった。

だがさっきのように感情に任せて動かない。

頭を冷静にし今やるべきことをだけを考える。


「……行ってくるよノーマ。この戦いを終わらせに……」


手には銃は持っていなかった。

いいや、そんなものなど必要なかったのだ。

たった一言、それだけで全てが終わる。

ノーマが何度も見せてくれたものだ。

全て終わらせるために、ただその一言を唱えるためにミコトはゆっくりとリオーネに近づいて行った。


「やめろ……来るなぁ!!」


リオーネ最初の余裕な言動はもはや何処かに消えていた。

だがそんな言葉を無視するかのようにミコトの歩みは止まらない。

そして、その冷酷で無慈悲な言葉がただ一言唱えられた……


「…… ”消えろ” 」


リンから貰った《幻想》の力がわずかに残った氷結獄の障壁もろとも喰らい尽くした。

最後まで叫んでいたリオーネの声ですら全て喰らい尽くされていった。


「終わった、な……」


長く続いたミコトの戦いは本当に終わった……

だが、ミコトはすぐに死にかけのノーマに駆け寄る。


「ノーマ、おいこの傷……」

「大丈夫だって、言ってるだろう? だからそんな泣きそうな顔をするな」


気づけばミコトの目元には、シズカにもあまり見せたことがない涙が溜まっていた。


「ごめん、俺が……」

「言っただろう、私はお前と常に一緒にいる。お前が死なない限り、お前の魔力が消えない限り、お前が嫌だって思っても私はお前と共にある」

「じゃあこの傷は?」

「安心しろ、じきに元どおりになる。だから安心し……」


その瞬間にミコトはノーマを強く抱きしめた。

いきなりのミコトの行動にノーマは珍しく動揺していた。


「ミコト!? お前何を……」

「……もう二度と俺のために命を捨てようとしないでくれ。たとえその傷が治ると知っていても、俺はもう二度とお前に傷ついて欲しくないし、あんな顔を見たくない」

「……すまない、お前がそこまで思ってくれてたとは気づかなかった……」

「え……あ、ごめん。俺もなんでこんなこと言ったんだろうな。あはは」


自分のしている事が急に恥ずかしくなり、ミコトはノーマから離れる。

ノーマも顔が合わせれないようで横を向いているが、その顔は赤く染まっていた。


「……なあミコト、お前にとって私はどんな存在だ?」

「それは……大切なもの、かな」

「それ以上でも、それ以下でもないか?」


ノーマにしては珍しいもの言いだった。

ミコトはこの言葉にどこか引っかかる。それはノーマがそんな事を言った事に対してではない。

自分自身がこの、ノーマ・レグサリアという女性に対してどう思っているのか、その気持ちが自分でも分からなくなっていたのだ。

ミコト自身、女性に恋愛感情を持ったことがない。

それ故に今の気持ちがどんなものなのかが分からなかった。

だから、ありのままの気持ちをノーマに伝える。


「……多分、俺はノーマの事が好きなんだと思う。出会って一日も経ってないのに、こんなにも惹かれて魅力的だって思ってる。今まで女の人と関わったことが少ないけれど、その中でも ”特別” だって感じてる」

「……」

「俺自身この気持ちがどんなものかなんて分かってないのかもしれない。それでも、ノーマが ”特別” ってことだけはきっと本当のことなんだと思う。だからもう一度だけちゃんと言葉にする。俺はノーマが ”好きだ” ……」


ミコトは不器用でも自分の気持ちを伝えた。それはミコトが本当に思っていたことで余すことない全てだった。

だが、ノーマは何も言わず、未だにミコトと顔を合わせない。

しかし、落ち着いたのかゆっくりとその顔をミコトに向けた。

その顔はもういつもの澄んだ美しく優しい微笑みに戻っていた。


「ミコト、お前がちゃんと言ってくれたから私もちゃんと伝える。……私もお前を ”愛している” 」

「そう、か……」

「なんだ、不服か?」


ちょっとむすっとした顔でノーマは聞いてきた。


「違うんだ、なんかその……嬉しくてさ」

「……ふっ、やっぱりお前は可愛いな。それでいて戦っているときは逞しい。だからこそ好きなんだ」

「俺も、なんだかんだで優しいノーマが好きだ。俺の頼みを聞いてくれるしな……」

「それは……」


そこまで言って二人は思わず顔を見合わせて笑った。

こんな状況で恥ずかしげもなくお互いの好きな部分を言い合うなど可笑しくなってしまう。


「……なあミコト今だけでいい、抱きしめてくれないか?」

「ああ、分かった……」


ノーマの体をゆっくりと起こし腕の中に包み込む。

その体は暖かく、包み込んでいるはずのミコトの方が包み込まれているようである。


「暖かいな……」

「ああ、そうだな……」


この場面を隣で眠っているミレイに見られてしまえば一大事だろう。

だがこの温もりがこの長き戦いの末に得られた報酬であるのならば今までの戦いで負った傷を払っても安いくらいだった。


長い一日が終わりを迎えようとしていた……

最近投稿のペースが落ちてきていて本当に申し訳なく思っています。

あと二回で第一章も完結です。本当は年越しと同時に一章を終わらせるつもりだったのですが少し早く終わりそうなので二章に突入する予定となっています。

初めから読んでいただいた方にはわかると思うのですが、実はこれ全て一日の出来事なんです。

それを長ったらしく書いているわけですが、正直キャラがわかりにくいと思った方もおられると思います。

ですが、まだまだキャラは増えていく予定です!!

カテゴリにもある通りハーレムなのですが、この回でノーマルート確定した感じになってしまい個人的には複雑な気持ちになっています。

ですが出てくる女性キャラはそれぞれ個性的なキャラになる予定なのでお楽しみに。


長くなってしまいましたが最後に少し予告を……

一章は残すところ二回で、そのうち一回がエピローグとなっています。

そのエピローグのあとがきで色々書くつもりでいたのですが先行で二章についてのおおよその展開を。

二章は、戦争もひと段落ついた後の平穏。

しかしその裏で色んな思惑が交差しあって、またもや怪しい雲行きに。

血生臭い争いを終えてもミコトの不幸は続きます(笑)

一章とは少し打って変わって日常編を描く予定なので、続きも読んでいただければ幸いです。


では、詳しいことはエピローグのあとがきで……

読んでいただきありがとうございました!!


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