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開拓騎士団  作者: 山内海
第二話
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越冬 LV





「お坊っちゃま!!」


 ミール達は、西で魔道の光が奔るのを見て、ヤシンがいないことに気づいた。


 彼女達が慌てて駆け付けると、ヤシンが丁度雪竜を組伏せ、その口に龍丹を撃ち込んでいるところだった。


「ひぃぃ! 坊っちゃん。雪竜捕まえたんですかい?!」


「ポイヤウンペ……。やりたい放題だな。魔法お化けか!」


 ディロンとモレヤは、地面に半ばめり込んで唸っている雪竜を目の当たりにして、驚き呆れている。

 しかし、ヤシンは、彼らの方は向かずに雪竜に語りかけている。


「僕の声は聞こえますか? 僕はヤシン。あなたのお名前は?」


 先ほどまで身をよじり唸り声を上げていた雪竜は、落ち着きを取り戻し静かな視線をヤシンへ向けている。


「お坊っちゃま。雪竜は元より、さほど賢い竜ではございません。北方語を解さない竜がほとんどで、獣と変わらぬ者もおります。この竜も恐らくは……」


「ぴゃ?」


 低い唸り声を裏切って、普段の鳴き声は甲高い雪竜が、首をかしげて問うような仕草をする。 


「ゴメンね押さえつけちゃって。いま魔法を解くね。みんな、離れて」


「え? お坊っちゃま?! ここで拘束を解くのですか?」


「大丈夫。この子は優しい子だよ」


 ヤシンは自分がかけた空間固定と物理防壁の魔法を解除した。


「ぷるるるるるる」


 戒めを解かれた竜は暴走を再開するわけでもなく、身を震わせると辺りの臭いを嗅ぎ、目の前にヤシンを見付けると、鼻面を寄せてきた。


「か、かわいいなあ! クリクリのおめめに僕が映っているよ。……飛影は何処かに行っちゃったしなぁ、うちに来るかい?」


 鼻をくっ付けられて臭いを嗅がれていたヤシンがそう言うと、雪竜は彼をベロンベロンと舐め始めた。


「お坊っちゃま!」


「ポイヤウンペが喰われる!」


 慌ててミールとモレヤがヤシンのシャツの裾を引く。


「あははは! 大丈夫、大丈夫。でも、顔が取れそうだよ! あははは!」


 体積は恐らくヤシンよりもある、巨大な雪竜の舌に股間から頭まで舐め上げられたヤシンは、ひっくり返りそうになりながらも笑っていた。


「うへぇ! ケモノヨダレ生臭い!!」


 半ば呆れてディロンは呻いた。


 結局ヤシンにへばり付いて離れなかった雪竜は、シノリ舘まで付いて来てしまった。



※※※※※※※※



 ゴンドオル王国、王都。 


 ローヴェが王都であった初代魔道王治世の時代、ここは南方を牽制する砦の一つだった。 


 魔道王の建国した、ワルラ・グリュネアとゴンドオルの沿岸を犯さないという魔道王と海竜との契約を、時代が下っても、人間達と疎遠になっても、海竜達は履行し続けていたが、ワラグリアを併合し、代を重ねたゴンドオル王朝に於いては、何度かのお家騒動や、南方の帝国ウンバアルとの接近で、次第に誓約自体の記録と記憶が失われていった。

 

 外海を忌避するようになったゴンドオルの民は、海に近く海竜やエルダールと盛んに交易をしていた旧王都ローヴェを捨て、南寄りの内陸に首府を移した。


 そこが砦であった時代、『ハルカリ』と呼ばれていたその地は、今はただ『王都』と呼ばれている。

 最初期の砦がそのまま王城の基部となり、その周囲に市街地が、やや無軌道に拡がっている。

 エリアドオルのオーマ、ドゥガル領のアイオモウリ、グルビナの首府ビエンカビラ等、魔道王が手掛けたと伝えられる北方様式の、美しく機能的な都市とは趣が異なり、王都の街並みは雑多な印象を受ける。


 街道の門は南に開け放たれ、貴族の住む旧市街と、それを取り囲む無秩序に建てられた新市街を隔てる城壁は北側ばかりが立派であった。


 王都の北にある関所を、ゴンドオルの騎士団がニコラウスを守りながら通過し、あと一日で帰還するとの報が早馬で王城に届いた。

 王旗に随行した二千の軽騎兵は潰滅し、数少ない生き残りが既に王都に入っているので、今回の旧北領王旗巡幸の失敗は新王シムイの知るところとなっている。

 敗走兵から伝え聞いた北の森での魔獣の跋扈と、破壊を司る神のような竜の存在を知り、王都に残った大貴族達の中にはニコラウスが死んだものとして、策動を開始する者もいた。

 追放され、旧北領に隠れ潜んだ白亜の塔の使徒、北方系魔道士の一団が、王兄ヤシンを未だ信望する貴族によって王都に呼び戻された。

 夏の終わりのヤシン王兄追放直後から、一時王都に溢れていたウンバアルの魔道士や重装兵が次々と本国に呼び戻され、代わりに柄の悪い傭兵や軽装騎兵がゴンドオルへ派遣された。

 名目としては新王の母であるウンバアル皇帝の娘、ゴンドオル前王后の身辺警護の為となっているが、ゴンドオル全軍を凌駕する数のウンバアル兵が王都には駐留している。

 未だにその兵数はゴンドオル軍を上回っているが、明かに兵の質が落ちてきている。


 ウンバアルが抱える西部の戦線、ドミオンとの戦いが激しさを増し、旗色は悪かった。

 既にゴンドオル南部諸領の貴族達は、新王に無断で民兵を派遣し、崩壊しつつあるウンバアル西戦線を支えようとしたが、それらはあっさり潰滅し、領民の怨嗟の声を募らせ、統治を危うくしただけだった。


 民と稲作の技術と魔道士。

 それらをウンバアルから受け入れるまでは良かった。

 しかし、遠いウンバアルの国境を守るため戦い、負担を強いられた領民達の間には、ウンバアル寄りの政策を改め、ゴンドオルへの回帰を求める空気が形成されつつあった。

 北領視察を強行し、潰滅したニコラウスとウンバアル兵二千人。

 一気に弱体化するウンバアル支配体制。

 民意を得、活発化する王兄派。

 そこに冷や水を浴びせるようなニコラウス帰還の報である。

 しかし北からの報せは、新王派、王兄派其々に、あざなえるなわごと禍福かふくをもたらした。

 王兄と共に北へ旅立った、ローヴェの聖女ミールが、オーマからの使者としてニコラウスと合流し王都に来るらしい。


 魔道士である初代国王の奇跡の体現として、魔道人形ミールは国民から絶大な信望を集めている。

 王の名は知らねども、市井の子供までミールの名は知れ渡っている。

 そのミールの来訪は、消息を絶った王兄ヤシンが、後に『恐れ森』と呼ばれることになる魔獣ひしめく北街道北部を走破し、オーマまでたどり着いた事を表していた。

 ニコラウス軍が潰滅した森をである。


 その一事によってヤシン王兄の正統を主張する貴族が現れた。

 ニコラウスでも排除できない王家の血の入る王統の大貴族達である。

 グルビナのガルボ家のようにヤシンの秘密を知り、ローヴェ離宮の池に潜む龍こそが、天龍アルティン・ティータと初代魔道王の子であることを、家伝として伝えてきた名士の家系である。


 家督争いが激しくなり、国内に内乱の空気が醸成されつつあった頃、離宮で恭順の意を示すヤシンに従い静観をしていたこれら大貴族が、ヤシンを王として再び王都に迎える運動を開始したのだ。


 二年前王都外縁で行われた北領兵と新王兵との戦い。

 それを再現するような機運が、王都を支配しつつあった。 


 遠く北之島が、雪に閉ざされる頃、南のゴンドオルでは王位をめぐる争いが再燃した。



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