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開拓騎士団  作者: 山内海
第二話
86/92

越冬 LIV 『ヤシンと海竜』

ヤシンと海竜



挿絵(By みてみん)


「ではな、魔道卿。ククーシカとゾルティアを頼む」


 北の灯台塔の建つ断崖には海に面して大きな洞穴が口を開けていた。

 その、洞穴の縁から始まって、外海からの波を防ぐ強固な防波堤が西に向かって延びている。 沖合いの岩礁の間隙を埋めるように防波堤はキコナインの街がある南西部まで続いているので、大型船は直接洞穴までは入れず、一旦西から回り込まないといけない。


 洞穴の東側から南に伸び、陸から少し離れた沖で西に折れるその防波堤の丁度角のところに、ヤシンとククーシカ、海竜王子ゾファーと一角竜女ゾルティアが立っている。


「なるべく早く戻る。ゾルティア、後は頼んだぞ」


「判ったわ」


 体をすっぽりと覆う布袋に穴を開けて首を突っ込み、そこを紐で結わえただけのような長衣を着ているゾルティアとククーシカ。

 額からやや中折れした一本角の伸びるゾルティアは人化した海竜。

 アルティン・ティータの眼球、『耀見石(シルパラン)』をその角の中に納めている。

 角の無い背の小さな少女ククーシカは、海竜に拾われた人間である。

 彼女の生国は今はない。

 カラキリアと呼ばれたその国は、竜王子ゾファーの母、西王母プロトメティーカによって滅ぼされた。

 西王母はその行為を大いに慙悔ざんかいし、自らを縛め、竜宮の最奥、水牢に閉じ籠った。

 ゾファーは惨事の生き残りであるククーシカを引き取り、彼女の兄として彼女を後見し、彼女のために陸で暮らしていた。


「竜宮より使いがきた。母上が私を呼んでいるそうだ」


 鈍色にびいろの空は雪こそ降っていなかったが、同じく鉄灰色にくすんでうねる海との境目は曖昧で、所在の判らない太陽からは、なんの暖かみも感じられなかった。


「我が母、西王母が治める西海の竜国は瓦解しつつある。西の大陸に海竜を退けるほどの強力な海軍を有する国が現れたらしいのだ。オーマと同じく、アルノオルの残党であるエルダールが、現地のエダインを支配して作り上げた国で、魔道士を多数乗せた艦隊を組織して海竜を狩っている。その国の名は『ドミオン』。ミグニシア海と彼らの呼ぶ我が海竜王家の海の半分は既にドミオンの手に落ちた……」


 暖房のためなのか、掌に火球を乗せて、それを燃え立たせながらゾファーはヤシンに語る。


「幸いミール殿の温情で、先のゾンダークの反乱に荷担した海竜の生き残りは赦された。私は彼らを西の竜宮に送り届け、ドミオン反攻の切っ先とする。かの国に阻まれ、南洋に孤立した我が姉『夕凪姫クシャナーダ』とゾルティアの母『ゾルティアーナ』も助けたい。更に東海を治める『東王父』に使者を送り、窮状を伝え助けを求めるつもりだ」


 話を聞いているヤシンは、シャツの上に革の胴着をつけて、その上から毛皮のマントを羽織り、手編みのマフラーを首元に巻き付けていた。

挿絵(By みてみん)


「…………」


 寒さに震えながら立っているヤシンと、腰紐で大布を括り付け上半身をはだけたゾファーは、共に西を望む。


「ゆくゆくは東王父に西海を譲り『海皇』の座に就いていただくよう進言する」


 ヤシンは、懐からジャラジャラと音のする石のようなものが詰まった小袋を取り出してゾファーに渡した。


「ゾファー王子。僕のお父さんと西王母様の間で交わされた盟約に従って、これをお渡しします」



「……?」


 袋をかかげ首をかしげるゾファー。


「……龍丹?!」


 角のシル・パランを光らせてゾルティアが驚きの声をあげる。


「龍丹だと?!」


 驚き、袋を取り落としそうになるゾファー。


「一粒で竜炉の焔を甦らせるという、あの龍丹か!」


 ヤシンはゾファーに自分の掌を拡げて見せ、彼の目の前でそれを閉じた。


「……?」


 真意を図りかねているゾファーの前でヤシンが再び手を開くと、その掌の上には、焔を内包した火珠が載せられていた。まるで手品のように。


「この龍丹には、正しい認識を取り戻せるように祈りを込めました。これは、今までこの海域を護ってきた貴方達への御礼です……」


 まるで別人が喋っているように、穏やかな語り口でヤシンはそう言った。


「ごめんゾファー王子。もっと早く龍丹を練る方法を知っていたら……ゾンダークも救えたのに」


 白い息と共に言葉を吐くヤシンは、ゾファーの手にある袋に今出来た龍丹を加え入れる。


「魔道卿よ。これは、これを用いるということは、先日あった計画に逆行するという事ではないのか?」


「あの計画、無理強いはしません。各々の竜が各々の答えを出して然るべきです。これは過年昔日、僕のお父様とゾファー王子のお母さんがオーマで交わした盟約を守り、北之島とゴンドオルを守り抜いた海竜への御礼です。どのように使うかは、王子にお任せします」


「ううううむ、これを全て海竜に用いれば、我ら海竜王国はドミオンを、いや、全てのエルダールとエダインを海から駆逐できるのだぞ。判っておるのか?」


 ゾファーは唸りながら小袋を腰帯に縛り付けた。


「僕のお母様はククーシカに言ったそうです。海竜はやがて海を治める小さな神になる、と」


 ヤシンはそう言って微笑んだ。


「うううむ、」


 それを聞いてゾファーは再び唸った。


「所で王子、腕の傷はどう?」


 ヤシンはゾファーの左の二の腕に触れる。

 そこには輪切りにされたような痣があった。


「む? うむ。エルダラン殿に癒してもらった。未だ痺れはあるが一年ほどで元に戻るらしい」


「よかった!」


「さて、そろそろ旅立つとする。……そうだ。知恵を失った竜達が、いまだオーマの宿り場辺りを彷徨いている。魔道卿にはあやつらを救う手立てはあるか?」


 海峡を越え遥か対岸、南の灯台の方を見てゾファーは問う。


「僕たちに任せてくれるなら、この『シノリ』に招くよ」


「『シノリ』とは?」


 聞き慣れない名前に疑問を持ちゾファーは尋ねる。


「エルダランや817号(ハイナさん)と相談をして、南の灯台塔は洞穴を残し破却して資材は全て引き取ることにしたんだ。そうなるといつまでもここを『北の灯台塔』とか言ってられないから、この場所に名前を付けたの。ここはキコナインの東、シラトリの南、シノリの町だよ」


「ほう、」


「オーマの海竜は、言葉は悪いかもしれないけど、僕の計画の実験台になってもらう」


「……それは人化計画か?」


「そう。人の、エダインの姿でいれば、竜も定命を得て死ぬことができる。……それがお母様が示した竜の滅びの道」


 ヤシンは自分の片手を手刀とし、ゾファーにかざした。


「更に。人化した竜が、エダインやエルダールと交わり子を成せば、そうやって世代を重ねてゆけば、やがては竜もエダインもエルダールも、等しく人、『人間』になる。生命の流れを共にゆく、この世界の一員となる。……それがお母様が示した竜の救いの道」


 ヤシンは残る一方の手の指を揃え何かを掬うような仕草をする。


「……にわかには信じ難き話ではあるが、それがそなた魔道卿の挑戦なのだろう」


 晴れ晴れとした表情でゾファーはヤシンを見た。


「死が救いなのか? 死ぬことが完全で、死なぬことは不完全なのか? 死んだことのない我には答えがない。魔道王と天龍アルティン・ティータには答えがあったのだろうか? そなたのこれからの行いに答えがあるとよいのだが。私の気がかりは、そなたはエダインをあまり知らないという事だな。エダインの醜い部分を観察するのだ。……所で」


 ゾファーは『コホン』と一つ咳払いをした。

 何故かゾルティアが呼応して『チッ』と舌打ちをした。


「そんなそなたの計画も、言い出し主のそなたが範を示さねば、下が追いて来まい? なのに先日飛竜の姫を娶ったそうではないか?」 


 手を組んで指をボキボキと鳴らしながらゾファーはヤシンに言った。


「め、め、娶ってないよ! 何言ってんの! ストレイリアはお客さんだよ! ホ、ホ、ホームステイ?! みたいな」


 急に顔を真っ赤に染めて、ヤシンは全力で否定した。


「龍で王ならば、妃の十や二十、居て当たり前だろう。しかし、魔道卿よ。龍のそなたが娶らねばならぬのは、この場合エダインの妃であろう」


「そもそも、そういうの、まだ早いと思うんだ。だって……」


「魔力が爆発するよう!」


 ゾファーが裏声でヤシンの声真似をして、股間を押さえてバタバタ足踏みをする。


 ククーシカとゾルティアが揃って『ぶっ!』と噴き出す。


「……。」


 ヤシンは赤面し、絶句して立ち尽くす。握った拳の端からは何故か龍丹がポロポロポロポロこぼれ落ちた。


「……ミールがいるもん! 僕はミールと結婚する!!」


「ミール殿をエダインと呼んで良いのか判らないが、まあ、そなたがそう言うのであれは、それで良いのかもしれない。……だが、さっきも言った通り、一人だけという事もあるまい。……ククーシカを娶ってもらいたい。さすれば我も安心して旅立て、」


「いや!!」


 ククーシカがゾファーの言を遮ってゾファーの首を絞める。


「人をぽいぽいトレードしないで! 私はお兄様の子供を産んで、死ぬときはお兄様に食べられるの!!」


「……」


 この、ククーシカの言葉に、今度はゾファーが赤面して立ち尽くす。


「……なあ、ヤシン。海竜の雌を雄に変える魔法とか無いの……? あ、エダインの雌を、雄にするってのも、有りっッチャア、有り、かしら?」


 モジモジしながらゾルティアが意味不明の質問をヤシンに投げ掛ける。


「おほん! と、兎に角、ククーシカの嫁入りの件は考えておいてくれ。次に会うときに答えを聞こう。……ただし」


 後ろからしがみついていたククーシカをそっと下ろし、頭を撫でてゾルティアに渡すと、ゾファーは二人に距離をとるように手で合図をした。


「ククーシカは海竜王国の姫、それなりに条件を出させてもらう」


「……だからね王子。当事者の意向をね、」

 

「ククーシカを娶りたくばァ! 我よりイイィィ!! 強いことを示せエェェ!!」

挿絵(By みてみん)

 呪腕を伸ばし、四本の手に魔力球を作りながら、突然マックスボルテージのゾファーが臨戦態勢をとる。


「ええ!? い、い、いや、だから、要らないし!!」


 魔力の暴風に仰け反りながらヤシンがうめく。


「ちっ! ちょっとお!! 要らないってどう云う事よ!!」


 呪腕を振り回して抗議するゾルティア。


「……お兄様も、ヤシンも、キライ。私はゾルティアのお嫁さんになる」


 ゾルティアの腕の中でククーシカがそう呟くと、ゾルティアは『はう!』と言って片膝を付きククーシカを抱き締めて、防波堤を西へと逃走を始める。


「駆け落ちィィィィィィーー!」


 と叫びながら。

挿絵(By みてみん)


「……さて、邪魔者は消えた。存分に試合うぞ!」


 ゾファーの二本の前腕は魔力刀の印を組み、手の先からは青白く雷光を放つ刀身が伸びていた。

 背中の呪腕には、それぞれ火と冷気をまとった魔弾が握られている。

 ゾファーは臨戦態勢となった


 この日行われた魔道王と海竜王子の戦いの勝敗は、後世に伝えられていない。

 建設途中だった北の灯台塔は戦闘の余波で完全に崩落し、南の灯台を移設することとなり、ゾファー王子の旅立ちが数日遅れたという記録が残っている。


 ヤシンはその日からストレイリアとの飛行散歩に連れ立って出掛けるようになり、時々モレヤかククーシカが加わることとなる。






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