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開拓騎士団  作者: 山内海
第二話
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越冬 LIV 『ヤシンとストレイリア』






ヤシンとストレイリア



「ええかな。北之島南部上空を版図とする飛竜王家は、魔道卿ヤシン・ソルヴェイグが主導するエダイン、エルダールの集団とよしみを結ぶっつう事で。契約の期間はソルヴェイグか疾風姫ストレイリアどちらかが死すまでとし、其々の、または二人の子の成人の時に更新をするものとする」 


 北の灯台塔の基部には、磨きあげられた冥府の黒曜石を敷き詰めた大きなホールがあり、御影石の柱が立ち並ぶその広場には、ゴンドオル王兄派の家臣やオーマの上エルダール、キコナイン村の下エルダールの主だった人物、それから人化した海竜や飛竜などが整列していた。

 

 最奥の壇上には方舟の姉妹魔道人形25号(ニコちゃん)がキョドりの限りを尽くして立っている。


「はわわわわわわわわわ、」


「うんむ。では、ヤシン・ソルヴェイグ。疾風姫ストレイリア。一歩前に。ニコちゃん。『はわわわ』しない」

 

挿絵(By みてみん)


 ニコちゃんの頭には法王の帽子をかぶったタコ、九頭龍ダリオスが鎮座し、偉そうに式典の催事を取り仕切っていた。 

 

 ダリオスの前には二人。

 魔道卿ヤシン・ソルヴェイグと疾風姫ストレイリアが立っている。


「あー、ヤシン・ソルヴェイグ殿」


「はい」


「貴殿は今、アルティン・ティータの導きによって飛竜王国と盟友になろうとしておる。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすと誓いますかな?」


 何やらもったいぶった物言いでダリオスがヤシンに問いかける。


「はい! 誓います」


 ヤシンは溌剌と答える。


「えー、疾風姫ストレイリア」


「……はい」


 人化して純白のドレスに身を包み、頬を染めうつむきながら答えるストレイリア。


「…………以下略。」


 ストレイリアを、含む壇下の一堂はずっこけた。


「……お姉さま。これって、まるで、結……」


「みなまで言わないの8号!」


 参列者に給仕をしながら、すれ違い様に5号と8号が囁きあう。


「大御姉様を見てみなさい8号」


「……」


 5号と8号の視線の先には、穏やかな笑みをたたえて飛竜王ストライダーと言葉を交わすミールの姿があった。


 妹たちには見えていた。


 彼女の背負う紅蓮の炎が。


 角の折れたストライダーはほくそ笑んでいる。



※※※※※※※※



「寒いねぇ。今日は冬至だよストレイリア。冬至には太陽の力が一番弱まるんだ」


「それくらい知っておる。わらわが何年生きていると思うておるのだ?」


 飛竜疾風姫ストレイリアの頭の上、両の角を抱くようにしてしがみついているのは、二代目魔道王ヤシン・ソルヴェイグ。

 黒竜討伐後、ヤシン達と同盟を結んだ飛竜王国は、疾風姫ストレイリアをヤシンの后候補として、強引に灯台塔に送り込んできた。

 ヤシンは大いに喜び、毎日空の散歩に連れていくようにとストレイリアにせがんだのだ。


「うーん、何歳なんだろう。僕はだいたい五百歳位らしいんだけと」


「ふ、ふ、ふえ?! 妾より歳上であったのか?!」


「らしいんだけど、六年前程からしか記憶が無いんだよね」


 ストレイリアは翼を大きく広げ、急峻に叩き付けられて上空へと逃げて行く風を捉えると、魔法の力に依らずに高く舞い上った。

 上昇の力量が失われ、落下を始める寸前でヒラリと身を翻し、ここまで身を持ち上げた上昇気流を生んだ絶壁を望んだ。

 その絶壁のやや上寄りには、巨人が横薙ぎに斬り付けたような断裂がある。

 飛竜の王ストライダーが営巣し、一族一派の寝床となっている高嶺の宮がそこにある。

 夜明けは近かったが、払暁には未だ至っていなかった。


 冬の始め、魔道王がこの島に上陸したときには、ここを天龍オルタナ・オルセンの配下黒竜ヴォルデインが占拠していた。

 ヴォルデインはヤシンにしりぞけられ、再び飛竜が支配するようになり、今も亀裂から飛び立った飛竜が沿岸の哨戒に、誰時(たれどき)の空へと、白い雲を引いて出発したところだ。


「ヤシン。高棚の上を見て」


 ストレイリアは高嶺の宮に正対し、呪腕と翼腕で『(そら)掴み』の術式を発動する。

 魔方陣から発生した重力球。

 黒真珠のような球体が空間に固定されている。

 その球体を掴んで、ぶら下がるように留まる魔法が虚掴みである。


挿絵(By みてみん)


 先程までは風に逆らわず飛行していたので、感じられなかったが、留まった途端にヤシンの顔に風が叩き付けられる。

 上空は風が吹き荒れ、それは切り裂くような鋭さと冷たさを伴っていた。 

『竜乗り』の為に817号(ハイナさん)に仕立ててもらったヤシンの飛行服と兜。

 兜の前面を上げ、烈風に目を細めながらヤシンは岩肌を見る。 


「……! あ! あれは、ストレイリア?!」


「うふふ、そう見える?」


 飛竜の出入りする裂目の上にも断崖は続き、岩肌の窪みに吹き付けた雪が凍ってこびり付き、自然のいたずらか、黒い断崖にまるで二本角の飛竜の頭の部分のようなレリーフを浮かび上がらせていた。

 細い鼻筋から鋭角なV字で伸びる二本の角は、ストレイリアのそれを思わせた。


「毎年、冬至の前後数日、この南面した崖に南から湿った雪が吹き付けるの、それが次の日の寒風で凍り付いて、窪みに吹き溜まった部分が残ってこんな形になるのよ」


「……だけど、角が、」


 ヤシンは残念そうな声を上げる。

 V字の角が細く、片方の角は先が消えていた。


「私が巣立ち、初めて高棚から飛び立ったのは冬至の日だった」


 飛竜の刻印を見ながらストレイリアはヤシンに語る。

 ヤシンは聞き漏らさないようにと、身を屈めストレイリアの頭を抱くようにする。

 その様子を頭頂の温もりで感じ取ったストレイリアは少し微笑んだ。


「父上に誘導され、よろめきながらも何とか辿り着いたこの場所で、二人してこの刻印を眺めたのは何百年前の事だろうか? ……父上は言われた。『これはお前のしるしだ』と。……それから毎年、妾は欠かさず冬至の夜明けに、ここで妾の標が朝日に照らされるのを待つのだ。毎年、毎年、毎年な」


 その言葉を待っていたかのように、東の山々の稜線に立ち並ぶ屏風のような立石の向こうに、冬至の太陽がゆらゆらと昇りはじめた。

 弱いながらも熱を伴った陽光がヤシンの方頬を暖めてゆく。


「毎年冬至の夜明けをこの場で待っていると、あることに気付いたのだ。季節によって太陽の昇る位置、辿る軌跡が変わるのは魔道王も知っているだろう?」


「うん。夏至に一番高く上がった太陽の軌跡は、だんだん低くなり、冬至に低空を這うように弱々しく過ぎるだけになる。その軌跡を3日位辿った後、再び高くなり始めるんだ」


「我ら竜には、めまぐるしい事よ。……しかし魔道王。知っているか? この冬至に昇る太陽も、歳を追うごとに昇る位置を変えて行くのだ」


「……ゴンドオルの古い文献、恐らくお父さんの残した書物に書いてあったよ。どうしてなのかは書かれていなかったけどね。お父さんは太陽や月、星の動きから、その答えを導き出されるのではないかと、星の観察を始めたんだ、その数年後に母上に食べられちゃって、ゴンドオルでの研究は途中で途切れちゃった。それを僕が引き継いだの」


「ふうん。『研究』して『究明』しようとは気忙きぜわな話だな。……いや、親のやることを子が引き継ぐという意味では、気の長い話……なのか?」


「でもね、ストレイリア。南のローヴェと北之島では見える星の位置がほんの少し違ってね、何で差が出るのかも気になるんだ」


「…………」


「? どうしたの? ストレイリア」


「、ん? いや、父上の言葉を思い出してな。……『世界は魔術により創られ、呪術により整えられ、カガクによって同定される』と。妾には、『カガク』なるものが何なのかは解らぬが。……そうだな、その言葉をこう置き換えるなら、どうだろう? 『世界は龍によって創られ、エルダールによって整えられ、エダインによって同定される』と」


「…………」


「魔道王、お前は何者なのであろうな。龍なのかエダインなのか。お前の父君は何故天龍に殺されたのであろうな」


「…………」


「いや、すまん。話が逸れた。冬至の太陽の昇る位置だったな。……あそこの山の稜線に牙の列のように立ち並ぶ岩が見えるだろう」


 ストレイリアは首だけを東に回して朝日を未だに背にする立石を見るように促す。


「毎年同じ場所で日の出を拝んでおるうちに気付いたのじゃ。この冬至の払暁に日の昇る場所は、歳を追うごとにほんの少しづつずれておるのじゃ」


「え?」


「今はあの、丸っこい岩が太陽を半分隠しておるな。……確か私のはじめの記憶。巣立ちの朝の記憶では、太陽がそのとなりの細い岩で二つに割れておったのだ……」


「……」


「そしてこの時期の、この北之島の寒さも年々緩くなり、この、私の標の角も細くなってゆく……」


 再びストレイリアの頭は断崖に向き合う。


「ストレイリア。本を読んでいて思ったのだけど、不思議なこと、解らないことは一杯ある。世界は謎で満ち満ちているんだ。わからないことには何かの力が宿っているのではないかと僕は思う。それが解明されたとき、その力は失われ、謎はこの世界の道理となって根付くんだ」


「ならばいつの日かその道理とやらで答を導き出してくれ。妾の標の角は元に戻るのか? それとも失われ、妾もこの、刻印の妾のように、そして父上のように、角を捨ててエダインとして生きて死ぬのが神意なのか?」


 そう言ってストレイリアは虚掴みの術を解き、翼を拡げる。

 翼は風をはらみ、その風に乗ってストレイリアは南西に進路をとった。


「……ストレイリア。僕はほんの少しの間、龍だったんだ」


 高棚に振り返りつつ、ヤシンはそう言った。


「この前のことを言っているのか?」


 冬のはじめ、ヤシンは高嶺の宮でヴォルデインと闘うために龍へと変化した。


「よくは覚えていないけど、君と戦ったときみたいに父上に操られていた訳じゃないので、記憶というか感情の残り滓みたいなものがあったんだ。僕の中に、別の意思がある。たぶんそれは龍の意思なんだろう」


 キコナインへ向けてストレイリアは飛ぶ。


「その意思は飛ぶことと、焔を見ることを切に欲していた。僕はその意思が表に現れることが怖いんだ……」


 そう言ったきり、北の灯台塔に着くまで、ヤシンは言葉を発しなかった。


 



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