越冬 L
戦闘のあった場所から、下宮へと通じる丸扉までは、予想していたよりも距離があった。
ゾファーとゾルティアとフランドウィールは、それぞれ一人づつ無力化した翼人を肩に担いでいる。
翼人は細身ではあるが、背丈はエルダールのカラリオンとさほど変わらず、ゾファーやゾルティアよりも高かった。
しかし、竜達は難なく翼人を担ぎ上げかなりの早さで駆けていた。
ヤシンはカルンドゥームに抱かれ、カラリオンは魔道メイド5号に抱き上げられている。
小さな少女に抱かれているカラリオンはかなり奇異に見える。
全員が常人では不可能な速度で進むと、先程一人だけ離脱した翼人の背中が近付いてきた。
翼人は一度振り返り『キィィィ!!』と悲鳴のような叫び声をあげると、此処を先途と決死の力走を開始する。
「もうすぐ焔が通る! ストレイリア! このままこの人について走り続けて!」
前方の光は徐々に明かになり、緩やかなカーブの果てに、下宮の照明が漏れ出でる丸扉と、高嶺の宮まで続く螺旋階段の昇り口とがあるちょっとしたホールに出た。
扉の前には三人の翼人が門衛のようにに身構えていた。
一人、抜きん出て体の大きい翼人の戦士がいた。
ヤシン達に追われてここまで逃げてきた翼人は、その門衛達に迎えられ丸扉の向こうへ消えていった。
門衛はヤシン達に向き直り、爪を揃えて身構えた。
「カドゥム・アイアガイヤ!! ネグネガ・ドゥルガ!! マレク! マレク!」
ヤシンが竜や機械魔道の知らぬ言葉で、翼人達に叫ぶ。
その言葉を聞くと、翼人の門衛達は動揺し、浮き足だった二人が丸扉の向こう側に退いた。
しかし、体躯の優れた戦士は『シィィ!!』と鋭い声をあげると、螺旋階段に向かい、黒く煤け段差も半ば溶けている階段を駆け上がり始めた。
ヤシンは「あっ!」と叫び声をあげる。
一度逃げ出した翼人二人は、それに気づくと慌てて振り返り、一瞬の戸惑いと躊躇の後、戦士を追うために再び戻ろうとした。
その時、扉を目指して疾走するヤシン達一行の最後尾、25号オン・ザ・ダリオスが、髪の毛のように靡かせていた八脚を伸ばす。
脚は一行の外側を追い越し、翼人二人の背後に回り込み、前方の丸扉の縁を等間隔で掴み、その八脚の内側にヤシン達と翼人の二人も、網で捕えたかのように包み込んでしまった。
ダリオスは伸ばした脚を一気に収縮させ、とらえた全員を包んだまま丸扉の向こう側に飛び込んだ。
丸扉の先は下宮の最下層、石牢のような部屋だった。
部屋の中には、先に逃げ込んだ一人と門衛の二人の他に待機していた翼人が四人いた。
通路で捕獲した翼人を抱えていたゾファー、ゾルティア、フランドウィールは、待機していた四人の翼人達の前に、捕縛した翼人を降ろす。
ヤシンが「解」と一言いうと、床に倒れ付していた三人の翼人は、身じろぎをして座り込んだり起き上がったりした。
「我はゴンドオル北領公ヤシン様が配下、機械騎士カルンドゥームである!! エルダール語か竜語を解する者はいるか?!」
抱き抱えていたヤシンを恭しく降ろしたカルンドゥームは、腰の装甲の内側に据え付けてあった筒を取り出し一振りする。すると筒の中身に入れ子式に仕舞われていた筒が次々と飛び出し、先細りする長い棒になった。
片腕の小盾を外して、その棒の根元辺りに突き立てると、あまり鋭くはないが大きな椀鍔の突剣のようになった。
その剣を、黒く煤けた通路とはうって代わり、白みがかった石材を敷き詰めた下宮の床に突き立てたカルンドゥームは、翼人を見回して名乗りをあげた。
背後では、人の背丈を倍する、石で出来たコインのような丸扉を閉めようと、ゾルティアが取り付いていた。
ドアノブも蝶番もない扉は、精巧な彫刻でくり抜かれた溝にはまり、押すとこも引くこともできない。
ただ、丸扉の中央からやや外れたところには石臼の挽き手のような取っ手が一本飛び出していた。
「……??」
そんなゾルティアを後目に、一人の翼人が片手をあげて用心深げにカルンドゥームの前に来た。
「ここで談判をしたい。頭立った者が他にいるならば進み出てもらおう!」
カルンドゥームがそう言うと、翼人は首を振った
「族長テシカーガは、黒竜に注進するため、階段を上っていった。我らでは決められない……」
「ゾルティア。ここの取っ手を持って溝に沿って横に転がすんだよ、あっ、閉めるのは一寸待って!」
ゾルティアに丸扉の閉め方を教えていたヤシンが「みんな聞いて!!」と声を張り上げる。
「翼人の皆さん! 僕はヤシン。さっきも言ったとおり間も無く上宮のヴォルデインがこの通路に火を吹き込みます。僕は族長を追いかけます。焔が来る前に追い付けたらそのままヴォルデインとお話をして、翼人と黒竜が交わした『竜の契約』を改めるように申し出ます。だから翼人の皆さん、首尾が判るまで乱暴をしないで待っていてください」
そう言ってペコリと頭を下げたヤシン、丸扉の向こうの暗い通路に戻った。
「みんなは。僕が出たらすぐに扉を閉めて。そして下宮から外に出て崖下から高嶺の宮を見上げて首尾を見守っていて」
「一人で行くのか?」
「お坊っちゃま! いけません!」
ヤシンとストレイリアの会話に5号が割って入る。
「竜の火を潜るんだ。そんな危険な目にみんなを遭わせるわけにはいかない」
「思い上がるな! それが王族のすることか?! 何のために家臣を率いているのだ?!」
ストレイリアは真顔で諭す。
すると、
『ドゥグルル……ガルルルルルルルル……』
地響きのような唸り声が突然聞こえ始めた。
翼人は間近に黒竜ヴォルデインが現れたのか、それともこの暗い通路から侵入した一団の中に、人に変化した黒竜が紛れていると思い、にわかに怯え頭を抱えてその場に踞ったり、キョロキョロと辺りを見回し音の出所を探そうとした。
ヤシンから視線を外せないストレイリアの薄紅の瞳に怯えの色が加えられる。
「龍ノ争イノ間ニ立テバ、坩堝ニ焚ベラレルゾ……」
頭蓋骨に鑿と槌で直接彫り抜くように、言葉がここにいる全員の頭に響く。
ヤシンは変わらず、その顔には少し困ったような笑顔が未だ貼り付いていた。
しかし、その微笑の下に溶岩の奔流のような烈火の激情をストレイリアは見出だした。
「ダリオス。後はお願い」
「お? お、お、おう、応。手助けは……、要らへんのやな。……せな、気いつけてな」
「お坊っちゃま!」
5号と8号が隙間から通り抜けようと擂るが、ヤシンは二人を両手で抱き締めてから下宮へと追い返した。
「ゾルティア。時間がない。閉めて」
ゾルティアが取っ手に体重をかけると、丸い扉はコインが転がり走るように容易に動き、ヤシン一人を通路に残して、丸い通り口は狭まり、三日月の形になり、ついには隙間も解らぬように閉じてしまった。
扉は精密で、音も空気の流れも、もうこちらからでは察知できないが、『タンタンタン』と軽い足音が遠ざかって行ったような気がした。
「……さて。この冒険行の言い出し主が行ってしまった。我らはどうするべきか……」
未だ恐れ慄き、頭を上げられない翼人達を見下ろしながらゾファーは呟いた。
「ここにいても仕方がない。外に待機する飛竜戦士と合流して上宮を監視する者。下宮で翼人を牽制し飛竜を解放する者。二手に分かれよう……」
そのように言うとゾファーは人選を始めた。
しかし、程なく轟音が扉の向こうから聞こえ、扉のあるホールの壁の一辺から熱波が押し寄せた。
黒竜の焔が通路に放たれ、先程までヤシン一行が走っていた場所が火焔と熱線の通路となったのだ。