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開拓騎士団  作者: 山内海
第二話
74/92

越冬 XLIII



 


 北の灯台塔は大所帯となった。


 まずは王兄ヤシンとその家臣達。

 ゴンドオル王シムイより新北領公に封じられ、エダインは住んでいないが、『建国の前に初代魔道王が滞在したことがあった(らしい)』というアヤフヤな伝承を元に、無理矢理ゴンドオルの領土にされた北之島に赴任する王兄ヤシン。

 ここ数年ヤシンの家庭教師を勤めていた白亜の塔の魔導師カロン。

 病弱なため旧王都のローヴェにある離宮で暮らしていたヤシンの、身の回りの世話をしていた魔道人形ミール。

 ヤシンの助命嘆願により、反乱の首魁ウィストリアの娘でありながら、死罪を減じられた、北領公姫グレタ。

 そのほか新王家では冷遇されている貴族やその家臣など総勢100人。



 護衛兵団。

 ヤシンと家臣達を北之島に送り届けるため、王都からヤシンと北行を共にし、結局王都へは帰らず北へ渡海した護衛兵達。

 実際は新王シムイの後ろ楯、ゴンドオル宰相ニコラウスに雇われた暗殺者と暗殺者が雇った傭兵達60人ほど。

 後にリーダーの廃業騎士ダイモンがニコラウスを裏切り、文字通りの護衛兵団として、北限の町オーマまで王兄一行を守り抜いた戦士達である。


 

 ワラグリア敗残兵。

 前王崩御の時、ゴンドオル国内を二分して行われた、兄王子ヤシンと弟王子シムイの王位継承争い。

 そのヤシン派として旧ワラグリア領で決起し、王都外縁で行われた合戦で壊滅的大敗を喫し、北へ逃げ帰ったが、自領の領民に締め出され北之島まで落ち延びた兵士達、総勢500人。

 現在の指導者は、キコナインの上エルダールリングロスヒアによって全身に魔方陣を刻まれた、グルビナの騎士クリム・ドウラン。



 エルダール達。

 二年前、北之島まで逃げてきたワラグリアの敗残兵をかくまい、村に住まわせていたキコナイン村の下エルダール達は、先日の騒動の際ワラグリアの敗残兵達に家を焼かれ、住む場所を失っている。

 崖下のキコナイン旧市街に住んでいた上エルダールは霧と共に消えてしまったが、焼け出されたキコナイン村の下エルダールは100人位いる。

 彼らは森の各所に蓄えていた食料を、灯台塔の下、岸壁に穿たれた巨大空洞にある魔道王の地下都市に運び込み、ここで冬越しを行う用意をしている。


 以上の人間達に、ヤシン達と行を共にする海竜達やオーマとキコナインを結ぶ航路に渡し船を走らせていた『方舟の姉妹』や南の灯台塔の灯台塔など人外の者達を加えると約800人位の集団となる。


 彼等の中には諍いや不和の火種を抱えるものもあったが、迫る冬を乗り切るため、ひとまずは団結することにした。




 昨日の夜、灯台塔の北で起こった飛竜と魔王の戦い。

 その後の天龍降臨と、三龍による豊穣の奇跡で、戦場跡地には黄金の実りをたたえた麦畑や、季節を揃えて実った野菜の数々が膨大な量残されていた。


 ワラグリアの騎士クリム・ドウランの指揮により、傷を負った者以外の敗残兵は、収穫に出向いている。

 怪我人はオーマの上エルダールの数少ない生き残りが治療にあたり、ヤシンの家臣のメイド達と方舟の姉妹が看護をしている。


 物珍しげに、巨大な蟹のような機械兵が、王都の一軒家くらいの大きさの石の塊を二つ抱えて、灯台塔基部の城壁のような壁をガシャガシャと這い登っていくのを、所々に人の背丈ほどの卵のような黒い岩が立つ、枯れススキの原で眺めていた者達は、作業はできないが歩き回れる程度の怪我人や、灯台塔の警護をしているヤシンの護衛兵達だった。


 片腕を三角巾で吊るした元護衛兵の元締めダイモンは見物には加わらず、卵石を相手に黙々と剣を振るっている。


 石は硬く傷ひとつ付かない。


 北行の間、身に付けていた灰銀色の甲冑は怪我で着ることが出来ず、エルダールの療養所で用意されたスモックの様なものを着せられている。

 髪は綺麗に切り揃えられ、伸ばしている顎髭以外は剃られている。

 療養所で方舟の姉妹に徹底的に看護され、身綺麗にされたのだ。

 旅の間は傷だらけの甲冑を纏い、落武者か山賊の頭のような(どちらも当たらずとも遠からじだったのだが)姿をしていたが、今は、まるで神官のようである。


「おいおいお頭。振るのは兎も角打ち込みは止めきなよ! 傷を負って昨日の今日ですぜ」


 ダイモンが斬りつけている岩の後ろにもたれ掛かって、剣の手入れをしているのは、新しい護衛兵団の団長ディロン。


「ディロン。俺はもうお頭ではない。お頭はお前だろう? ……俺は裏切り者。そして今はミール様の騎士だ」 


 剣が岩に弾かれる時、傷が痛むのか顔をしかめダイモンがそう言うと、ディロンは立ち上がりズボンについた草を払いながら岩をくるりと半周し、ダイモンと岩の間に入った。


「ま、おいらは姫さん。あんたはミール様。お互い担ぐモンは違っちまったけど、お頭はお頭さ」


「なあ、ディロン」


「なんだいお頭?」


「ここは騎兵が駆け回る土地ではないな」


 森の始まり。

 木々の壁を見ながらダイモンはそう言った。


「どうやら馬を走り回られる場所作りから始める必要がありそうですぜ」


 護衛兵達は馬を方舟にのせて北之島まで来ている。

 その数は騎兵馬、馬車を牽く馬など、合わせて四十頭ほど。

 先程まで、寒さに震えながらも、灯台塔の周りに放牧され草をんでいたが、大型工兵の起動の音に脅え、仮の厩舎である灯台塔基部の搬入口へ逃げ帰ってしまった。 


「ヤシン王兄とミール様を守るため俺は生かされた。しかし、俺は何からあの方がたを守るのだろう? 何に剣を振るえばいいのだろう?」


 ダイモン自問にディロンが口を挟む。


「お頭。俺はオーマの灯台で、海竜と、妙珍奇みょうちきりんなカラクリ兵隊が戦っているのを見たんだ」


 ダイモンの前に座り込んだ。


「あの撃ち合いの只中に、馬を駆っておっとり刀で飛び込んだところで、いいとこ弾避け位にしかならないだろうね」


 ディロンはそう言うと今まで手入れしていた剣をぞんざいに鞘に押し込んでしまった。


「……」


 ダイモンはディロンを見下ろしている。

 死を望み、傷を負い、ダイモンは縮み萎れてしまったようにディロンには見えた。

 恐らく彼は途方にくれ、自分の言葉を待っているのだろうと察したのだ。


「武器が要るな」


「……武器?」


「剣は歯が立たない。弓矢も通らない。海にもぐる。空を飛ぶ。そんなやつらを相手取って戦うんだ。今までのように人間相手にやってたような戦い方は意味無いだろう。剣術なんざぁ糞の役にもたたねえ」


「斧やツルハシ、重ハンマーでも獲物にしろと言うのか?」


 ダイモンが問う。

 ディロンは首を振る。


「いやいや、それでも足りねえ。知恵がお粗末だなぁ」


『弓矢はそこそこだが剣術は見かけ倒しでからっきし、だけど屁理屈をこねらせたら並ぶ者無し』それがディロンの人物評である。 


「一人一殺でも割が合わねえ。ましてやおっかない竜にってたかって挑んで、焔で一網打尽なんて洒落になんねえ。お頭。ちんまい子供や年寄りや女、それらを守るって事は、俺らも簡単にくたばっちゃなんねぇって事だ」


 そこまで言ってディロンは、灯台塔をよじ登る機械工兵を見る。


「俺ぁあいつらと同じ武器を手に入れたい。ここならそれが出来るだろう」


 ディロンの瞳には、憧れのような野望のようなものが鈍い光を放っていた。



※※※※※※※


 

 竜が物事を始めることはない、

 竜は終わらせるだけ。

 

 世界創造の朝を知らぬエダインの古い言い回しである。


 疾風王ストライダーの棲まう高嶺の宮は、上エルダールの王国アルノオルがまだ権勢を誇り、北之島がアルノオルと対をなす国『エリアドオル』と呼ばれていた時代に、アングマアルの軍勢を監視するため上エルダールが築いた山塞である。

 山の頂には、シル・パランのような遠視の魔玉が置かれ、その視線は遥か北方を睨んでいたらしい。

 

 海竜との戦争の最中、他の竜族もエルダールに敵対し、エリアドオルの上エルダールは孤立を恐れ、この山塞は放棄された。

 

 見棄てられた場所に飛竜が営巣したのだ。

 その過程で山の岩肌を掘り抜いて作られた要塞の壁面はすべて破られ、山塞は巨大な斧で山を横薙ぎにしたような切れ込みだけになってしまった。

  

 それが飛竜の一派疾風王ストライダー一族の棲まう所である。


 ヴォルデインが来る前、高嶺の宮の床には金銀財宝が敷かれていた。

 いや、今も金銀財宝は敷かれている。

 ただ、その上に飛竜の体が被さるように敷かれ、さらにその上にヴォルデインがのし掛かって長い体を横たえているのだ。


 下エルダールは金属をあまり用いない。

 床の輝きは上エルダール時代の武具や装飾品、高貴な殿原の食器や家具の類いである。

 金や銀、鉄や銅などは、飛竜の炉が発する熱で溶け、松ヤニのようにドロリと床に拡がり滴っている。

 その中で形をとどめているのは、『深銀シンギン』と呼ばれるアルノオルの地の底の底から産出する希少な金属で作られた物だけであった。


「グククククク。確かに、これら人間どもの財宝の輝きも良いが……」


 ゴルルル、


 地響きのようなそれは、黒竜が喉をならしている音だった。

 黒竜は、四足で走る地竜と、翼を持ち空を舞う飛竜の中程の姿をしている。

 強靭な後ろ足とやや細い前足。

 翼は畳まれ背中に背負っている。

 地竜のように早く走ることも、飛竜のように自在に飛ぶことも出来ないが、泳ぎを含めて陸海空、全てで活動が可能な黒鉄の竜である。


 床に腹這う飛竜の呻き声が微かに混じるが、その度にヴォルデインは誰何もせずに棘の酷い尾を声の方に撃ち付け黙らせた。


「音をたてるな! お前たちはわしの寝床を飾る座布団なのだから」


 ヴォルデインは己の前足を寝床(飛竜)に沿わせ荒々しく薙いだ。

 ヴォルデインの黒曜の竜鱗と飛竜達の竜鱗が火花を散らす。

 彼の鉤爪と寝床の端の方にいた哀れな飛竜の角がぶつかり、飛竜の角は叩き折られてしまった。 

挿絵(By みてみん)

 ゴルルルフフフフフフ……。


玉石ほうせき玉璧ぎょくへき玉鋼たまはがね。どの輝きも麗しいが、ワシの心を動かすのは、飛竜! 飛竜の白金に輝く鱗の煌めきよ。……ああ! ストレイリア! ストレイリア! グーックックックッ!!」


 白銀の鱗は飛竜の牝に多い。

 うめきを噛み殺す飛竜の女達の上で黒竜ヴォルデインはひとつ身じろぎをし、頭を伏せて眠る。

 しかし尾だけはまるで他の生き物のように鎌首をもたげ、辺りを睥睨へいげいしていた。


「神のことわりだの、オルタナ・オルセンの意図などどうでもよい。ワシの欲を満たすものが有れば、ワシはそれを奪うだけ。とがめるものはこの世を見棄てて去ったそうな。良いちまた、良いちまた……」


 黒竜ヴォルデインはくらい夢見に落ちていった。




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