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開拓騎士団  作者: 山内海
第二話
66/92

越冬 ⅩⅩⅩⅤ




 北之島の夜が明けようとしていた。

 灯台ヶ森は盛大に火焔を巻き上げ、地上は熱風吹きすさぶ地獄のようだった。

 火に照らされて、辺りは明るかったが、暗かった空にも微かな朝の予兆のようなものが現れた。


 そのまま少しずつ明るくなるのが常であるが、今、時を早送りしたかのように、真昼の眩しさが唐突に顕現する。

 雲が割れて、そこから細長い太陽のような光の帯が降ってきた。


「アルティン・ティータ……」


 ククーシカは再びその名を呼ぶ。


 落下する帯の中程で、三対の団扇のような翼が拡げられる。

 四肢を伸ばし、うねりながら、飛行を始める帯は、翼のある蛇のようだった。


「アルティン・ティータ様ぁ!」


 いまだ地を這う飛竜達が、口々に天龍の名を呼ぶ。

 幼子おさなごが母の名を呼ぶように。


「ん! ん! ん!」


 ククーシカが両手を天に向けて広げる。


 地上に近付き、眩しい光の帯の全容が明らかになる。

 天を流れる光の大河のような長い体。

 四本の角を有し、六枚の翼を持つ龍。

 

 天龍のアルティン・ティータは、焼野原の荒れ丘に集う者達を目掛けてゆるゆると降下を続けた。


 空から鈴の音のような音が聞こえる。

 

 地上すれすれで天龍の体は縮み、人の姿を形作る。

 陽光をそのまま変化させたかのような、自光する髪。

 枝分かれする一対の角。

 彼女は、飛竜を除いた一同の中で一番背の高かった。

 上エルダールのカラリオンより、さらに頭一つ抜きん出て長身だった。

 荒れ果てた地面は、彼女の着地と同時に起こった、柔らかい風が吹き通ると、急に光の草花が芽吹き、それらは見る間に成長した。

 風はそのまま広がり、燃え盛る木々の火焔を吹き消し、あれほど辺りに蔓延していた火災も煙も、始めから無かったかのように消え、焼けただれた地面は光に覆われた。


 挿絵(By みてみん)


 森には夜明け前の闇が戻っていたが、アルティン・ティータの草原は発光し、周囲を照らしていた。


「アルティン・ティーター!! うわわわわわーーん!!」 


 ククーシカはよろめきながら走りだし、黄金色の草原を渡ると、アルティン・ティータの元にたどり着いた。


 アルティン・ティータは、ククーシカを抱き上げ胸元に引き寄せた。

 


「ククーシカ……」


 鈴が鳴り響くような小さいがよく響く声で、アルティン・ティータが名を呼ぶと、その音声おんじょうは、花弁を撒き散らす春風のように吹き渡っていった。


 まるで妊婦が着るような、緩やかな夜衣をまとい、ククーシカを抱くアルティン・ティータは、母性の象徴のように皆の目には写った。


「ゾファー王子は優しくしてくれているようですね。シル・パランを通して見ていました」


 優しげな声でククーシカにそう語りかけたアルティン・ティータは、一転冷ややかな表情になり、いまだ地面に伏す魔王へと視線を落とす。


御前様おまえさま……」


 アルティン・ティータが呼び掛けると、伏した魔王の背中がビクンと、躍動する。


「い、いやあ、ティータ。戻ってきたの? そういう算段だったっけ? なにか忘れ物かな? ……ひい!!」


「御前様、魔力に酔いましたね。それが『魔に魅入られる』と云うことです」


 魔王の体は実体の無い幻影のようなものだった。

 アルティン・ティータの緩やかな装束の裾から、鱗で覆われた三本目の龍の腕が生え、恐ろしい速やかさで魔王をつまみ上げると、引き寄せた。


「各々の器に各々の神酒は注がれます。器が満ちれば、後は零れ落ちるだけ……。魔力を求め、世界をさ迷い歩いた御前様が判らぬ道理ではありますまいに……」


 龍の腕に吊し上げられた魔王は、背中を丸めて縮こまり、そのままアルティン・ティータの目の前まで運ばれた。


「……魔道王などと呼ばれてはいたが、君の魔力を借りなければ、手品程度の魔術しか出来なかった私が……。一度は自分の魔力で飛び回ってみたかったんだ……」


 唇を尖らせて、抗議めいたことを言おうとした魔王であったが、思い直し、自嘲気味に言葉を続けた。


「……結局、魔力を借りていることには、かわりないか……。でも、ああ、満足だ。今度こそ満足した。では、行こうかティータ」


 魔王の体は実体が無いが、その幻影のような姿はさらに霧散し、アルティン・ティータの龍の腕に吸い込まれてゆく。


「ああ、ククーシカ。そういえば、息子には伝えてくれたかい?」


 薄れ始めた魔王が、ククーシカに問う。


「え? 何を?」


 アルティン・ティータに抱かれたまま、ククーシカはキョトンと聞き返す。


えばこれ寿ことほぎ、大樹たいじゅに逢えば此をいだき、川に逢えばその源流を見出だせ……と」


「???」


「なんだい、たった数日前に言伝てを頼んだでしょ?」


「おー……、???」


「加えて息子に伝えてくれ。

 我は行く。

 狂える神々を排斥し、

 アルティン・ティータを神とするために。


 お前は留まり、

 大地と、大地に生きるすべての生命に、

 天地創生の魔力を還すのだ。


 竜を救う者がいるとするならば、

 お前をおいて他にはない。


 竜を滅ぼし、

 竜を救え。


 辿々《たどたど》しくいびつな竜の道を、

 手繰たぐり寄せ、

 折りたたね……、

 その流れの涌出わきいでたるみなもとと、

 母成る大海に注く河口とを結び……」


 魔王の体はいよいよ薄れ、霧のように覚束無おぼつかなくなった。


──円環へと繋ぐのだ…………。


「じ、自分で言えばいいのに!」 


 魔王は霧散し、アルティン・ティータは留まった。


「羨ましいのよ……。あの人こそがその役目を担うはずだったのだから……」


 ククーシカの呟きに、アルティン・ティータは答える。


「アルティン・ティータはん……」


 25号の頭に乗った九頭龍ダリオスがおずおずと声をかける。


「あら、海底公。お久しぶりです」


「こっちは時々、あんさんの寝顔見ぃにオーマの街には何度か出向いとったんやけどなぁ……」


 ダリオスは言葉を続けようとしたが、近付く蹄の音に遮られた。


「お坊っちゃま!!」


 疾駆する巨馬、飛影の背に二人の女性が乗っている。


「……? 古いミールと新しいミールが連れだって来よった」


 飛影はアルティン・ティータの目の前まで進み出るが、ミールはその途中で鞍から飛び降り、地面に倒れているヤシンヘ駆け寄る。


「ああ! なんという……」


 地面に伏すヤシンを抱え起こし、眼球をくり抜かれた眼窩の傷を認めると

 悲鳴のような声をあげ、治癒の魔法を発動した。


「おお、アルティン・ティータ様。そのお美しいかんばせを再び目にすることが出来るとは、光栄の極み……」


 感嘆の言葉とは裏腹に、さしたる感慨も無さげなビショップがアルティン・ティータに臣下の礼をする。


「……あなたは、灯台守のビショップですね」


「お目汚し失礼。先日の戦いで体が大破し、今はこのような浅ましい姿になりさらばえまして……」


 ビショップは手に持つ煙管から一息吸い、煙を『ぷかあ』と吐き出した。


「その体は私の姿を模して作られています。つまりは私が浅ましいと?」


 たおやかな笑みでアルティン・ティータが問うと、ビショップは目を丸くし眉を上げ、『それがどうかしましたか?』とでも言いたげな表情を作った。


 アルティン・ティータが口を開こうとしたとき、ビショップの背後から二体の機械騎士、カルンドゥームとカルディアシデロスがビショップの腕を取り、後ろに捻り上げた。


「ふぐっ! どうした機械騎士? 私は見ての通りか弱い女中ぞ! お前達は魔道王陛下より、魔力や立派な体を賜ったのであろう? そう殺気立つな! 『敵にをも慈悲の心を、謂わんや女中をや』ではないか?!」


 痛みに顔を歪め、機械騎士に引きずられるようにして、ビショップはアルティン・ティータの面前から離された。

 引かれながらもビショップはもがき、叫び声を上げる。


「魔道王の花嫁の顔を見よ、愚鈍な機械騎士共! お前達も魔道王の臣下ではないのか?! 我が主を殺し賜った龍に、龍と云うだけで頭を垂れるのか?! ポーン! ナイト! もう一度云う! 魔道王の花嫁の顔を見よ!! 愛しの人を奪われ、今は更に愛しの子も奪われんとしている、ミール様の顔を見よと言っているのだ!!」


「ビショップ!!」


 ヤシンを抱いたミールが絶叫する。


「……ビショップ。それにポーンとナイトも。下がりなさい」


 ミールは気を失ったままのヤシンを抱いたまま、アルティン・ティータの前に進み出る。


「ミール様……」


 今までの傲岸な表情は消え、気遣わしげな表情でビショップはミールに声をかける。


「ありがとうビショップ」


 すれ違いざま、ミールはビショップの頬にそっと手を添える。

 すぐさまビショップは、そのミールの手に、機械ではない方の手を添えたが、二人が離れる際、その手は解けてしまった。 

 




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