越冬 ⅩⅩⅨ
巨大怪獣ダリオスと、十七頭の飛竜は熱線と怪光線の応酬を続けているが、指揮をしていたフランドゥイールが戦列を離れたことにより、飛竜側がジリジリとダリオスに圧倒され始めた。
「九頭竜ダリオス。久しいな。私だ! アングバンドだ」
小山のように巨大化したダリオスに向かって、魔道王が手を振る。
「おお! 噂のヤシン、お父さんモードか! ひっさしぶりやな! 今ぁ、たて込んでるさかい、ちぃっと待っといてや」
八流のブレスを吐きながら、ダリオスは答える。
「待ってても良いが、そう長くは保たないな、そろそろヤシン・ソルヴェイグが目を覚ます」
「んなこと言うたかて、ワシが本気出したら、北之島、南の方削れるで。エルダール、エダイン、今夜はこの森ぎょうさん居るんや」
「ダリオス……。しばらく会わないうちに、まるくなったな。そんな気遣いが出来るとは」
「ヤシン様! ダリちゃんは、アルティン・ティータ様が臥せられてから、天龍の名代としてずっと頑張ってきたんですよ!」
ダリオスに頭を残して呑み込まれている、魔動人形『25号』が、魔道王に告げる。
「そうか。ところで25号。なんちゅうところに収まってんの? ドッキングしてるの??」
25号の存在を見落としていた魔道王が、その収納方法に驚く。
「とにかく、早いとこ終わらせて、森の火を消さなあかん! いくで!!」
『男どてらい! 収束通天砲!!!』
ダリオスは、八本の怪光線を一本に束ね、飛竜の戦列に端から順に当てていった。
防御魔法を簡単に突破され、ダリオスの『通天砲』が命中した飛竜は、上空へ打ち上げられる。
「汝等、飛ブ事能ワズ!!」
打ち上げられた飛竜は、飛行するために体勢を立て直そうとするが、フランドゥイール同様、魔道王の呪いの言葉を浴び、飛び方を忘れてしまったかのように、もがくうちに地面に激突してしまった。
「ああ! 魔法がよく決まる! 素晴らしいな、この体! 私の長年にわたる魔法の研究も、工夫も、全てが馬鹿らしくなる。なんの事はない、強大な魔力がすべてを解決するのではないか!!」
魔道王の体の周囲を紫色の細い稲光が走る。
「魔力を錬成し、魔力で武装し、魔力で防ぎ、魔力で攻撃する!」
稲光は幾百もの槍や剣や幟の列となり、魔道王の周りを廻る。
「魔力を編成し、魔力で組織し、魔力で隊列を組み、魔力で侵攻し、魔力で防衛する!」
稲光は、何人もの兵隊や騎馬に形を変え、二手に分かれて合戦を開始する。
魔力で生産し、魔力で消費し、魔力で経済を回す!」
雷電は地面にとけ落ちた後、稲妻の稲麦が沸き立つように生え、様々な生産品や道具類、生活用品などに形を変える。
「魔力で救済し、魔力で迫害し、魔力で君臨する! 我が魔力の前で、すべての臣民が幸福のもとに絶望するのだ!!」
魔道王の体から魔力が火花を散らしながら吹き出す。
雷光は肥大化し、大きな魔道王の姿を模した魔神の立像となる。
その巨大な魔神の腕が、通天砲で打ち上げられ、地面に落ちた飛竜を、一頭一頭掴み上げては、一所に集めて、将棋の駒のように並べていく。
飛竜達にはいつの間にか、稲光を発する縛鎖が巻き付けられている。
「カルンドゥーム!! いつまでかかっている?!」
巨大な腕の動きに合わせて、魔道王も同じように手を動かしながら言う。
「今暫らく!!」
猛然と剣を振るい続けながら、カルンドゥームが答える。
相対するフランドゥイールは息つく隙もなく、防戦一方になっていた。
「得物が物足りないか? では、これを使うがよい!!」
こめかみから僅かに覗くヤシンの角から魔力がほとばしり、雷光の角が水牛のように左右に伸びる。
魔道王の背中から、雷光でできた腕が生える。
それは海竜の『呪腕』と同じように細長く、既に召喚呪文の印を組んでた。
「召喚!! 雷神の鎚!!」
にわかに沸き立つ暗雲から稲光が落ち、カルンドゥームの持つ剣に命中する。
カルンドゥームの剣は粉々に打ち砕かれるが、彼の手にはいつの間にか巨大なハンマーが、天から降ったかのように現れ握られていた。
「ハンマージャッジメント!!!」
盾を投げ捨て、ハンマーを両手持ちしたカルンドゥームは、それを横薙ぎに、腰から上を高速回転させながらフランドゥイールに打ち付けた。
雷光を伴った強烈な一撃を受けて、フランドゥイールは森の木々をなぎ倒しながら吹き飛んだ。
「鎮守の森を荒らす竜を成敗!!」
決めポーズで叫ぶカルンドゥーム。
吹き飛んだフランドゥイールも、魔道王の魔神の手によって捕縛され、これで拘束されていない飛竜は疾風姫ストレイリアだけとなった。
「さて、飛竜のお嬢さん。恐らく高麗の飛竜王ストライダーの一族の方だと思うが……、」
立ち尽くすストレイリアに歩み寄り、魔道王が見上げる。
「ストライダーは私の父です」
項垂れ、魔道王を見下ろしながらストレイリアが答える。
「やはりそうか。して、ストライダーは、……飛竜は何をしたいのだ? エルダールを滅ぼし、南のエダインの国々を襲う算段か?」
「天龍に従う。……それが父の、飛竜王家の意思です」
魔道王の背後で、九頭竜ダリオスが湯気を上げながら縮みだし、25号が八脚の中心から吐き出される。
「その天龍とは、ティータではないな?」
魔道王は目を細め、ストレイリアの表情をうかがう。
「オルタナ・オルセン!!!」
突然地面から黒い槍の群れが飛び出し、足元から魔道王に殺到する。
『ズドドドドドド!!!』
「ヴッ!!」
魔道王は幾本もの槍に刺し貫かれた。
「龍炉を持ち、いくら強大な魔力を練ろうとも、人の身で何が出来よう? アングマアルの魔王よ!!」
槍の群れと同じように、地面から現れたのは、飛竜の縛鎖に雁字搦めになったまま、片足のまま立つ、陽の当たらない場所で歪んで生えた、いじけた植物のような黒い魔道士だった。
フードの奥の首はあらぬ方向に曲がり、外衣の隙間から鬼火のような眼光が二つ、何故か縦に並んで見えた。
「我は天龍オルタナ・オルセン。魔王。天の頂を越えて『登竜門』へ至っていないお前は、仮令龍の炉を持とうとも、未だ地を這う龍よ!! 我の敵ではない! アルティン・ティータ亡き後、世の裁定と決裁は我の元で行われるのだ! 我こそは神!!!」
歪んだ魔道士は、ケタケタケタと軋んだ音の笑い声をたてる。
槍に刺し貫かれた魔道王は、煙のように大気に飛散し、かき消えてしまった。
「??」
魔道士は訝しみ、魔道王の姿を探した。
「亢龍有悔!!」
魔道士の背後から、未だ消えていない雷光でできた巨大な魔道王が、上空から雷の拳を叩き下ろす。
「アガアゴアゲゴゴコ!、ゴゴゴゴゴー!!」
魔道士の体は痙攣し、黒い外衣は焼け焦げて崩れ、浅黒い肌で痩せこけ、トカゲのような長い尾を持つ、南方のエダイン『ウンバアル人』の姿が露になった。
「……クッ! やはり傀儡では倒せぬか……、まあよい。今は勝ちを譲り、『オヤルル』の地でお前の到来を待つこととしよう。私がアングマアルの封印を解く前のに、寒土の最奥にて見えることができれば、再戦の相手をしてやろう。その前に、南方の我が臣下にやられぬよう、せいぜい頑張ることだな。クアハハハハハハハハハハハー!!」
地に這いつくばり、魔道士はそれだけ言うと糸の切れた吊り人形のように、崩れ落ちた。




