越冬 ⅩⅩⅧ
「ひぃぃぃ! あたしも海底公の七変化、色々見てきたけど、コレは初めてよ! キモッ! 超キモッ!! デカキモッ!!」
巨大竜と化したダリオスを見て、カラリオンは悲鳴を上げる。
「九頭竜ダリオス。体内に九つの竜炉を持つ古代竜! しかし……」
フランドゥイールを中心に、飛竜達は隊列を組み直す。
「一斉に攻撃せよ!! 十八名で掛ければ、竜炉の数は二倍だ!!」
三段六頭に整列した飛竜は、ダリオス目掛けてドラゴンブロアとドラゴンブラストを乱射する。
『通』
『天』
『砲!!!』
ダリオスが反撃を開始する。
8つの竜頭から青白い光線が放たれる。
巨大怪獣と隊列を組んだ竜。
双方対峙したまま撃ち合いになった。
防御を一切捨てて攻撃するダリオス。
一つ一つ大きさが、竜一頭分を超えているダリオスの大きな竜頭から、衝撃波を伴った高圧水流が吐き出される。
まともに攻撃を受けると、どういう原理か、上方に打ち上げられる。
ダリオスの強力な攻撃は、今のところ飛竜の防御魔法に防がれている。
巨体で動きの鈍いダリオスに反撃の熱線や火球が次々と殺到するが、それもカラリオンが先ほど展開した防御結界に阻まれている。
ダリオスの体の周りには次々と魔方陣が生まれるが、ドラゴンブロアに貫かれ、瞬く間に割れて消えていった。
実際は、カラリオンがドウランの魔法炉を使って生成した防御魔方陣を消費しながら戦っている。
一方の飛竜は18頭のうち9頭が攻撃し、残り9頭が防御魔方陣を展開している。
「相手の攻撃は強力です!! 防御魔方陣を強化しないと突破されます」
防御を担当している飛竜が悲鳴のような声をあげる。
「火力が全てだ!! 不足は竜鱗で補え!!」
フランドゥイールの怒号が返る。
対峙する九頭竜ダリオス陣営で、防御を担当しているカラリオンは、クリム・ドウランに抱きついて魔力を補いながら、防御結界を張り続けている。
「ひぃぃ!!! ダメよ! 私のチンケな防御結界じゃ、いくら沢山張っても、次々破られちゃうわ!!」
忙しなく印を組みながら、こちらも悲鳴をあげている。
「おい! 女男! 魔方陣の角度を変えろ! ドラゴンブロアを受け止めるのではなくて、軌道を反らすんだ!」
先日、海峡で黒衣の魔道士がそうしていたことを思い出し、ククーシカを守りながら消火作業をしているゾルティアが、カラリオンに助言をする。
「ダメよ! 森が燃えちゃうわ!! 森の中にはキコナイン村の人や、シラトリのエルダールがいるのよ!!」
「既に灯台ヶ森以北は火の海だ、延焼を止めるには何もかもが手遅れ!!」
両手と、肩甲骨の辺りから生えている『呪腕』とを駆使し、掌から水流の魔法を発射しながらゾファー王子は叫ぶ。
「それでもダメよ! せめて、みんなに逃げる時間を……」
「防御じゃない、空間転移だよ綺麗なエルダールの女魔道士さん。さっきの『深淵の窓』を見たでしょう。防御結界の鏡面反射で収束して転移空間に導く。反射角さえ気を付ければ一つ一つは難しい魔法じゃない。転移先は、……そうだね。この髭ダンディが素晴らしい『入り口』をお持ちのようだ。ダンディの穴にブチ込んでしまおうか! そして、その熱エネルギーは彼の仮想竜炉で魔力に変換される。それを防御結界の維持に使うんだ。」
カラリオンのすぐ横、耳元で少年の声が囁く。
「え?」
カラリオンが振り向くと、そこには魔道王がニコニコしながら立っていた。
「ヤシン!!」
飛竜の集中砲火で消し炭のようになった黒い塊がヤシンだと思い込んでいたククーシカが叫ぶ。
「変わり身の術! ってね。心配したククーシカ?」
軽口を叩く魔道王に向かって、ククーシカは『ちっ、』っと、舌打ちをした。
「皆さん。御足労いただき痛み入ります」
魔道王は集まった人や竜に、深々と礼をする。
そして、彼がダリオスに向かって手をかざすと、巨大怪獣の周囲で明滅を繰り返していた魔方陣は、六角形の黒い鏡のような物に取って代わり、飛竜のドラゴンブロアは、音もなくその黒鏡に吸い込まれていった。
クリム・ドウランの両手と胸の魔方陣が輝き出す。
「???」
クリム・ドウランは何が起こっているか理解できず、立ち尽くすばかりだった。
「凄いな、この魔方陣! 欲しいなぁ!」
ヤシンはカラリオンに習い、クリム・ドウランの体をまさぐり、魔方陣を確認する。
「色々試したいけど、だけど、あんまり火を吐かれ続けると、森がなくなっちゃうから、もう止めてもらおうか。カルンドゥーム! いいよ」
ヤシンが合図を送ると、機械騎士カルンドゥームは抜刀し、飛竜に向かって走り出した。
「ヤアヤア、我こそは、魔道王の懐刀カルンドゥームなり! いざいざ刃を交えん!」
手首から吹き出した爆炎で加速されたカルンドゥームの一之太刀がフランドゥイールの脚に当たる。
『ガゴン!!』
近付いてくるカルンドゥームを、フランドゥイールは感知していたが、北方でアングマールの魔動兵を散々狩ってきた経験から、その剣撃の威力を予想した上で、その存在を無視した。
「?!!」
しかし、カルンドゥームの放った一之太刀の衝撃はフランドゥイールの予測を大きく上回り、彼の片足は地面を離れ、体を半回転させて体勢を大きく崩した。
彼は立て直すために胸元の呪腕から衝撃波を噴射して上空に逃れようとした。
「汝等、飛ブ事能ワズ!!」
魔道王は飛竜フランドゥイールを指差し、魔力を込めた恐ろしい声で宣言する。
フランドゥイールは急に飛びかたを忘れたように、無様に体勢を崩し地面に落下した。
地面に横たわるフランドゥイールの頭めがけて、カルンドゥームは鉄槌のように剣を降り下ろす。
『ガキン!!』
剣はフランドゥイールの頬の辺りに当たり、火花を散らす。
「うぬ! よくぞ当てたな鉄塊の分際で!! ……良いだろう相手をしてやる! この爪で引き裂いてやる!!」
フランドゥイールは後ろ足と胸の呪腕で四つん這いになると、翼を細く折り畳みカルンドゥームに覆い被さるように立ちはだかる。
「フランドゥイール!! 何をしているの?! 戦列の指揮を、」
「騎士に挑まれた竜が、受けぬ訳にはいきません! 私は飛竜王家の衛士である前に、一匹の竜です!! 姫様、御容赦を!!」
口から紅蓮の炎を吹き上げ、最早それ以上の言葉は接がず、フランドゥイールは野獣の咆哮を放ち、カルンドゥームに襲いかかった。
『ガチャ!』
カルンドゥームは胸元に剣の柄を引寄せると、刀を音たてて反し、その場に仁王立ちした。
「グァラロアアアアァァァアーーーー!!」
フランドゥイールの爪が振り下ろされる。
「剣迅!! 金剛不壊!!」
重力球を反転させ、自重を上げ足先を地面にめり込ませたカルンドゥームは、その場で剣を振るい続ける。
「グァルグォルララララララ……、」
フランドゥイールの爪は悉くカルンドゥームの剣に弾き返される。
爪を振るい続けるフランドゥイールの竜の瞳に歓喜の光が宿る。
渾身の力を込めたフランドゥイールの爪をによる横薙ぎの一撃が、カルンドゥームの剣を持つ腕を脇に向けさせる。
竜は、そのまま体を回転をさせ続け、矛の先のような尾の追撃が機械騎士の脇腹に叩きつけられた。
『ゴン!!』
カルンドゥームの体がくの字にへし折れる。
これが人の騎士であるならば、胴体の両断を免れたとしても、中身の人体は、背骨を折っていただろう。
『グルン!』
しかし、カルンドゥームはその体制から、上半身を一回転させ、下から振り上げる格好になった剣撃は、フランドゥイールの尾を上へ打ち上げた。
回りの状況を忘れ、騎士と竜の死闘は続く。




