越冬 ⅩⅩⅦ
エルダランの知らせを聞いたミールは、屋上へ向かった。
エルダランへ知らせをもたらしたルークはそのままグレタと共にホールへ向かう。
階段を上りきったミールは、黒い灯台基部に丸く髑髏の歯のようにまばらに残った、今は海中に没した灯台の搭の根元に立つ、魔道兵ポーンと見知らぬ立像を認めた。
見知らぬ立像とは、ポーンとルークが立たせた北の鎮守の亡骸で、南を向いている。
ポーンは背中合わせのように北を向き、瓦礫に足をかけて背伸びをするように北を眺めている。
ミールはポーンの近くまで行き、彼と同じ方を向いて、彼が見ているものを確認した。
それは、はじめ二本の焔の線だった。
程なく火球や雷球の乱舞があり、更に火線が増える。
しかし、森に火の手は上がらず、火の手の代りに黒い壁が次々現れ、それらは組み合わさり、黒い柱となる。
「深淵の窓が開いた!! でも、いったい誰が……」
「魔道王ガ、オ目覚メニナラレマシタ」
ポーンは、黒く屹立する十二角の柱を見ながらミールへ告げる。
「魔道王……とは?」
「我等ヲ産マシメ、我等ヲ導キタル、他ナラヌ聖上。やしん・あんぐばんど様ニ御座イマス」
「お坊っちゃまは?」
「みーる様モ、オ気付キノハズ。やしん・そるヴぇいぐ様ノ意識ガ途絶エ、やしん・あんぐばんど様トノりんくが復活シテイルコトニ」
「私には、……私にはもう、わかりません。この体には通信機は装備されていないもの」
視線をミールに移し、憐れむような視線を送るポーン。
「……みーる様」
「……なに?」
「600年モノ間、檻ニ囚ワレタ魂ハ、果シテ変質セズ、保タレテイルモノナノデショウカ?」
言葉の真意を計りかね、ミールは曖昧な表情でポーンを見つめ返す。
「みーる様。魔道王ノ花嫁ヨ。地下ニオ戻リナサイマセ。魔道王ハ、私ガオ迎エニ、参リマス」
ポーンは、肩の吸気口から大気を吸い込み、魔力の錬成を開始する。
両肩の重力制御球が輝き、少しずつポーンの体が浮かび上がる。
「私ガオ連レスルノガ、あんぐばんど様ナノカ、そるヴぇいぐ様ナノカ……。あんぐばんど様ガ帰還サレルトシテ、永ノ歳月、大イナル苦悩ニ、魔道王ノ魂ガ、耐エラテイルノヨウニ、オ祈リクダサイ」
ポーンはそう言い残すと、北へ向かって飛び立った。
始めはゆっくりと。
遠ざかる頃には矢のように。
「アカン! アカン!! アカン!!! アカンテ!! なんや、ヤバいもんが、おっ立ったで!!」
西から東へ木々を薙ぎ倒しながら、九頭竜ダリオスは進み、木の連なりを越えて黒い柱が天に伸びて行くのを見て、肝を冷やした。
夜の森を真昼の如く照らした輝きの光源は、その柱の中に閉じ込められてしまい、一時森は暗闇を取り戻した。
「あれは、『深淵の窓』。触れるものをどことも知れぬ場所へ転移させる門です」
ダリオスのタコ脚に吊るされながら、カラリオンが解説する。
「ドウランはん。中を探れるかいなあ?」
ダリオスはカラリオンと同じ脚に巻き付かれ吊るされているクリム・ドウランに声をかける。
「……だめです。見通せません」
ドウランは首を振ってそう答えた。
「ドウランさん。恐らくあの柱は、何枚かの壁の集合体です。空から見下ろせば中が見えるはず」
一緒くたに巻かれ、ドウランに抱き付いているカラリオンが言うも、
「……ですが、どうしろと?」
ドウランは首を傾げるばかりだった。
「こんなに強力な『印』を、多数その身に宿しながら、魔術の素養がないなんて……。仕方ありません。私がドウランさんの魔力を使って、重力制御の魔術を行使します」
カラリオンは艶かしい手付きでドウランの胸元をまさぐると、胸の中央にある魔方陣に掌を重ねた。
「うっ! くうぅ、たまんないわ。耐えられるかしら? あ、ああああああああああ!!!」
大樹より大きいダリオスのからだの回りに、さまざまな色の魔方陣が、
猛烈な勢いで次々と現れた。
「なんやコレ?!」
「くっ、魔力が多すぎんのよ!! あたしの術じゃ使いきれないわ!! 重力制御八十重がけ、物理結界八十重がけ、空間歪曲四十重がけ! 耐熱、耐冷気、避雷針……、ああ! まだ! 溢れちゃう!!」
カラリオンは悲鳴を上げながらも、次々と術を顕現させ、それらを調整し調和させていく。
「空に向かって放熱と冷気の術をかけとき! 放熱多目で!!」
「なんの意味があるのよ?!」
「竜が本気で暴れたら、森は火の海や! 雨雲を呼ぶんや!」
「……なるほどね。了解したわ!!」
こうして、上空に熱波と冷気を乱射しながら、巨大な蛸が浮かび上がった。
「あ! カルやん、ゾルやん、ゾファやん!」
西から、機械騎士カルンドゥームと海竜王子ゾファーと一角竜女ゾルティアが飛んできた。
彼らはダリオスの頭にしがみつき、偵察隊一行(クリム・ドウラン付き)は合流した。
その時であった。
「死の刻印引け!!」
今まで角度のせいか、今までくぐもって聞こえていなかった 黒い柱の中の音が拾えた。
まず聞こえたのは、フランドゥイールの怒号だった。
その後、柱の頂の開口部からシンタに乗ったククーシカが飛び出してきた。
「ヤシーン!!」
彼女は振り返り開口部に手を伸ばして叫んでいる。
「ククーシカ!! 何故こんなところに?!」
ゾファーが驚きの声をあげ、シンタに近付きククーシカを抱き上げた。
「ああ! お兄さま! あの中にヤシンが!」
ククーシカを取られ、無人になったシンタは、カルンドゥームの近くで滞空し、下部に折り畳んでいた手と足を伸ばして、人の形に変形した。
「シンタ。聖上はこの中か?」
カルンドゥームが声をかける。
「聖上は、竜達の捕縛魔法に囚われてしまいました。私はククーシカ姫を逃がすように、仰せつかって……」
シンタがカルンドゥームに報告をしている最中に、柱から火焔が吹き出し、黒搭は巨大な松明のように北之島を照らした。
「この中でドラゴンブロアをブッ放したんか! まるで坩堝やて……」
カラリオンに魔法で持ち上げられたダリオスが、搭の頂を覗き込んで呟く。
「……、一旦離れたほうが良さそうね。柱が崩壊するわ!」
角のシル・パランを光らせ、ゾルティアが警告を発する。
黒搭を形成していた十二枚の立て板が振動する。
やがてそれらは縮み始め、結束に綻びが産まれる。
その、綻びの間隙から火焔を伴った熱風が吹き出し、忽ち森の木々を焼き始めた。
「ああ! 森が燃える!!」
カラリオンやドウランとは別の脚に絡め取られていた、下エルダールのモレヤが叫ぶ。
やがて搭を構成していた黒壁は、霧散しながら倒れ込むように消え、焼け焦げ溶けた十二角の地表が露になった。
地表すれすれの宙に消し炭のような黒い塊が浮いている。
上空に、その消し炭を取り囲むように、丸く整列して滞空する飛竜達。
そこから、下の消し炭に向かってドラゴンブロアを放ったのであろう。
地表はえぐられ、溶けて煮えたぎっている。
「森に害が及ばぬよう、守ったのは称賛する。だが、力不足だったようだな」
飛竜衛士フランドゥイールが告げる、
飛竜達は拘束呪文『死の刻印』を解除した。
消し炭は煮えたぎる地面にポトリと落ちて、溶岩に沈んでいった。
「ん? お前達は魔道王の配下か? 少し遅かったな。王を一人にさせるとは……」
ダリオスは自分の脚で運んでいたドウラン、カラリオン、モレヤを地面に下ろした。
「ゾファー王子、ゾルティアはん。火消しを頼めるかいの」
「あ、ああ」
目の前の光景に呆然としていたゾファーが返事をする。
「う、ううう、ヤシンが死んだ……」
ゾファーにしがみつきククーシカは泣いている。
「何にせよ、かわいい嬢ちゃん泣かす奴バラを、ワイが許すと思わんほうがええで!」
「邪神顕現! 九頭竜ダリオス! ワイを怒らせたんや! 後悔先に立たずや!!」
今でも飛竜、海竜と同じくらい巨大な体躯のダリオスが更に膨張する。
八本の脚の根元から脚の内部を塊が先まで移動する。
それは角を有した竜の頭のようだった。
それぞれの脚の先端まで竜頭が達すると、脚の先に裂け目ができて、それが竜の口や目となった。
たるんだ皮袋のようなダリオスの頭は、伸びて蛇身のようになった。
廃城の建つ小山に迫る大きさの、大蛇の体と八岐の首を持ちそれぞれの首の先に竜の頭を有する、巨大な多頭竜が姿を表した。
「フ、フランドゥイール!!」
飛竜の姫、疾風姫ストレイリアが悲鳴のような声を上げる。
「世界形成の時代から生きる旧神の一柱か!! まだこの世界に棲んでいたとは!!」
『ジャカマシギャャァァアアアーーーー!!』
『アヴォンダラアァァァーーーーーーー!!』
『イデゴマジダロガァアアアアアーーー!!』
『オグバガタガダイヴァシダロガァァー!!』
首はそれぞれの恐ろしい咆哮を上げる。
因みに『25号』は、八本の首の真ん中に顔だけ出して埋没していた。
「あわわわわわ!」