越冬 ⅩⅩⅤ
「飛竜が徒党を組んでいる。何処かの王族かしら?」
魔道王にしがみつきながら、ククーシカは呟く。
魔道王とククーシカを乗せたシンタは、森に現れた十二角の巨大な黒い柱の上を旋回している。
「最近の竜の勢力図は判らないけど、あの、白くて綺麗な竜は、高嶺の王、ストライダーの血族だろうね。翼膜の模様は遺伝するらしいから。あの、裾の方の桃色の波紋様は素晴らしい! きっとかなりの美人だよ」
「えええ?」
汚いものを見るような視線を魔道王に送るククーシカ。
「君だって知っているだろうククーシカ。姿の綺麗な竜は、人化した時も美しい。海竜であれば、西王母の一番上の娘。ゾファー王子の姉『夕凪姫クシアナーダ』。人化した彼女は、すらりと細身でありながら、出ているところは、こう、ボーンと出ていてねぇ。ほら、海竜って人化しても服を着ないでしょ? 私なんて会う度に前屈みになってしまったよ。かなり以前、ここから遥か南にある『ダナムダナエ』という島で、偶然にクシアナーダと逢ってね。夕日が海に沈む砂浜で、それこそ、その名のごとく、夕凪の海から現れた彼女は、濡れた髪が体のラインに沿ってこう、伸びてね、いやー、そそられたねぇ。……ああ! ゾルティアも良いね。彼女も素晴らしい! 特に後ろ姿がたまらない。くびれたウエストから腰にかけての『シュッ』っとした曲線!! だけと、彼女のお母さん。西王母の従姉妹にあたるゾルディアーナは、もう、たまらんお尻をしていたなあ! やっぱりなんだかんだ言って王家には美姫が集まるんだねぇ! ああ、でも、陸竜にもグッと来る娘が多くてね。こっちはカッコカワイイ系? ワイルドで、情熱的で、体つきも、こう肉食獣……」
うっとりとしながら語り続ける魔道王を、ククーシカはシンタから突き落とそうかどうしようか考え始めた。
魔道王はシンタを下降させ、十二角の柱の中に入っていった。
「姫。これは『禁呪』と空間転移の重層結界です。これだけの体積の壁を維持するに、どれ程の魔力がいるのか……。どうやら彼は、少なくともアルティン・ティータ様と同等の龍炉を持っているようですな」
魔道王の造り上げた黒い壁を見上げながら、飛竜衛長フランドゥイールは疾風姫ストレイリアに語りかける。
「あの魔道士。いえ、オルタナ・オルセンの予言が当たったということね。オルタナ・オルセンは、彼のことを、道を外れた魔道王、『魔王』と呼んでいたわ」
「降りて参ります。言問をいたしますか?」
「今は不用。先に撃ったのは我らです。魔道王、魔王、いずれなのか、人なりを量りましょう」
手短に問答を行い、フランドゥイールは戦闘の指揮に戻る。
「死の刻印!! この距離で外すなよ!!」
「死の刻印!」
「死の刻印!」
「死の刻印!」
飛竜達は一斉に準備していた呪文を魔道王へ向けて放った。
魔道王の顔や肩など数ヵ所に、黒いシミのような紋様が浮かび上がる。
「おろろ? 誘導魔方陣かな? 黒いのは珍しい、」
「十二刻散開!! 目標を包囲!!中央全竜、照準、死の刻印!! ターゲットロックオンせよ!! バルカンファランクス!!」
車輪陣を組んでいた十二頭の飛竜が一斉に魔道王を取り囲む。
中央の五頭は着地して、後ろ足と強大な尾で地面に立つと、真上に向けて長い翼腕と短い前肢を伸ばし、火球、雷球、氷塊などを乱射する。
それらの魔弾は、魔道王に吸い寄せられるように、軌道を変えた。
「きゃあああ!」
ククーシカが悲鳴をあげる。
「シンタ! 魔力を送る。迎え撃つんだ」
「リョウカイシマシタ」
「いっくぞー!!」
魔道王の髪は逆立ち、光の粒が舞い始める。
瞬く閃光の粒子は彼の握る操縦桿の根元にある魔力球に吸い込まれる。
「アキャキャキャーー!! ヤッバァァーーイ!! トットッ特濃ー!!!」
魔道王の跨がるシンタは野太い悲鳴をあげる。
シンタの下部に折り畳んで格納されていた二本の腕が伸び、指の先から光弾を発射する。
地上の五頭、上空の十二頭。
十二角の檻の中のような空間を飛び回り、飛竜の攻撃を避け続けるシンタ。
『死の刻印、引け!!』
フランドゥイールの怒号が響く。
数頭の飛竜が一斉に、まるで見えない綱を引くような仕草をする。
「が!!」
魔道王はシンタから投げ出される。
彼は咄嗟にククーシカを突き放したので、シンタはククーシカだけを乗せ飛行を続ける。
実際は魔道王がシンタから投げ出されたのではなく、彼が空中の一点に縫い付けられたように留まり、シンタが先に進んだため離れてしまい、放り出されたように見えたのだ。
宙に張り付けられた魔道王に、容赦なく飛竜の攻撃が殺到する。
飛竜の放つ魔弾は、シンタではなく、魔道王だけを標的としているようだった。
魔道王は光の盾のようなものを魔力で出現させ、飛竜の攻撃を凌いでいる。
「死の刻印を術行していない全竜! ドラゴンブロア発射!」
『バキンバキン!!』
飛竜が一斉に逆鱗を逆立てる音がする。
『ギュオオオオオオーーーーーーー、』
人で云うところの鎖骨ある辺りにある、逆鱗に隠された左右の吸引口を開き、空気と魔素を吸い込む竜達。
胸が赤く輝き、灼熱の焔が胸にある『竜炉』で渦を巻く。
「あががげご、動けない。誘導魔方陣と縛鎖の術と牽引魔法の合わせ技か! 鱗の強度と火力で戦うのが常の、竜の死闘専用魔法とは……。シンタ! 上昇を! ククーシカを連れてここを離れるんだ!!」
『ブロロロロロアアアアアアアアアアアアーーーーーァァァーー!!!』
それぞれの竜の口から放たれた十本の超高圧熱線が、魔道王に殺到する。
「あ、これ、アカンやつだ……」
地上に太陽が降りてきたかのような、光量と熱量。
魔道王の顔に死を悟ったかのような諦めを表情が現れた。
「ヤシン!!」
黒い柱を脱出したククーシカは、振り返り手を伸ばす。
筒のような柱の上から、更に天の高みへと光の柱が伸びていく。
真昼を越える光に照らされた灯台ヶ森は、木々の影が放射線状に延びる瞳の中の瞳孔のような景色となった。
光の柱は暫くそのまま天に伸びていたが、柱を構成していた十二枚の暗黒の壁が少しずつ縮み始め、とうとう壁の隙間から光が漏れ出すと、たちまち視界は光に包まれ、ククーシカはあまりの眩しさに目をきつく閉じてしまった。